PTAのホントのところ

PTAで調べたこと。PTAの基礎知識と問題点。入退会自由なのか?。非会員の子は行事参加できないのか?など

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PTAに入ってない人の子は、PTA行事に参加できないのでは?

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<追記>
≫≫ PTAのホントのところ NHKがPTA問題をとりあげてくれたようです


文部科学省のPTA担当の人も、
「PTAは子供全体のためのもの。親がPTAに入ってる入ってないは関係ない」

とおっしゃってます。

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PTAの理念では、PTA活動対象は、その学校の児童全員です。
「自分の子供の幸せには、学校全体・地域全体の子供も幸せになってもらわなくちゃ!」がPTA理念の基本です。そして、PTAの考え方では、会員の子、非会員の子の区別をしません。したがって、理念からいうと、PTA非会員の子供でも、その学校の児童であれば、PTAサービスの対象になります。
小学校PTAでは非会員世帯にもPTA関連プリントが配られますが、そのような理由からです(PTA協議会のご意見)。夏祭りに地域の子が参加できるのも、そのような理由からです。先生も、保護者と同じくPTA会員で、自分の子供がその学校行事に参加できるわけでもないのに、保護者会員と同額の会費を払ってらっしゃるのも、そのような考え方からです。学校全体のためだからこそ、先生も会員で、会費を払うということです。そうでなかったら、自分の子が恩恵受けるわけでもないのに、先生が会費を払う理由がないでしょう?
PTAが寄付した備品・遊具は、すでに所有権は学校に移っていますので、とうぜん非会員の子も使えます。PTAが整理している図書室の本も、学校の所有物なので非会員の子も使えます。
運動会は、学校主催なので、当然参加できます。
PTA主催行事にも参加できます。PTA贈呈の記念品ももらえます。
しかし、全く無料では会員が損している気分になるかもしれませんから、非会員の子が行事参加したり記念品をもらう場合は、その非会員から、その分の実費だけ払ってもらえばいいのではないでしょうか。じっさい、PTA任意加入を明示しているところは、そのようにしています。


「PTAに入らないのに、PTAの恩恵だけもらおうなんて厚かましい」というご意見も聞きます。

その考え方でいくと、教員(先生)は、PTAの恩恵を自分の子が受けられないのに、会費を払ってらっしゃいますね。不公平じゃないですか?

PTA会員のメリットはPTA活動を通して、会員自身が人間として学び成長できることです。非会員はそのメリットが享受できません。小学校では会員対象(子供対象ではない)のイベントとして給食試食会などがありますし、PTA会員だけが参加できるサークル活動などもあります。そのような会員対象で子供のからまないイベントは非会員は参加できません。子供へのサービスの準備・実践活動も、会員にのみ参加する権利があります。その活動により、会員は学び成長できるから(つまり自身のメリットがあるから)、子供の笑顔がみれたり感謝される喜びがあるから、会員はその活動に『自主的に参加している』という考え方です。つまり、非会員は、PTAの恩恵の主たる部分は受けられません。PTAの活動をするのは権利であって、義務ではないのです。PTA活動は、会員にとって「嬉しいこと」「メリットのあること」なのです。それなのに、「PTA活動に参加できない」非会員のことを、ズルイ・厚かましいと思うような事態であることが、そもそも、おかしいのです。

PTAは保護者・教員を対象とした生涯学習的文化サークルでもあります。つまり、大学の演劇サークルや吹奏楽サークルと本質は同じです。演劇サークルが文化祭で劇を披露しますよね?観客はそれなりに楽しみます。もちろん無料です。そういう意味で善意のボランティアであり、自分自身のためにやっていることです。自分自身が、サークル活動を通じて、成長したり、友人ができたり、楽しい経験ができるから、その活動をしているわけです。演劇サークルが、他の学生に「恩恵だけうけて、厚かましい」なんて言ってたら、どう思うのでしょうか?じっさいの演劇サークルは、きてくれた観客に感謝こそすれ、「厚かましい」など絶対に思わないでしょう。

世の中、たくさんのボランティア活動があり、その恩恵を知らず知らず受けているはずですが、ほとんどお返しなどされたことはないはずです。つまり、PTA非会員が厚かましいなら、同様に、PTA会員のほとんどの人も、厚かましいことになってしまいます。
自分は数多のボランティアの恩恵をうけていて恩返しも感謝もしないのに、自分がやっている慈善活動の恩恵をうける人に対しては「厚かましい」というなんて、、、そちらの方が問題があるような気がします。

税金だって、すっごく多く払っている人と、小額の人と、ほとんど全て免除されてるような人がいると思いますが、皆、おなじように、公共サービスを受けることができます。税金を多く払っている人が、小額払っている人に対して、「あいつら、ほとんどお金はらってないのに、なんで、同じようにサービス受けれるんだ? 厚かましい!」なんていってるようなものです。公共サービスが、市民全員に等しく与えられるのと同じように、PTAの恩恵は、その地域の児童全員が受けることができます。


PTA以外のボランティア活動や、なにか世の中に対して、その人ができる範囲で、イイコトしてれば、十分でしょう。
私自身もボランティア活動してますが、活動費は自腹です。恩恵を受ける人に対して、「ズルイ」「金はらえ」「あんたも、なんかやれよ。」なんて思ったことありません。それが善意というものではないのでしょうか。他のボランティア活動されている方々も同じでしょう。

いまのPTAは善意やボランティアの意味を思い出してほしいものです。

『PTA再活用論』 より抜粋
また、もう一点、よく聞かれるのは、PTA会費から出ている記念品などの問題だ。入学式や運動会の時にPTAがプレゼントを用意するのはよくある話。では、会員ではない保護者の子にもそれを与えるべきか。

 正解は、「PTAはすべての児童のための活動なのだから、会員の子、非会員の子、どちらも区別せずに与える」だろう。「自分の子どもが元気であるためには、『隣の子』にも元気でいてもらわなきゃ」という発想が原則だと思う。とはいえ、実際問題としては、実費だけを非会員の親から出してもらう、という例も多いと聞く。そのあたり、柔軟にやればいい。



じつは、理屈上では、「PTA非会員の子には、(実費を払ってもらったとしても)記念品を渡さないし、PTA主催行事には参加させない。」ということも、ありえます。PTAの理念から外れるということになりますが、PTAは自主性を重んじる団体ですので、「それをどうするか決めるのは個別PTAに任せる」となっているからです。その場合はPTA規約の「本PTAは児童のために活動する」から「本PTAは会員の子限定のために活動する」と書き換えるといいでしょう。そうすれば、堂々と会員の子のためだけの活動ができます。ただし、PTA本来の理念から外れますので、そのつもりでお願いします。善意の団体ではなくなりますし、先生も、自分の子がそこにいるわけじゃないので、そのようなPTAにいる理由はなくなるでしょうね。



【 関連記事 】


≫ PTA非会員はタダで恩恵うけるなんてズルイ?タダ乗り?
  http://pta55.blog57.fc2.com/blog-entry-78.html


≫ 朝日新聞記事 非会員の行事参加に課題 | 魔金不思議な保護者とPTAの関係
  http://ghost.kyouiku.main.jp/?eid=128

 PTA非会員の子の扱いをどうするか、アンケートをとった記事。
 PDFがありがたいです。


≫ PTAのホントのところ PTA活動 直接還元と間接還元

 非常に関連の深い記事です。ぜひ、お読みください。


○ PTAの違法性について4
  http://logsoku.com/thread/toro.2ch.net/baby/1326842052/

そもそもPTAはボランティアだし、公平性なんて必要ない。

出来る人が出来る時に出来る範囲で参加する。
なので、誰それが役員をやっていないと憤慨する人はボランティアであるPTAに
参加しないほうがいいのである。会費の意味合いもおかしい。
子供たちの学校生活をより良くする為にお金を寄付しているはずなのに
公平性ばかり気にして自分の子の為のお金を出している感覚になっている。
本来は、子供たちの親が会員に入ってようが入ってまいが関係なく子供たちの学校環境の
為に寄付しているはずだ。それなのに、あの子の親は会員に入ってないのに
恩恵を享受しているという差別の垣根になってしまっている。


≫ 朝日新聞記事「任意加入 周知に波紋」 | 魔金(まか)不思議な保護者とPTAの関係
  http://ghost.kyouiku.main.jp/?eid=121

PTAが今のままでいいと思っている方たちは、
「学校施設内でPTAは活動して当然」と錯覚しているのではないでしょうか?
PTAは社会教育関係団体であり、ボーイスカウトや将棋クラブなどと同列の団体です。


PTAは学校長の許可を得て、学校内で活動させてもらっている立場なのです。


PTAの事で「任意団体であること」を説明する際に、ここから話を始めなくてはならない事が多いですね。
行政施設である学校において子どもを対象に寄付やPTA行事に参加できるかできないかなど常識で考えても分かりそうなものですが…。
仮に会員の子どもだけを対象に寄付する事は難しいだけでなく、PTAの主旨に反しますよね。

常識ある学校長であれば許可するわけありません。
こういった事が本当にあったなら、保護者としては校長、PTA会長に説明を求め、役所の教育委員会ではなく人権を担当している課に相談するといいでしょう。


 公立学校を見たときに少々乱暴な表現かもしれませんが、公立学校は役所の支所や出張所と同じです。支所の所長に当たるのが学校では管理職である学校長です。
管理職である校長は教壇に立つ事が出来ません。(学校の先生とは言えない?)
寄付などから問題に発展すること、人権問題になる等、校長としても、公務員としても、最も問題にされたくない事柄だと思います。

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入退会自由を周知したら、PTA会員減って衰退してしまうのでは?

そもそも、「会員数が減る = 活動の衰退」ではないと思いますよ。PTAの考え方に合わない人、不満がある人、とても忙しい人がPTAからいなくなります。やる気のある人、PTA活動に賛同の人だけになるわけです。余分なものが削ぎ落とされて、よっぽどスムーズに事が運ぶようになるでしょう。イメージとしては、100kg超ある肥えすぎで成人病の人が、スッキリスリムで健康になるような感じです。活動が衰退するどころか、活性化するように思います。PTAのイメージも良くなります。今よりずっとステキなPTAになるでしょう。

たとえば、アメリカのPTAは入退会自由を明示しており、全国全世界の子供たちの環境向上のためにガンバってらっしゃるそうです。アメリカPTAの加入率は2~3割らしいですが、加入率10割の日本のPTAと比べてどうでしょうか? どちらが、より、いい仕事をしてそうですか? 「日本のPTAのほうが、絶対いい仕事してる!」って言い切れる人、どれくらいいるのでしょうか?

つまり、「会員数の減少 = 活動の衰退」ではないわけです。
 



「衰退化するかも?」という心配を、「いい意味での危機意識」ととらえてほしいのです。そうすれば、PTAの問題点も減っていき、意義ある活動に置き換えられていくことでしょう。逆に、衰退を心配して「このまま」を選んでいては、問題を抱えたまま、入退会自由ということだけが知れ渡り、会員が徐々に減っていくジリ貧になりかねません。

現在、任意加入を表明しているPTAが17%あるということですが、圧倒的多数が90%以上の加入になっています。よっぽどひどいPTAでないかぎり、表明しても大丈夫といえます。
任意加入を表明しているPTAでも、いまのところ、加入率が50%以下になったところがあるという話は聞きません。任意のボランティアなのですから、50%あれば、とんでもなく、ありがたいことだと思います。

仮に、半数以下になって、さらにどんどん会員数が減っていったとしても、それだけ「PTAはそれほど大事ではない」と考える人が増えているということです。
活動は、会員数に合わせて、身の丈にあった活動に変えていけばいいでしょう。むしろ、身の丈にあわせた活動ができてない今の状態のほうが、おかしいのです。だから、負担が大きく、いろいろな弊害が出ています。

家庭だって、収入が減れば、それに合わせて、支出をスリム化して、身の丈にあった生活をするでしょう。それと同じで、会員数が減れば、それに合わせて、支出や活動内容をスリム化し、身の丈にあった活動をすればいいのです。
スリム化を嫌がり、ただただ「衰退はイヤ」というような団体が、「子供の健全な教育」にふさわしい団体かどうか考えてみてください。

本当に衰退したくないと思うなら、もっとPTAを意義ある活動と思ってもらえるように、工夫をしていくことが大事でしょう。「PTAの本来の崇高な理念をアピールし、PTAがどんな団体か正確に知ってもらう」「負担を減らしたり、参加しやすい工夫をする」ということが必要でしょう。それもせずに、ただただ、「強制」「負担」だけをおしつけることは不健全です。それでは、保護者の支持が離れていくのは当然です。

衰退を恐れるあまり、「PTAの任意加入を隠す」ということは、それこそ本末転倒です。「会員や子供のためのPTA」ではなく、「PTA存続のための会員」ということになります。PTAの任意加入を隠すと、会員意識の低い「名ばかり会員」が量産されます。PTAの会員意識が低いという嘆きはよく聞く話ですが、それにも関わらず隠すというのは、「会員の数が目当てなのね。つまり、会員のお金と労力と体裁だけが目当てなのね。」と思われても仕方がありません。おまけに、「目的のためならば他人をダマすこともOK」というような人生姿勢を、子供に教えることになります。そのような姿勢のPTAに存続の資格があるように思えません。
PTAのない学校だって、特に困ることもなく運営されているのですから、PTAが衰退しても、何も困ることはないでしょう。

「会員数が減る衰退」よりも「問題を抱えたままのジリ貧」を心配したほうがいいのではないですか? せっかくPTA理念はすばらしいのですから、本来のマトモな姿にたちかえって、ステキなPTAを目指すのが、関わる全ての人のためであり、真に子供たちのためだと考えます。

入退会自由を周知したらPTAがなくなってしまうのでは?

衰退することはあっても、完全になくなってしまうことは考えにくいです。
PTAがなくなるということは会員が10%以下にまでなるということでしょうし、そこまでいくことはないと思います。仮にそこまでいけば、それくらい保護者の支持を失っているということですし、別にかまわないのではないでしょうか。
PTAは有志の集まりですから、たとえ一人でも、やりたい人がいたらPTAは存続しますし、人数が少ないほうが、かえって本来の健全な活動がしやすいかもしれません。

入退会自由を周知したら、サボろうというズルイ人が出てくるのでは? そんなの不公平。

この質問をしてくる人って、ホントに多いんです。
その分、丁寧に答えようと思い、やたら長文になってしまいました。初めの方の項目や、見出しだけ読んでいただければ十分です。もちろん、「納得できない!」という方は、納得できるまで、じっくり読んでいただいたほうがいいでしょう。

▼ PTAは有志の集まりです。

まず、根本的なところを理解していただきたいのですが、PTAは「生涯学習サークル」+「ボランティア団体」ということです。自主的な善意にもとづいた、有志の集まりです。

だから、「PTAに意義を感じる人はやればいいし、意義を感じない人はやらなくていい」のです。

だから、やらない人に対して、『サボろうとしてる!』と責める発想が、おかしいのです。やらないから責めるなんて、、、PTAは圧力団体なのですか?
一般の文化サークルやボランティア団体で、やらない人に対して、『サボろうとしてる!』なんて責めますか?

「こんなに楽しいのに、やらないなんてモッタイナイ!」というのなら、わかりますが。

それだけ、今のPTAが歪んでいるということでしょう。

PTAは周知してようがしてまいが、入退会自由なのは事実です。善意のボランティア団体ですから、どんな理由であっても、加入しないことになんの問題もありません。新聞購読・サークル活動・一般ボランティアの勧誘を断るのに、理由がいらないのと同じです。アメリカのPTAでは、単に「やりたくない」で、入らなくてOKです。これがアタリマエです。

たとえ「めんどくさい」であっても、立派な理由です。なにかで、疲れてらっしゃるのかもしれません。なにか事情があって、本当の理由を言いたくないだけかもしれないのです。

だから、どんな理由であっても、OKなのです。理由はいらないのです。

「やらない人がいるのはズルイ」ではなくて、「人数が減ると、困る」というようなシステムにしているのが良くないのです。どんな人数でも大丈夫なシステムに、じょじょに変えていくのがいいでしょう。


「サボろうとしてる! ズルイ!」という視点では、「やってくれた人」に対しても、せいぜい、「ノルマをこなしてるだけよね」と思うだけでしょう。本当に感謝するなんて、できないのではないですか? 

「やらない人に対して、批判する」よりも、「やってくれた人に対して感謝する」の方が、精神衛生上もいいでしょう。
普通の文化サークルや、ボランティア団体では、それができてますよ。


▼ 『ヤラナクチャイケナイ』という信念を持っているのでは?


自分が苦労して一生懸命がんばっているのに、すぐ横で「なーんにもしない、サボっている人」がいたら、誰だって、すっごく腹が立つ!

そういう意味で、「サボろうとする人が出るのはズルイ」と思ってらっしゃると思うのです。


それって、PTAのことを、
『こどものために、がんばらなければいけないこと。少々苦労しても、やらなければいけないこと。』

なんて、思ってるんじゃないでしょうか。

『PTA活動ははゼッタイ必要!』『ヤラナクチャイケナイ!』
そんなふうに考えているから、
なかなか根本的にPTAの負担をスリム化できなかったりするのです。

「おこづかい」が減ろうとしているのに、『ゼッタイ必要だからお金を使うの減らしたくない! おこづかい減るのが悪い!ズルイ!」といってるようなものです。


「PTAのない学校」だって、支障なく運営できてます。むしろ、大人がイキイキしているようですよ。そのほうが、子供にいい影響与えているのではないでしょうか。

だから、PTAは『絶対にヤラナキャイケナイ』ものではないのです。安心してください。

PTAは、
『こどもの幸せをテーマに、親同士が一緒になって考えたり学んだりする生涯学習サークル的な楽しい学びの場』
なんですよ。
別に必要なことではないし、やってもやらなくてもいいんです。
辛い想い、しんどい想いをしてらっしゃるなら、むしろ、やらないほうがいいんです。



他人に対して「ズルイ」と感じるということは、、、

ご自分がPTAに対して「楽しくない」「無理にやらされてる」と感じているということではないでしょうか。
もしくは、「絶対にやらなければいけないもの!必要なもの!」という強迫観念があるのではないでしょうか。

自分の気持ちの整理をしてみることをオススメします。

その結果によって、PTAをいい方向に変えるのを手伝ったり、ご自身も辞めることを検討する方が建設的でしょう。


自分は、本当はどうしたいのか?
どんな形のPTAで活動したいのか?
PTAをやりたいのか? 本当は辞めたいのか?

他人の生き方を気にするより、まず、ご自分の気持ちの整理が大事です。


▼ 本当に必要な人に『逃げ道』与えるほうが大事

「サボる人が出るのはイヤ」といいますが、今の段階ですでに、PTAが入退会自由を明示しなくても、PTAから脱出する人はいますよ。

・ お金持ち (PTAの無い学校へ子供を行かせることができるから)
・ PTA知識が豊富な人
・ 胆力のある人、気が強い人 (人の陰口を気にしない)

このような方々は、入退会自由を明示しなくても、PTAから脱出できます。
(本当は誰でも脱出(退会)可能なんですけど、実質上は、ということです。)

ネットの普及で、入退会自由であることやPTAの実態がバレているので、ちょっとずつ、このような人が増えているようですね。

でも、本当に逃げ道を必要としている人は、PTA入退会自由を明言しないと、なかなかPTAを脱出できないんです。
PTA活動に極度のストレスを感じる人には、『逃げ道』を与えてあげることが必要でしょう。

【PTA活動に極度にストレスを感じる人々】
・ PTAの在り方が不満な人、疑問を抱いている人
・ PTAと考え方が合わない人
・ 病気を抱えている人
・ 仕事、介護などで忙しい人。手際の悪い人。
・ 真面目すぎる人、責任感が強すぎる人
・ 人づきあいがとても苦手な人
・ 気が小さい人
・ なにか他人に言えない事情がある人

これらの人も含めて、全員が入退会自由としたほうが、公平でいいでしょう。

少々、「サボろう」という人が多くなったとしても、『本当に必要な人に、確実に、逃げ道を与える』方が、はるかに大事と思われます。

「サボろう」という人を一人でも減らすために、「本当に逃げ道が必要な人に、逃げ道を与えない」ほうが、よっぽど問題だと思いませんか?
PTA活動で、極度のストレスを感じ、心身を病む人が出てきた場合、あなたは責任がとれるのですか? とれないでしょう。

入退会自由を明示したからといって、「辞める人」が続出するわけではありません。
「逃げ道」を与えるということは、逃げ道があるという安心感、「イヤだったら、いつでも辞めれる」という安心感を与えてあげられます。これが大きいのです。

救命ボートは、必ず使うわけではありません。でも、救命ボートが無いより、ちゃんと用意されている船のほうが、安心して乗ることができます。


▼ PTAが負担が大きすぎることが問題
PTAの負担が大きすぎるので、加入しない人がでるのでしょう。「サボろう」というよりも、PTAが大変すぎるから入らないのです。それは、自然なことです。
いまの社会状況では、生活していくだけでも大変という人が多いのに、多くのPTAはその事情をくもうとしないのです。そして、PTAはボランティア団体としては、とてつもなく負担が大きいというのも事実です。
役員の月平均労働時間は30時間以上。会費は年に数千円。一般ボランティアで、これだけの負担をしますか?
これだけの負担は、善意のある人でも、まず断るようなレベルです。

「家事」+「育児」+「パートなどのお仕事」
をしている人に、ここまでの負担を背負わせることのほうが、おかしいと感じるくらいです。

これだけのことを要求しているのですから、「辞める」人が出ることは、自然なことです。ズルイことではありません。

「できる人が、できるときに、できるだけ」というPTA原則があるようです。それを無視しているPTAの方が問題あるのでは?




▼ 「サボろう」は悪いことじゃない

「サボろう」というのは、別にズルイことではないと思いますよ。ほんとにやらなくてはいけないことは、もちろん、やったほうがいいんでしょうけど。PTA活動に意義を感じる人と感じない人がいます。「やりたくない」と思う人がいるのは当然で、自然なことです。いいかえれば、「もっと自分に合った有意義なこと(休息も含めて)をしよう」っていうことですよ。

ものすごく、イイコトじゃないですか。

お母さんが幸せでニコニコしてるのが、子供にとっても、すごくイイコトだと感じますし。


イヤなこと、自分に合わないことを無理にやって、ブスッとしてたり、疲れた顔してるよりかは、よっぽど、子供と周りにいい影響を与えるんじゃないでしょうか。

心配してなくても、ホントにやらなくちゃ生きていけないような、最低限のことは、みんなやってます。

それを、無理やり、ダマしてでも強制してやらせるというほうが、よっぽど暴力的に感じます。


▼ 「ダマす」&「無言の圧力」&「強要」していいという理由にはならない

「入退会自由を明言すると、サボる人がでてくるからイヤだ」
というのは、つまり、、、

サボろうというズルイ人が出てくるのがイヤだから、「ダマす」&「無言の圧力」という手段をとる。

ということだと思われます。

これって、どうなんでしょうか…。

★ 別にやってもやらなくてもどちらでもイイコトを「サボろうとする」
★ 「ダマす」&「無言の圧力」&「結局、強要する」


どちらが、より、ひどいことなんでしょうね。

個人的には、後者のほうが、よっぽどヒドイことをしているように見えます。


「アイツが、うちのマンガを勝手に読もうとしたから、おもいきり殴った」というのと、同じようなかんじじゃないですか?

「そりゃダマって読むのは失礼だし、断ってから読んだほうがいいんだろうけど、マンガくらい、勝手に読んだっていいじゃない。殴るほどのことか??」って感じがしますね。


『ヒドイことをされそうだから、先に相手にヒドイことをして、相手を縛ることで防止する』
というロジックは、悲しいものがありますね。

こういうことを、「こどもの健全な教育を考える団体」がするというのは、本当に歪んでいます。

「サボろうとする人が出るのがイヤだから、ダマしてもいい」
ということには、ならないでしょう?

相手の人権をふみにじっておいて、「サボろうとする。ズルイ。」なんて言えないと思いますよ。


▼ 『異なる考え方』を認めようとしない。不寛容。

世の中、いろんな考え方の人がいるのです。

産経新聞のアンケートでは、「PTAは必要か? NO42%」だったようです。
PTAがあまり大事と考えない人が42%いらっしゃるということでしょう。この人たちがPTAに加入しないのは、別に構わないのではないですか?

PTA活動を大事とおもう人もいれば、大事と思わない人もいるのです。

ご自分がPTA活動を大事と思うのは問題ありません。それを、他人にまで押し付けるのが、問題なのです。

自分は自分で、PTAに必要性を感じる人だけで、PTA活動をやればいいではないですか。
やりたくない人まで、「サボろうとしている」と責めて、入退会自由であることを隠してまで、押しつけようとするのが問題なのです。

「PTA活動に必要性を感じない人」は、「PTA活動に必要性を感じる人」に対して、「ムダなことだから、やめろ」なんて、押しつけたりしないのではないですか?
「やりたくない人」は、ただ、自分が辞めたいだけなのです。自分がやりたくないからって、「必要性を感じる人」まで、辞めさせようとはしません。ココが、大きな違いなのです。


「必要性を感じない人」は「必要性を感じる人」の価値観を認めています。
「必要性を感じる人」は、「必要性を感じない人」の価値観を認めようとしません。

これこそ、とんでもなく、「不公平」ではないですか!

現状、いろいろと不公平があります。
それぞれの考え方があるのに、「必要性を感じない人」の意見は無視して、「前の年と一緒がいい」という人の意見だけ尊重されるのは不公平でしょう。
役員に当たる人と当たらない人がいる現状は、きわめて不公平でしょう。

そんな不公平があるにも関わらず、それは無視して、

「サボろうとする人がでるのは不公平。ズルイ。」
というのは、本当に歪んでいると感じます。

自分の価値観だけ、大事にしていて、異なる価値観を全く認めようとしていません。

そんな場は、とても息苦しいし、子供の価値観に悪影響を及ぼしているのではないでしょうか。
「自分と違う価値観の人間は、批判してもいい。いじめてもいい。」
そんな価値観を、子供に、植えつけていませんか?

『世界に一つだけの花』の歌詞を覚えていますか?

それぞれの色や価値観を認めるということが、教育上でも、とても大事なのです。

さて。それぞれの事情や価値観の違いを含めて、本当の意味で平等にするには、入退会自由化と、「できる人が、できるときに、できるだけ」を実現するのが一番です。

本当の、善意のボランティア団体になることが、本当の意味での平等です。全ての人にとって、Win-Winです。負け組がいません。皆にとってハッピーな状況ができあがるのです。いいと思いませんか?


▼ 見えない「不信」の表れか?
「サボろうというズルイ人が出るのはイヤ。不公平。」
そんな意見がくるたびに、「お母さん方って、一見、仲が良さそうにみえるけど、本当はお互い信用してないのではないかな?」なんて感じます。

本当に信頼しあってれば、「入退会自由OK。忙しい人や考え方合わない人がいるのはアタリマエ。できる人が、できるだけ、がいいよ。風通しもいいし。」という意見が多くなるはずなのです。

それなのに、「サボろうとする」「ズルイ」「不公平」という意見が多いのは、結局、お互いを信頼してないんじゃないですか?

なんというか、悲しい現状です。

『PTAはヤラナキャイケナイ』という考え方が、負担の増大を呼び、お母さん方の間の見えない不信とギスギス感の温床になっているのでは…。だから、「サボろうとする人が出る」「ズルイ」「不公平」という考えが出てくるだけで、根本的な解決をしようとしないのではないですか?

「親同士の親睦を深める」も、PTAの目的の一つなのに、逆効果になっているような気がしてなりません。

そして、そんな場は、子供にも悪影響を与えかねません。

お互いが、お互いを縛りあうのは、もう、やめにしませんか?

お互いが信頼できる場にするためにも、「入退会自由化」「できる人が、できるとき、できるだけ」の大原則は、やはり必要です。そうでなければ、不信と文句の温床になってしまうのです。

たとえば、豪華客船の旅を楽しんでいても、救命ボートが少ししかなければ、乗客たちは、お互いに、疑心暗鬼になるでしょうね。『いざというときに、先を越されないようにしないと』なんて、心の底では思うはずです。救命ボートが十分にあれば、安心できる楽しい船旅になるでしょう。

▼ 合わない人は出て行かせたほうが得
仮に「さぼろう」という人やPTAと考え方が合わなくて出ていきたい人がいたとしても、そんな人は、出ていかせてあげたほうが、PTAのためでもあると思います。

普通のボランティアサークルだって、将棋部やテニス部だって、そうでしょう? そこに「すごくイヤがっているのに無理やり活動させられている人」が一人でもいたら、雰囲気がすっごく悪くなります。恨みも買います。そんなサークルは評判も悪くなっていくでしょうね。

素直に出て行かせてあげたほうが、余計なものが削ぎ落とされて、よっぽどスムーズに事が運ぶようになり、ステキなPTAになりますよ。やりたくないという人まで、わざわざ無理につなぎとめておこうとするから、「人をダマす」とか「問題を抱えたまま」になっているのです。そして、わざわざ加入してくれている人に感謝もできなくなるのです。

PTAのイメージや評判が悪いのも当然です。


繰り返しますが、
加入しない人を批判することは、「人間としての学びと成長」「健全な教育環境づくり」という理念と全く相反するものだとおもいます。


加入しない人を批判するよりも、加入してくれた人に感謝するという方向で考えてみませんか?

怖くて、とても「PTAに入らない」なんて言えません!

PTAに加入しないというのは、日本では大変なストレスをともなうもののようです。
「村八分のようにされるのでは」
「子供がイヤなおもいさせられるのでは」
そのように考えてしまい、無言の圧力を感じ、「イヤ」といえないのです。
本当はそのように考える必要はないようです。じっさい、辞めた人は全国にはたくさんいますが、特に不都合はないようです。辞めるときこそ、役員さんなどに色々いわれますが、その後は特に何も言われません。子供がいじめられることもありません。1ヶ月もすれば、「思い切って辞めて良かった!」と思う人が多いようです。本人の気持ちの問題です。

(私が知らないだけで、不都合がある場合もあるかもしれません。なにごとも「絶対」はありません。)


「あの人変わってるわね」など、少々いわれることは避けられないでしょうが、その程度のことは別にいいのではないでしょうか。
役員や委員を、しかたなしにやったとしても、文句を言われたり仲間はずれにされたりするケースも、わりとよく聞きます。PTAを辞めなかったからといって、PTAの仕事をしたからといって、文句や陰口を言われないというわけでもないのです。むしろ、よけい、辛い思いをするケースもあるのです。


どうしても、PTAをやめたくても怖くてやめられないのであれば、とりあえず役員さんなどに負担を軽くするお願いをしてみてはいかがでしょうか。
善意のボランティア団体ですし、PTA活動は「できる人が、できる時に、できることをする」がベースです。
そのお願いすらも一蹴するようなPTAであれば、PTA本来の理念から全くかけはなれた存在ということになりますね。そのことを理由にすれば、罪悪感が薄れるので、退会しやすいかもしれません。PTAの本来の理念から大幅に外れた団体など、入る価値はないと思いますので。


【参考リンク】
≫≫ PTA退会、役員辞退の方法カテゴリ


PTAに加入しないなんて、子供のこと考えてない人なのでは?

いまの時代、生きていくだけで大変という人はいっぱいいます。自分と子供が生きていくために働いたり、学校へ行かせているだけでも、大変なことです。虐待をしているような方は別として、普通に子供を育てているというだけで、本当に素晴らしいことです。それだけで、本当に立派な親御さんだと感じます。それ以上を求めるというのは、酷ではないでしょうか。

日本は少子化ですから、子供を生み育てているだけで、すごい社会貢献もしているということでしょう。そういうことは、認めてあげないのですか?


わたしは図書館に本をいっぱい寄付したことがあります。図書館はボランティアもときどき募集してます。では、図書館に本を寄付しない人やボランティアしない人は、全員、図書館のことを大事におもっていないのでしょうか?

PTAのない学校の人は、全員、子供のことを考えてないのですか?

「親がPTA活動熱心で、家庭をかえりみず、すっごくイヤな思いをした。」という友人が実際にいます。ネットでもそのような声はよく聞きます。
PTA活動してるほうが、子供のためにならないことも、あるということです。

PTA活動してるしてないは、子供のこと考えてる考えてないに関係ないでしょう。

PTAの目的の一つが、「保護者同士の親睦を深める」です。人間として学び成長するのが目的のPTAで、異なる価値観の人を認めず批判するということ自体がおかしな話です。批判しあうより、お互いの価値観を認めあい尊重し、仲良くやっていくほうがいいのではないでしょうか。そのために、PTAはあるのではないのですか?

学校・PTAに子供がお世話になっているのだから、加入するのはアタリマエでは?


「学校やPTAに子供がお世話になっているのだから」


というフレーズは、じつによく耳にします。

法律の上では、強制力がないのはわかってるから、
モラル的に、相手を縛ろうということなんでしょうね。


一見、かなりの説得力をもっているように見えます。



しかし、このフレーズを聞くとき、いつも疑問に思うことがあります。


「はたして、この人は、PTAの無い学校へいったとき、
 ご自分がPTAをつくってまで、PTA活動をするのだろうか?」
そんなふうに考えます。


「学校にお世話になっていて、その恩を返すのにPTA参加は不可欠」と、本気でおもってらっしゃるなら、自分でPTAをつくってでも、参加するでしょう。

しかし、そんな人は、ほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。




【PTAアンケート結果】
産経新聞2009/05/28 より抜粋
【私も言いたい】「PTA改革」 「必要」「プラス」50%台
今回のテーマ「PTA改革」について、26日までに655人(男性433人、女性222人)から回答がありました。「PTAは必要」「子供の教育や親にプラスになる」との回答はともに50%台。「組織改革を行うべきだ」は9割以上に上りました。
 (1)「PTAは必要と思うか」  YES→58%、NO→42%
 (2)「子供の教育や親自身にとってプラスになるか」 YES→52%、NO→48%
 (3)「何らかの組織改革を行うべきか」 YES→95%、NO→5%


こんなアンケート結果も出てますし、「学校にお世話になっているのだから」とよく言われるわりには、「不要」と思っている人が意外と多いのです。
また、「何らかの組織改革を行うべき」と思う人が95%もいらっしゃるということは、いまのPTAには色々と問題があるということでしょう。



つまり、学校や社会にお世話になっているからといっても、本気で、PTA活動に自信をもっている方など、ごく少数なのではないでしょうか。



学校・社会に受けた恩を返すため、絶対に、PTA活動する必要性など、ないわけです。
ほかに、いくらでも、学校や社会に恩を還元する方法は、あるわけです。

「なぜ、PTAだけを、そんなに推してくるのかな?
 ほかのボランティアにくらべて、
 そこまで、PTAって、いい団体だったかな?
 むしろ、かなり問題・弊害の多い団体じゃないのかなあ?」

と、いつも、思います。



世の中、多くのボランティア団体があり、なんらかの形で色々とお世話になってると思います。それらのボランティア団体が「お世話してるし、恩恵もあっただろう?なにかお返ししろ!」と言ってきたらどう思いますか?
そんなボランティア団体は、もはやボランティア団体とは呼べませんね。その団体に対して、とても不信感と反発を抱きます。

たとえば、うちの地区では、学校も幼稚園も、ボランティアを募集しています。幼稚園では「図書貸し出しボランティア」なるものがあり、有志のお母さん方がやってらっしゃいます。市の図書館も、ボランティアを募集しているときがあります。
もし、その方々が、

「あなたのお子さんは図書ボランティアのお世話になってますね? なら、あなたも図書ボランティアやって当然でしょ!やらないなんて、恥しらずだわ。もし、やらないのなら、あなたのお子さんは図書ボランティアの利益を受けられなくてもいいわよね?」

なんておっしゃったとしたら、、、どう思いますか?

そんなこと言う人がいたら、みんな、ものすごくビックリするでしょう。
「まさか、そんなことを言うボランティアがいるなんて!」と、思うでしょう。

おそらく、そのボランティアの方は、まわりから信用を失うでしょう。

とても、恥ずかしい発言だとはおもいませんか?

PTAは、同じような発言をしていませんか?



「学校やPTAにお世話になっているのだから、加入するのはアタリマエ。入らないで、恩恵だけ受けるなんて、恥知らず。」というのは、それを言うことのほうが、ものすごく恥ずかしいことではないでしょうか。

PTAが会員制サービス業者なら、話はわかります。

でも、PTAはボランティア団体なのですけれど・・・。



また、学校のお世話になっているというなら、役所にも病院にもスーパーにもお菓子メーカーにもゲームメーカーにも、ありとあらゆる人と会社にお世話になっているはずです。では、それら全てに労働奉仕するのですか?なぜ、学校やPTAだけなのですか?


家族が老人ホームのお世話になったら、そこの関連団体に入り、労働奉仕をして当然なのでしょうか?


それをしない人は、「家族がお世話になってるのに、恩知らずの、どうしょうもない人間」ということなんですか?


また、

アメリカのPTAは加入率20%だそうですが、、

アメリカの学校に行ったばあい、
PTAに入ってない人の80%に対して、
「こどもがお世話になってるのだから、
 入って当然でしょう?」
と、言えるのでしょうか??

言えないんじゃないですか?

(日本のPTAでも、
 加入率が80%くらいのPTAなら、
 言えないんじゃないですか?)

アメリカじゃ言えないとしたら、
いま日本では数の上で
圧倒的に多数派だから
数の権威でもって、
「こどもがお世話になってるのだから」
と、言ってるだけに
すぎないってことになりますよね。
本心から、そう言ってるわけじゃないって
ことですよね。




「PTA活動に恩恵を受けているのだから、PTAに参加するのは当然。やらないのは、恥知らずで恩知らず。」


このような持論を展開することのほうが、よっぽど、恥ずかしいことに思えるのですが…、いかがでしょうか。




別に、他のボランティアや慈善活動でも、十分にPTAに所属する方々や社会全体に恩恵を返しているのではないですか?


お仕事して働くということも、ものすごく立派な社会貢献だと思います。

幼稚園の先生、学校の先生、農家の方々、パン屋さん、公務員の方々、野球選手、漫画家、主婦、、、、


お金を稼ぐため、自分のために働いてらっしゃるとはおもいますが、それだけではないでしょう。どんな職業も(犯罪的職業は除く)、社会の役にものすごく立っています。働くこと自体が社会の役に立っていますし、お給料の中から、税金も払ってらっしゃいます。ものすごい社会貢献ですよね?

日Pさんは、税金から、ずいぶんと補助金をもらってらっしゃるようです。ということは、税金を払っているというだけでも、PTAに恩恵を与えているということでは?


少子化の日本でもありますし、子供を産み育てているだけでも、ものすごく立派な社会貢献だともおもいます。
こどもを育てていると、まわりに迷惑をかけることも多々あります。しかし、同時に、ものすごい社会貢献もしているのです。

学校に恩をうけているのは確かですが、こどもたちが少なくなったら、職がなくなって一番困るのが学校であり先生です。
すでに、おたがいに、助け合っているのです。



「学校・PTA活動に恩恵を受けているのだから、PTAに参加するのは当然。やらないのは、恥知らずで恩知らず。」
という言葉は、

ものすごく悲しい言葉だとおもいます。

とても傲慢にもかんじます。


せっかくの善意を、

義務・強制に変えてしまっています。



さらに、、、
今のPTAは確かに恩恵もある程度受けますが、弊害も大きいと思いますので、「お世話になってるだろ!」なんて、あまり大きなことは言えないのではないでしょうか。


世の中いろいろな考え方や事情があります。PTAの考え方、やり方に賛同できない人も、忙しくて都合のつかない人もいるのです。子育ての忙しい時期が終わった後で、PTA以外のなにか世の中に役立つことをそれぞれのできる範囲でやれば、それでいいのではないですか。それが、なによりの「お返し」でしょう。「できる人が、できるときに、できる範囲で」がPTAの考え方の基本ですから。



・・・。


ここで終わってもいいのですが、
もう少し、個人的な意見を言わせていただきます。


PTAにお世話になっているといえば、なっているかもしれません。

PTAのおかげで、PTA行事は増えますね。夏祭りとか。
でも、いまの子供にとって、そんなに魅力ある行事に思えません。
さらに、その行事にかかる労力コストは莫大で、そんなにコストはらうくらいなら、個々の家庭で、ハイキングにでも行ったほうが、よっぽどいいのではないかと思っています。
100円の板チョコに、1000円くらいかけているような感覚です。


記念品の類もそうです。
卒業式にくばられる紅白饅頭や鉛筆セットといったもの。ほかの機会にも、いろいろ配られます。
しかし、いまどき、各人で格安で買えます。
PTA非会員であっても、実費を出せば、同じように配ってくれるところが多いそうです。
(出さなくても、配ってくれるところもあるようです。)
しかし、それらがPTAの恩といわれても、、、自分で買ったほうが、自分の好みのものが買えますし、よっぽどいいかもしれないのです。。


交通指導も、毎日やっているわけではなく、たいていのところは月一回程度です。
ほんとに危ない道なら、毎日やらないと、意味がないのでは??
月に一回程度、見守っていてくれていても、他の日だって、なんにもないのだから、効果があるのかどうかは、はなはだ疑問です。
危険箇所だって、個人で行政に申したてできます。


運動会行事のお手伝いなどは、PTAの恩恵があると思いますが、PTAより、その都度ボランティアを募ってやってもいいんじゃないでしょうか。そのほうが、圧倒的に、気が楽です。


学級のことは、クラス懇談会で十分な気がします。


イジメなどの問題でも、PTAが役に立ったということ、ほとんど無いのではないでしょうか。



いま挙げた活動はマシなほうで、「めちゃめちゃ無駄なんじゃない?」といわれているPTA活動は、かなり、あるようです。



むしろ、いまの状態のPTAでは、PTA活動がないほうが、いろいろ心労や軋轢が少なくていいんじゃないかと思うのです。

もしかしたら、わたしが知らないだけで、すごい恩恵のある活動をしてらっしゃるのかもしれませんが…。(かなり調べましたが、これといった活動は見つかりません。)



そんなに「お世話になってるだろう!!」と大声で言える活動って、みあたらないのです。



これは、個人的な価値観ですので、人によっては、ものすごいお世話になってるように感じる方もいらっしゃるのでしょう。

すくなくとも、わたしの価値観では、「たしかにある程度のお世話にはなってるけど、なくても困らない。」くらいなのです。


PTAの物品や行事がほしいわけではありません。
あまり、それらに魅力を感じません。


ただ、学校のカリキュラム内で、他の子と差別するような扱いをしてほしくないというだけです。


たしかに、ある程度、お世話になってはいますが、弊害のほうが大きいと感じます。

恩恵が全く無いわけではないので、感謝はしますが、それを盾に「お世話になってるだろう!」「やってアタリマエ」と言われるのは、納得できないのです。




『参考リンク』
→ 「必要(NEED)」と「オプション(WANT)」の区別をつけよう

岩竹美加子さん「国家の装置としてのPTA」 国立歴史民俗博物館研究報告・第132集 より抜粋。
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私が学校に望んでいるのは、『安心して静かに学べる場』です。
それすら危ぶまれているのに、町会とのつきあいのもちつきなどなくてもけっこうです。

町ぐるみ運動会、バスハイクも歩こう会もラジオ体操も講演会もいりません。

しっかりとした授業があり年1-2回の遠足があり、
休み時間に子供達が仲良く遊べればいいのではないでしょうか。

なぜそれ以上母親が時間をけずってPTAの仕事をしなければならないのかわかりません。

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学校には確かにお世話になっています。


PTAに所属し活動することが、
学校および社会全体に恩を返すことになるとは思えません。

PTA活動による学校・社会に対する恩恵・還元もありますが、
弊害・問題のほうが、はるかに大きい団体だと感じているからです。



総合的にみると、
PTAに所属し活動することは、
学校・社会に恩義を返すことにならないばかりか、
かえって社会に対するPTAの弊害・問題を助長することに、
協力してしまうことだと
考えています。


PTAに所属・活動するよりも、
その分の労力・お金で、
別の募金・ボランティア・本職に励むことのほうが、
社会全体、ひいては学校に恩義を返すことになると感じています。



また、子育て世代というものは、
外に働きに出ている出ていないにかかわらず、
総じて、ものすごく忙しい時期です。
時間的経済的余裕が最も無い時期なのです。
そのような超多忙な時期に、無理して恩義を返す必要性はないでしょう。
PTAで無理して心身を病む事例もよくあるそうです。
年金暮らしになるなど、時間的経済的余裕ができてから、
恩義を返すという気持ちでいるほうが、建設的だと思います。
時間的経済的余裕のない保護者同士による「役」の押し付け合いという、
人間関係の軋轢・トラブル・ギスギス感・精神的苦痛を、
防止することもできます。
(「役」の押し付け合い、強制といった大人の姿、
 こどもに見せたくはないです。
 教育上も非常によろしくないのではないでしょうか。)


PTAはボランティア団体ですし、
本来なら、ボランティアは、
経済的時間的精神的に余裕のある人だけができるものでしょう。


シングルマザーの方や、外に働きに出てて超多忙の方にまで
強要しているのは、どう考えても、おかしいです。



これは個人的意見ですので、


「PTA活動で学校・社会に恩義を返したい」
と思う方は、大いに活動されるといいでしょう。



自主的に、

「学校にお世話になっているのだから、恩義を返したい」

と思う心情は、非常に美しいものであると感じます。



しかし、それを他人に押しつけようとすると、
とたんに、「美しいもの」から「醜いもの」に
変わるのではないでしょうか。

「善意」が、「強制・非難・責め合い」になります。



「学校にお世話になってるのだから」
は、自主的に思うから美しい心情なのであって、
他人に押しつけ、無理強いしても良い
という概念ではないでしょう。
他人に押しつけると、
自主性や多様性の尊重・思いやり・寛容・誠実さ
といった概念から遠ざかります。
お互いに信用をなくす原因ともなります。


役決めのときの雰囲気が、顕著に物語っています。


非常に息苦しいのです。


かえって、
人間関係をギスギスさせている要因に
なっているのではないでしょうか。



「学校にお世話になってるから」
と自主的に思う気持ちで善行をつむなら、
それは、自分の気分もよく、
すばらしい経験になることでしょう。

でも、他人に
「学校にお世話になってるんだから」
と、義務を強調して言うやり方は、
非常に息苦しいです。
おなじ善行を積むなら、
気分良くできるほうを選びたいと思います。




【こうであるべき理論】で、
お互いを縛りあうのは、もう、止めにしたいものです。



「学校にお世話になっているのだから」
自覚無く使ってらっしゃるかもしれませんが、
そのような言葉が、他人を追い詰めることになります。
息苦しい社会を形成する一端に
自分自身が加担することになってしまいます。


じっさいに、
「学校にお世話になっているのだから」
という言葉のため、
「PTA活動したくないと感じる私が悪いのだ(自責)」

「PTA活動をさぼろうとしているあの人はずるい。(他責)」

「PTA活動をしなければ、
 当然の義務をサボる人間とみなされ、
 こどもに差別・迫害を加えられるかもしれない。(不安)」

と感じて、苦しむ人は、いらっしゃるでしょう。



PTA活動に苦痛を感じ、心身を病む人は、
たくさん、いらっしゃいます。

PTA活動で強いトラウマを感じ、不登校にまでなったしまった人。
病気を隠してでもPTA活動をがんばったため、
お亡くなりになってしまった人。

じっさいに、そのような方がいらっしゃるようです。



→ リヴァイアさん、日々のわざ: PTAは、会員ががんで闘病中でもそれを「検出」できない。そして、役は公平に与えられる

→ PTAは、社会参加の第一歩、かもしれないけれど

→ PTAよ成仏してくれ!|まるおの雑記帳-




わたしが実際に知ってる方でも、
命にかかわるような病気を隠して、
PTA活動をがんばってらっしゃった方が
いらっしゃいました。





「学校にお世話になっているのだから」
という言葉で、
他人に圧力をかけ、その結果、
その人が心身を病んだり、お亡くなりになった場合、
責任をとれるのでしょうか?


【保護者が心身を病んだら、
一番悲しく辛い思いをするのは、お子さんでしょう。】


PTA関係のことで、子供を苦しめていいのでしょうか。


ご自分のなにげない言葉が、
他人を苦しめ、追い詰める可能性があることは、
知っておいてほしいとおもいます。


というわけで、

「学校にお世話になっているのだから、
 PTAにはいって活動しましょう」

という理論は、
とても空しく聞こえるのです。

なぜなら、

PTAにはいって活動することは、
良心が痛むような行為だからです。(すくなくとも私にとっては)


いまのPTA活動が、
総合的にみると、
学校や社会、ほかの保護者のためになると
とうてい思えないのです。



【 参考記事 】

≫ PTA強制入会についての意見きかせてください
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1081869990

個人でがんばっても限度があるからPTAと言う団体で学校に物申す
って意見もあったけど、本当か?
もし、子供がいじめられてますって言う保護者がいたとして、
教師に相談しても解決しなければPTAに相談するか?
で、PTAがイジメをしている子供やその親に何かしてくれるのか?
学級崩壊だって同じ。PTAで学級崩壊を起こしている教師やクラスの子供とその保護者に対し何か行動するのか?
破廉恥教師がいる。子供が嫌な思いをしてる。そのとき、保護者ってPTAを頼るのか?
もし、PTAが団体として解決できるのなら、いじめも学級崩壊もほとんどないはずでしょ?
子供が何かしらの被害者になったとき、親はPTAなんて頼らないと思うけどね
会長の携帯電話、家の電話番号を会員全員に配って、何かトラブルがあったらすぐに連絡してください
PTAとして対処します
なんて話聞いたことが無い



『法律上では』入退会自由だけど、『実際は』皆がはいるものでしょう。

★『法律上では』入退会自由だけど、『実際は』皆がはいるものでしょう。周りの学校も、それで上手くいっているのだから、調和を乱すべきではないのでは? ★


たしかに、法律が厳しすぎたり、実際の生活に合わない場合は、あるように感じます。

たとえば、自転車の荷台に、乗せることができるのは、子供一人だけで、二人以上のせると、違法になってしまうようです。
安全面から、こういう法律がつくられたのでしょうが、厳しすぎるように感じます。
じっさいは、ほとんどのママさんたちは、自転車の荷台に2人の子供を乗せたことがあるのではないでしょうか。


このように、法律のほうが、実際生活に合っていないとかんじることは、あります。


しかし、、、


それがいえるのは「とくに問題が無いならば」「本当に上手くいっているならば」の話です。
PTAで非常に辛い思いをした人、イヤだと思っている人、たくさんいます。それらの人々の気持ちは「無かったこと」にするということでしょうか。一体、この先、何人の「辛い思いをする人」「イヤな気持ちにされた人」を出すつもりなのでしょうか。

しかも、このPTAというシステムを、問題を抱えたまま、ずっと残して、今の子供たちにも受け継がせようというのでしょう?

それの、どこが、子供たちのためなのでしょうか。

あなたの目的は「子供たちの環境改善」ではなく、「現状温存・組織温存」なのではないかと疑ってしまいます。
「まわりが皆そうだから」「いままでそれで上手くいってたから」、「だから、それでいいじゃない」という発言は、本当に悲しくなります。『いままで、つらい思いをしている人の気持ち、なんにも見てないのだな』と、思い知らされますから。


「法律」だけでなく、「PTA理念」をも、軽視した考え方だと感じます。
PTAの理念は、自主的な善意のボランティア活動を行うものであり、「できる人が、できることを、できるだけ」です。PTAは『有志の集まり』なのです。「周りがそうだから」「今までそうだから」という理由で強制するのは、PTA理念と正反対といえるでしょう。


それに、日本は法治国家です。日本が法治国家であることを否定する発言をするのは、教育団体として非常に問題があるのではないですか。



まさに、
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」

のような考え方ですね。
「たとえ、間違ったことであっても、周りの人がみんなやっていることならやっても構わない。いや、やるべきだ。やらないと、仲間はずれにされるからな。」
というニュアンスがうかがえます。

もっとも、赤信号を渡るくらいなら、気をつけて渡れば、他人に迷惑がかかることはありません。

PTAのやっていることは、他人に迷惑をかけています。

PTAが入退会自由なんて、みんな知ってることじゃないの?

入退会自由であることは、昔よりかは知っている人が増えてきたようです。しかし、まだまだほとんどの人が知らないといっていいでしょう。役員経験者でさえ、半数しか知らないのですから。
朝日新聞2010(平成22)年2月21日より抜粋
文科省の委託を受け、昨年10月にアンケートを実施したNPO法人「教育支援協会」がシンポを主催した。全国6指定都市の600校でPTA役員経験者630人を対象にアンケートしたところ、入退会の自由を「知らない」は50%を占め、「入会時に説明があった」は17%にとどまった。


入会しない人も、ある程度、います。
全国でPTA任意加入を明示している学校は、少数派ながら、あります。それらの学校では、100%加入のところもあれば、90%前後加入のところもあるようです。50%くらいになったところもあるという話をチラッと聞いた記憶がありますが、定かではありません。いずれにしても、ほとんどが90%以上加入しますし、最悪でも50%ということです。

ということで、知らない人も入会しない人もいます。
明言化する理由は十分あるということです。

PTA会員でない人の子供がケガしたら保険おりないのでは?

PTAが契約しているその保険契約内容によります。
PTA主催・共催の行事中に、参加中の子供がケガなどした場合、会員の子非会員の子かどうかに関わらず、ちゃんと保険はおります。
たいていの場合、そのような契約になっているはずですので、ご確認ください。


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