PTAのホントのところ

PTAで調べたこと。PTAの基礎知識と問題点。入退会自由なのか?。非会員の子は行事参加できないのか?など

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いまのPTAの問題点

産経新聞アンケートによりますと、「組織改革を行うべきだ」が95%です。圧倒的多数がPTAに問題点を感じているのです。その問題点が改善されないままでいる主な原因は、「PTAが入退会自由であることを隠している」ことだと感じています。「PTAが入らなければいけないもの」と皆が思っていてくれれば、たとえ問題があっても、苦情がきても、会員は減らず、とりあえず形だけは保って、活動を続けていけるからです。問題があると認識して、変えていくというのは大変なことですから、よほどのことがないかぎり、苦情や問題点は無視されがちなのです。「PTAが入退会自由」となれば、会員の声に真剣に耳をかたむけないと、どんどん会員数が減っていく可能性があります。いままで、『怠慢』していたのが『いい意味での危機意識』を持ってもらうことで、問題点改善に向けて考え実行していける道が開けるのです。

■ 役員さんの負担が大きすぎる
役員さんは月平均30時間以上の時間的な負担を要求されます。月40時間、月50時間というところもあります。さらにP連の役員にまで当たってしまうと年間700時間くらいは要求されるようです。
「やったら意外と楽しかった」という方もいますが、「本当に辛いことばかりだった。」という方も少なくありません。
たとえ千人に一人であったとしても(たぶん、もっとずっと多いでしょう)、「とても辛い」という犠牲者を出してしまっているのです。まるで人身御供のようではないですか。善意の団体であるPTAで、そんな犠牲者を出しているのは、あまりにも酷すぎるのではないでしょうか。
役員の負担の大きさは、役員選びの難しさにも直結します。役員選びが難しいので、ついついダマしたり、脅したりするようなやり方、高圧的な態度をとるという悪循環が生まれています。


■ 家事・育児・仕事にシワ寄せがいく
とても忙しい現代の子育て世代です。祖父母が近くに住んでいて、お手伝いをしてくれるケースは、ほとんどありません。
「家事」+「育児」+「パートなどのお仕事」を抱えています。
手際のいい人もいれば、手際の悪い人もいます。自身や家族が病気であったり、介護をかかえている人もいるでしょう。それぞれの事情があります。
手際のいい人だったら、パート行ってても、PTA活動できるかもしれませんね。
手際の悪い人だった場合、「家事」+「育児」だけで、もうイッパイイッパイでしょう。
PTA活動で、家事・育児・仕事にシワ寄せがいってるケースが、とても多いようです。
その家庭の家事・育児・仕事にシワ寄せがいったら、被害を一番受けるのは、そこの子供なのですよ。『PTA活動のために、辛い思いをする子供が出る』。PTAは、子供の幸せのための善意の団体なのに…。悲しすぎる話だと思いませんか。

こどものためを考えるなら、まず、「家庭の足元がため」でしょう。
「家庭の足元がため」ができてこその、PTA活動だと思います。PTA活動で、家庭にシワよせがいくのは、まったく本末転倒です。


■ 「ホッとする時間」を奪っている。イライラがつのる。
PTAのお仕事は、やって、やれないことはありません。
役員になっても、仕事があろうが介護があろうが、睡眠時間をけずって、死ぬ気で本気でやれば、なんとかできるでしょう。ここまでのケースは、さすがに、あまり無いとは思いますが・・・
ただでさえ忙しい現代の子育て世代の親御さんたち。
PTA活動によって、「ホッとする時間」が奪われている人は多いでしょう。
くつろぐ時間、ホッとする一時。それは、人間にとって、とてつもなく大事な貴重な時間ではないのでしょうか。
病気の七割は、ストレスが原因と言われています。PTA活動で心身を病む人も多くいるそうです。そこまで追い詰めているのは、PTAです。
病気にならなくても、イライラはつのるでしょう。そして、【親のイライラがぶつけられるのは、たいてい、子供です。】


保護者の悲鳴・イライラは、子供の不幸に直結します。



また、イライラした人が増える地域が、子供にとっていい環境であるはずがありません。

「できるときに、できる人が、できるだけ」がPTA活動の原則ですが、守れているPTAがどれほどあるのでしょうか。


≫ 精神科 本当の話: PTA・地域活動に悩む母親達
  http://nozomigaoka.blog.ocn.ne.jp/mental/2011/07/post_7f8e.html

 実在の精神科医さんのブログ記事。


子供の虐待に関する事件が毎日のように報道されていますが、それが形式的なPTA活動・地域活動の強化によって解決されるとは到底考えられません。子供の虐待は、親の人格的問題に起因する場合が多いと推測され、楽観的見通しはできないと思います。むしろそうした活動が母親のストレスを高め、結果として虐待を誘引しているケースもあるのではないかと考えます。





■ PTA活動に向いてない人の意見は無視
「PTA役員をやって、とても辛かったという人もいます。」それに対する、あるPTAの重役さんの答えは…「それは、その人の考えでしょ? もっと楽しくする工夫をしないとね。」でした。つまり…強制的にPTA加入させられ、役員になってしまったにも関わらず、「楽しくない。辛い。」といえば、それは本人の【自己責任】ということなのでしょう。「PTAのせいではない」と言いたいのでしょう。「あれ?PTAが入退会自由を隠して、無理やりやらせたことに責任は感じないの?」と思います。このようにして、苦情は無視されるのです。


逃げ道ふさがれて、重労働こなしてガンバっているのに、【辛いのは、自分の責任】

って?!!!

もしかしたら、そんなつもりの発言じゃないかもしれないけど、

ホント、そりゃないよ~~~~!!!


とにかく、PTAに向いてない人に救済措置をとる気配が、感じられません。

このような姿勢だから、問題はそのまま温存・肥大化してきているのですね。


■ 加害者の一人になってしまう。

任意加入であることを隠したり、PTAに加入しないと子供がひどい目にあうと思わせるような雰囲気にしているPTAに属することは、すなわち、

『人をダマしたり脅したりするようなやり方で、無理やり入会させる側に立ってしまう』

ということです。
これは、せつない! 辛い! 胸が痛みます!!


「人をダマしたり、脅したりするようなやり方」というと、語弊があるかもしれません。キツイ言い方になってしまっているかもしれません。しかし任意加入であることを意図的に公開せず、あたかも全員強制加入のような雰囲気をかもしだし、誤解させています。また、「学校にお世話になっているのだから」「みんな参加してるのだから」「免除」という言葉がよく使われます。「入ってアタリマエ。入らない人間はズルイ人間。」「加入しないと、子供がひどい目にあう」と思わせる空気が強く存在しているのです。役員は、それを助長したり、見てみない態度を貫いていることが非常に多い。辞めるに辞められないし、異を唱えるのが非常に難しい実態を助長または放置。多忙などでPTA活動が辛い人に対して、非常に非寛容的。そのようなやり方は、とても歪んでいると思うし、不誠実。教育に関わるボランティア団体として、正反対ともいえる方向性。やはり、「ダマしたり、脅したりするようなやり方」という表現は、適切ではないでしょうか。 



それ以外でも・・・

PTAで犠牲者が出ている以上、PTA会員は全員加害者ということではないでしょうか。
集団で「いじめ」をやっているように見えます。
いまは事実上、強制加入になっているので、「自分も加害者」という意識が希薄になっているだけではないでしょうか。

そんな加害者の一人になってしまうというのは、大変、良心が痛みます。心苦しいです。とにかく息苦しさを感じます。これだけで、本当に辛い。
PTAは本来、「『いじめ』など絶対やってはいけない。特に集団でいじめるなど、あってはならない。」と、言うべき立場じゃないのですか…?
いまのPTAはとにかく「人の痛みを感じる心」「思いやり」「寛容さ」が欠けているように感じられるのです。



■ 『「お上」「周り」に合わせるのが身のため』という考え方になる

川端裕人さんに寄せられた、読者による「PTAのイメージ」を、いくつか上げてみます。

「自発精神の吸収体」 「出る杭は打つ集団」 『PTAに民主主義は無い』 「目的を見失って惰性で動いていることが多い奉仕活動」 「伝統と権威的な上っ面でなんとか保っている団体」 などなど


じっさい、PTAで「少々イヤなことがあっても、周りに合わせておくのが得策」と感じてしまう場面がたくさんありました。「自主精神・自発精神」が、PTAにより失っていくように感じます。「民主主義の精神」も同様です。
「異なる価値観はユルサナイ!」といわれてる気分になったことも、たくさんあります。
実際に、PTAは異なる価値観を許してないのではないですか?
「PTAは必要!」という価値観以外は許してないのではないですか?
「なんだか、しんどい団体だな~~」という気分です。

「世界に一つだけの花」という歌が流行っていた時期がありました。あの歌詞の中にもあるように、「一人一人の色・個性を尊重する」が、教育でとても大事なことだと思っています。
PTAは反対の概念を植えつけているように感じてなりません。



■ 子供の教育上よろしくない在り方
PTAは人権学習をすすめているのに、PTAが人権侵害している場面が多々あるようにみえます。
PTAは「民主主義」が目的の一つであるのに、PTA入退会の自由を隠そうとします。
「大いなる目的のためには、人をダマしたり脅したりするようなやり方ともOK」ということなのでしょうか…。

子供には「イヤなことは、はっきり、イヤと言わなきゃだめよ?」と言っているようなお母さんが、PTAでは何も言えません。
「他人には優しくね。」「自分がされたらイヤなことは、他人にもしちゃダメよ。」「その人の事情をくんであげないと。」「自分とは違う考え方の人も大切に。世の中、色んな考え方の人がいるから。」これら全て、子供に教えてあげたい言葉ですが、PTAの在り方は正反対のようです。
タテマエとやってること・言ってることが正反対の団体が、信用してもらえると思っていますか?

「子供は、親の言ってることではなく、親の人生姿勢そのものをマネするよ。」
というようなことが、どこかの本に書いてありました。その通りだと思います。
本当の教育は、「何かを与えること」ではなく、「いい大人としての人生姿勢を見せること」だと思っています。

いまのPTAの在り方、子供にマネしてもらいたいですか?



■ 息苦しい社会をつくっているのではないか?
とにかく、いまのPTAはとても息苦しさを感じます。「必要!」「絶対やらなくちゃいけない」「やらなかったら、とんでもないことになる」という強迫観念のもとで、活動しているようです。「善意」より「強迫観念」を感じます。
そのPTAの在り方が、子供や社会に影響を与えているとしたら…?

いま、日本は鬱病患者が100万人を超えています。自殺が年間3万人を超えています。
こんなに息苦しい社会では、そうなるのも無理はないとさえ思えます。
若者の死因の第一位は、『自殺』だそうです。

いまのPTAの在り方に、なんの責任もないのでしょうか。考えさせられます。




【 参考記事 】

≫ PTAは なんの説明文や 入会意思を確認せずに強制入会
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1081869990


≫ 小学校PTAを脱退(退会)した場合、子供に不利益(被害)はありますか?
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1239723737


≫ 魔金(まか)不思議な保護者とPTAの関係
  http://ghost.kyouiku.main.jp/
 PTAの違法行為について、詳しく調べてらっしゃいます。
 このブログを読めば、PTAがどういう違法行為をしているかよくわかります。
 また、対策も解説してらっしゃいます。


≫ 朝日新聞記事「任意加入 周知に波紋」 | 魔金(まか)不思議な保護者とPTAの関係
  http://ghost.kyouiku.main.jp/?eid=121

こういった事が本当にあったなら、保護者としては校長、PTA会長に説明を求め、役所の教育委員会ではなく人権を担当している課に相談するといいでしょう。


≫ PTA 違法性 - ログ速@2ちゃんねる過去ログ検索
  http://logsoku.com/search.php?query=PTA%E3%80%80%E9%81%95%E6%B3%95%E6%80%A7&category=&order=desc&sort=lastwrite
2chの過去ログ「PTAの違法性について」シリーズが見れます。ものすごく参考になります。
 PTAの違法性がよくわかりますよ!

○ PTAの違法性について4
  http://logsoku.com/thread/toro.2ch.net/baby/1326842052/
より抜粋

自分達が絶対正義だと思っているから厄介だね


どんなにPTAが大義を掲げようがそれ以前のところでズルをしている
以上何を言っても無駄


PTAは長年、保護者を騙してきたといえる。

強制加入だと嘘をついて入会させ会費を搾取。
それを追求すると今度は入退会の概念が無いとまた嘘をつく。
保護者を会員と称し会費も取っているのに入退会の
概念がないというのはまずありえない。明らかにおかしい組織だ。
こんな組織が子供の為に学校のためにと言っても説得力がない。
結局頑張っているのは、騙されて入会した下っ端会員の保護者である。
みなさんもどんどん問題提起して、平行線で終わるようだったら
退会の意思を示し、距離を置くこと。何もPTAに入ってないからと言って
ボランティアに参加出来ないわけじゃない。自分なりのやり方で
学校行事に参加出来る。何だったら小規模な父母会を立ち上げればいい。
兎に角、汚いやり方で保護者を騙す組織とは関わらない事だ。



本来なら保護者の自主性を尊重してなるべく協力をしてもらえるよう
普段からコミニュケーションをとって信頼を得るべき所を面倒臭がって
やっていないのがPTA。だから嘘をついて強制させようとする。
保護者の自主性に任せると参加不参加にバラツキが出て学校行事が成り立たないとうそぶくのも
そういった信頼関係を築けてない証拠。実際PTAが無かった時期なんて無いのに
行事が成り立たないかどうかなんてやってみないと解らないし、
PTAが無くても成り立っている学校もある。


そもそもPTAはボランティアだし、公平性なんて必要ない。
出来る人が出来る時に出来る範囲で参加する。
なので、誰それが役員をやっていないと憤慨する人はボランティアであるPTAに
参加しないほうがいいのである。会費の意味合いもおかしい。
子供たちの学校生活をより良くする為にお金を寄付しているはずなのに
公平性ばかり気にして自分の子の為のお金を出している感覚になっている。
本来は、子供たちの親が会員に入ってようが入ってまいが関係なく子供たちの学校環境の
為に寄付しているはずだ。それなのに、あの子の親は会員に入ってないのに
恩恵を享受しているという差別の垣根になってしまっている。


慣れ合いで理不尽をスルーしてきた結果が今の日本だね。
不法移民、パチンコ、天下り、警察・検察・司法の腐敗。
言い出したら限が無いぐらい問題が噴き出している。
PTAもその中の一つ。



別にボランティアや行事に参加するのが嫌なんじゃなくて

PTAに関わるのが嫌なんだよ。会を維持するために存在してるだけだで
そこに保護者の都合や考えが無いのが不気味で仕方ない。平気で嘘つくし。

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PTAのない学校 『けやき小学校』の事例

世の中には、PTAがない学校がたくさんあります。世界ではPTAがない学校のほうが多いでしょうし、日本でもPTAのない学校は少なくないそうです。なかでも、西東京市にはPTAのない学校がたくさんあるそうです。

「PTAのない学校」で一番有名な「けやき小学校」の事例を見てみましょう。


読売新聞オンラインPTA再考(12) 「作らない」も選択肢 より抜粋

 二つの小学校が統合してできた、けやき小には、2001年の開校以来、PTAがない。開校直後、保護者の話し合いは数回持たれたが、結論は出なかった。学校は、PTAがなくても、子供の安全を守る組織は必要と考えて地区委員会を作り、保護者の要望で学級委員会もできた。

 3月までけやき小校長だった児玉健二さん(60)は、統合前の小学校の教頭時代、嫌々役員を引き受ける保護者を見ており、PTA設置を強く働きかけなかった。その後も、保護者から設置の要望が強く出ることはない。

 保護者の支援が必要な時は担任が学級便りなどで呼びかける。月1回の全授業公開で保護者同士の交流もある。「PTAがなくても学校運営に支障はない。保護者に何度も足を運ばせる手間をかけなくてよかった」と児玉さん。
(中略)
 PTAがない学校は全国的に少なくない。PTAに何を求めるのか。組織の根本が問われている。(山田睦子、写真も)

 都道府県組織加入率は93% 日本PTA全国協議会によると、昨年5月1日現在、全国3万2098の公立小中学校のうち、都道府県のPTA協議会に加入しているのは2万9904団体(93.2%)。2200校近くは、都道府県の協議会に未加入か、PTAがないことになる。東京都の加入率が特に低く、1958校中、加入しているのは608校(31.1%)。
(2008年4月2日 読売新聞)




「PTA進化論⑨」より抜粋

PTAが消えて、何か問題はあったのか。特に不都合はありませんでした」と児玉氏。
「保護者に協力をお願いしたいときは担任を通じて呼び掛けるんです。本当に必要なことなら保護者は動いてくれるものですよ」

なるほど、そりゃそうだ。目からうろこが落ちるような回答だった。

学校にとっては問題なくとも、保護者にとってはどうか。まず「役員決めの壮絶なストレスから解放される」のは何はともあれ巨大なメリット。一方で「保護者同士が顔見知りになり、教員との信頼関係を醸成する」PTAの基本が損なわれることはないだろうか。

児玉氏の回答は楽観的なものだった。「PTAはなくても、保護者は自発的にクラスごとの集まりを持っていました。担任と話し合ったり、授業の補助に入ったり・・・。保護者間や教員とのコミュニケーションが悪くなることはなかったですね」

以前、PTAでの信頼関係があったがゆえに、学校での事故をむしろ学びの機会にできた自分の体験を述べた。考えてみれば、あれはPTAである必然性はないのだ。

児玉氏は最後にこう締めくくった。「無理に束ねると教員も保護者も自立できないんです。PTAがないがゆえに、それぞれ立場の違う大人として向き合える、ということもあります」

なんとも含蓄のある言葉。今のままのPTAは「進化」が必要だとますます思うのだ。

PTA必要論 VS PTA不要論

「PTAは、必要です。」「PTAなんて、要らないよね。」どちらのご意見も、多いです。
産経新聞のアンケートによると、どちらの意見も半々というかんじです。人の価値観は多様ですから、いろんな意見があって、いいと思います。
PTAの理念は、全く素晴らしいと感じます。しかし、いまのPTAは、その素晴らしい理念とはかけ離れてしまい、負担ばかりが大きくなっているように感じられるのです。このような事情のある団体ですから、意見が分かれるのも当然です。

それぞれの価値観が尊重されるべきものですが…PTAにおいては「必要」という意見だけがとんでもなく尊重され、「不要」という意見はとことん軽視されています。これはとても「不公平」なのではありませんか?「不要」と思っている人が声に出して言わないせいもありますが、それも『言えないような空気』が、そこにあるからでしょう。また、せっかく声に出して言った場合でも、ヒドイ扱いを受けることが多く、声に出せない状況をさらに強めてしまいます。あまりにも非人間的で、暴力的で、「不公平」ですね。

また、「必要」と思っている人も、ホントにそう思っているのか、はなはだ疑問です。周りに合わせて、そう言っている人が多いのではないでしょうか。「PTAがない学校」というのは日本でも少なくありません。「必要」という人は、PTAのない学校に行っても、自分が一からPTAつくる気ありますか? 本当に「必要」と思うなら、当然そうするでしょう。「必要」というのは、「絶対に要る」という意味なのですから。じっさいは、「必要」と言ってるほとんどの人は、PTAのない学校行っても、全く何もしないのではないでしょうか? つまり、口で言うほど、「必要」ではないのです。本当に必要なら、PTAは世界中全ての学校にあるはずです。それがなくては生きていけないようなものでないと、「必要」と断定し、他人にその価値観を押しつけるような表現は不適当でしょう。特に、権威のある人が「PTAが必要」と言い切ってしまうと、どうしても、「強制・負担増」の面が強く浮き出てしまいます。「PTAが必要」というより、「PTAは大事」くらいの表現にしていただきたいものです。

また、PTA活動の一つ一つでも、時代の流れや個人の価値観によって、必要性(優先順位)が高いものと低いものがあるように思います。どの活動が優先順位が高いか話し合われることもなく、「みんな一緒」「前年度と一緒」だけを、ただただ要求されるのです。このような不公平で閉鎖的な場は、問題が肥大化していきます。どの活動が必要性が高いか話し合ったり、それぞれの価値観において必要性が高い活動を、それぞれが活動していくという方式に変えていくほうが望ましいのではないでしょうか。


【PTAアンケート結果】
産経新聞2009/05/28 より抜粋
【私も言いたい】「PTA改革」 「必要」「プラス」50%台
今回のテーマ「PTA改革」について、26日までに655人(男性433人、女性222人)から回答がありました。「PTAは必要」「子供の教育や親にプラスになる」との回答はともに50%台。「組織改革を行うべきだ」は9割以上に上りました。
 (1)「PTAは必要と思うか」  YES→58%、NO→42%
 (2)「子供の教育や親自身にとってプラスになるか」 YES→52%、NO→48%
 (3)「何らかの組織改革を行うべきか」 YES→95%、NO→5%

このように、「必要」と感じている人でも、「何らかの組織改革を行うべき」と、ほとんどの人が考えているのです。今のPTAは大きな問題を抱えていると感じている人が大多数ということなのでしょうね。川端裕人さんがブログ中で「58パーセントの保護者が参加するPTAをやればいいんですよ! 意義を認めない人を無理に束ねるのは不健全。でも、過半数は確保できているわけだし、それなりの代表性を持って、いい活動ができるんじゃないでしょうか。」とおっしゃってました。その通りだと感じます。


『PTA再活用論』第13回 PTAの全国研究大会をレポートします! より抜粋
コーディネーターの田島氏が、「PTAの役員のなり手が少ないということは、PTA自体を否定されているのかもしれない。PTAはなくてもいいと思われているのではないか」という内容のことを述べて、「おっ、来たな」と思わずぼくは身を乗り出した。けれど、すぐに「パネラーのみなさんには、PTAは必要なんだというお言葉をいただきたい」と続いたために、「逆説的」な問題提起はそのまま流れてしまった感がある。「必要」を前提としてしまったら、問いかけの切れ味が鈍くなってしまう道理だ。

このように、本当に必要かどうかの議論はされません。「必要という言葉をいただきたい。」で終わっています。



【参考リンク】
≫≫ 「必要(NEED)」と「オプション(WANT)」の区別をつけよう

≫≫ PTAのない学校 『けやき小学校』の事例
 PTAがない小学校でも、このように、何の問題もなく運営されているようです。
 こちらの在り方のほうが、よほどPTA理念にかなっているようにみえます。

≫≫ PTAがなくても学校はやっていける

≫ PTA強制入会についての意見きかせてください
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1081869990

個人でがんばっても限度があるからPTAと言う団体で学校に物申す
って意見もあったけど、本当か?
もし、子供がいじめられてますって言う保護者がいたとして、
教師に相談しても解決しなければPTAに相談するか?
で、PTAがイジメをしている子供やその親に何かしてくれるのか?
学級崩壊だって同じ。PTAで学級崩壊を起こしている教師やクラスの子供とその保護者に対し何か行動するのか?
破廉恥教師がいる。子供が嫌な思いをしてる。そのとき、保護者ってPTAを頼るのか?
もし、PTAが団体として解決できるのなら、いじめも学級崩壊もほとんどないはずでしょ?
子供が何かしらの被害者になったとき、親はPTAなんて頼らないと思うけどね
会長の携帯電話、家の電話番号を会員全員に配って、何かトラブルがあったらすぐに連絡してください
PTAとして対処します
なんて話聞いたことが無い



≫ 小学校PTAを脱退(退会)した場合、子供に不利益(被害)はありますか?- Yahoo!知恵袋
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1239723737


シンポジウムでの議論でPTA推進派は
「入学時に共同購入している名札はどうするのか!!」だそうです。
各家庭で買えませんかねぇ・・・何でも共同ですか・・・一緒にトイレへ的な心理でしょうか・・・
≪周知するかしないかで議論≫していますが・・・PTA・・・ダイジョウブデスカ・・・

PTA活動に賛同している方はそれはそれで良いと思います。
ですが入退会自由、PTAのお金の流れを皆が知る権利はあり
自由に入退会出来るのが本来の姿です。

【 PTA 非会員 】で検索すれば非会員の方のHPなど見れましたよ。

PTAのパトロールについてですが役員だろうが役員でなくても関係なく
不審者発見したり問題が有れば警察に通報したりしていますし
治安は日々地域全体で守るべきで、信号機設置等要望なども誰でも出来ます。
PTAは当番制ですから、私は毎日子供を安全な場所まで送っています。
出先ついでに学校周辺を車で周ったりもしています。
PTA以上に治安には目を光らせていますしタバコ吸っている子供を見つけたら
その場で叱り学校に連絡しますがPTAにお世話になる必要性は感じません。
PTAで委員を決め役割分担する時間と費用は無駄です。
買い物、散歩、病院に行く時など、何かあれば目に付くものですのでは。
PTAで見回りしているから安心!では危険だと思います。
見回りに【ずるい!私も○○なのに!みんなしているのよ!】は無いでしょう・・・
出来ない家庭の分もパトロールするつもりでいて欲しいものです。






≫ PTAは必要ですか? 発言小町
  http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2009/0204/223596.htm?o=0&p=1
 「PTAは必要ですか?」について、
 ものすごく、たくさんの意見がよせられてます。
 平行線・堂々巡りの部分も多いですが。

「PTA役員・委員はやってみると楽しかった」は本当か?


●●「やってみると意外と楽しい。有意義で良かった。」

*これを言う役員・委員経験者はとっても多いのですが、本当に「楽しい」のなら、なぜ、次の年も続けて役員・委員をやる人がほとんどいないのでしょうか?

○「本当は楽しくなかった」
○「楽しいけど、負担感がそれ以上に大きい」
○「自分のやってきたことを否定したくないので、ポジティブに考えて、『楽しい』『勉強になった』と言ってみる。でも、もう二度とはゴメン」

のいずれかではないかと、不安になってしまうのです。

役員のなり手を多くしたいなら、
▽「具体的にどう楽しく、有意義だったのか」をアピールする。
▽「楽しく有意義なのに続けてやる人がほとんどいない理由」をわかりやすく説明し、会員の不安をぬぐう。

を期待します。

*「やってみても、しんどいだけだった。PTAが矛盾だらけの組織だということがよくわかった。」という意見の役員・委員経験者も多い。ただし、役員選考の場などでは、絶対にこのような意見は出てこない。これを言うと、次の役員候補が出てきにくくなるからです。

*役員になると、平均月30時間以上の労働奉仕が要求されます。さらにP連の役員にまで「くじ引き」であたってしまうと、さらなる長時間の労働奉仕が要求されます。
このようなことも、前もって知らせないと、フェアとは言えないと考えます。
役員を実際に体験して感じたメリット・デメリットは数多いでしょう。

役員のメリットもデメリットも、できる限り、前もって伝えることが誠実な態度と考えます。

PTA的寓話 『パティシエ・ナイン』

ちょっと思いついたお話です。フィクションです。

【登場人物】
パティシエママチーム(お菓子づくり大好き!) AさんBさんCさん
世話焼きママチーム(お菓子づくり普通)    DさんEさんFさん
人それぞれママチーム(お菓子づくり苦手・嫌い) GさんHさんIさん

(はじまりはじまり)
【第一章】
あるところに、9人の仲良しママがいました。

9人のママのうちの3人、Aママ、Bママ、Cママは、とーっても、お菓子づくりが大好きでした。この3人のつくるお菓子は、ものすごく美味しいので有名でした。

このパティシエちっくな3人で、9人の仲良しママ仲間とその子供たちに、しばしば手作りお菓子をふるまっていました。

A、B、Cの3人のママは、大好きなお菓子づくりができて幸せ。ママ仲間と子供たちの喜ぶ笑顔をみれて、さらに幸せでした。
他のママたちは、3人のパティシエママにそれはそれは感謝し、何か別の形でお返ししたり、「実費+ちょっとした謝礼」を渡したりしていました。

お互いに、善意と感謝に満ちた、とてもいい子育ての場でした。

「みんながハッピー」でした。

【第二章】

ある日、Dさん、Eさん、Fさんの3人が、こんなことを言い出しました。

「子供のためには、やっぱりお菓子は手作りがいいわよね。私もつくれるようになりたいわ。」
「いつまでも、Aさんたちに、やらせてばかりじゃ悪いもの。」
「お世話になりっぱなしだしね。」

そんなわけで、パティシエママチームのAさんBさんCさんと、「お菓子づくりは好きでもキライでもない」という世話焼きママチームのDさんEさんFさんが、毎週一緒にお菓子づくりをすることになりました。


【第三章】
それだけで済めば良かったのですが、、、、

世話焼きママチームのDさんEさんFさんが、人それぞれママチームのGさんHさんIさんにも参加するよう呼びかけました。

「私たちもやってるのに、あなたたちだけ参加しないなんて、不公平じゃない?」

「AさんBさんCさんだけで、あんなにイッパイのお菓子つくるなんて、大変だと思うわ。」

「あなたたちの子も、お世話になってるのに、参加しないなんて、おかしいでしょ。」

「やっぱり、子供には手作りのお菓子がいいと思うの。お母さんの愛情もたっぷり入ってるしね。」

「子供のこと考えてるなら、当然参加するわよね。」

こんな調子です。

人それぞれママチームのGさんHさんIさんはビックリしましたが、日ごろ、AさんBさんCさんにお世話になっている負い目を感じていたので、おとなしく参加することにしました。
でも、この人それぞれママチームの3人は、じつは、お菓子づくりが大の苦手で、苦痛に感じるほどでした。だから、泣く泣くの参加でした。

特に、Iさんはパートの仕事に行っていて忙しいのに、参加することになりました。


【第四章】
お菓子づくりも大勢になったので、大きな会場を借りることになりました。

『会場の段取り』の係ができました。
お金のやりとりをキチンとするため『会計』係ができました。
思い出を残すために『お菓子新聞』係もできました。
『リーダー』『サブリーダー』もできました。

なんだか、だんだんと【雑務】が増えてきました。


【第五章】

パートで働いているIさんが言いました。
「やっぱり、お仕事が忙しいし、空いてる日は家事とかお出かけとかしたいから、お菓子づくりは辞めたいのだけど…」

世話焼きママチームのFさんが答えました。
「私だって、介護で忙しいのよ! あなたなんて仕事だからお金入っていいじゃないの…。仕事なんて理由にならないわ。あなたのお子さんだって、お菓子づくりを喜んでるじゃないの。」

結局、Iさんは、辞められませんでした。


パティシエママチームのBさんが言いました。
「なんだか、イヤがってる人もいるみたい。もうこのお菓子づくり自体、無くしたほうがいいんじゃないかしら。」

世話焼きママチームのDさんEさんが答えました。
「せっかく、子供が喜んでいるのに。この活動が無くなったら、子供がかわいそう。」
「少々苦労しても、やる価値があることだと思うわ。」

結局、お菓子づくりの活動は続くことになりました。


人それぞれママチームのGさんは、特に仲良しのBさん(パティシエママチーム)に相談しました。

「どうしょう…。わたし、お菓子づくり好きじゃないし、すごく辛い。こんなのだったら、市販のお菓子を、食べたいときに食べたいものを買うほうが、ずっといい。Bさんのお菓子はもちろん大好きだけど、、、こんなふうになるくらいなら、いらない。最近は、近所の人をみても、ママ友達の姿をみても、なんだか怖いの。本を読んだり、ゆっくりしておきたいだけなのに。なんだか最近、イライラしちゃって、子供にもつい、あたってしまうの。でも、こんなこと、あの人たちに言えないし、一体どうしたらいいの…」

「ゴメンね。わたしも、こんなつもりじゃなかったの。良かれと思って、始めたお菓子づくりだったのに。私もお菓子づくりしてすごく楽しかったし、子供たちが喜ぶ姿も嬉しかったし、無理に手伝ってもらう必要なんてなかったのに。まさか、こんなことになるなんて。ほんと、ごめんねぇ…」


Gさんは、だまって、泣いていました。


【第六章】
やがて、人それぞれママチームの、GさんとIさんは、『なにかの事情で』、引っ越していきました。

子供たちは、それぞれ、「お別れしたくないー!」と泣きました。

BさんとHさんは、他のママとなんだかギスギスした関係になりました。

せっかく、皆、仲が良かったのに。

なぜ、こんな悲しい結果になってしまったのでしょう…。


あれ? この状況、
どこかの団体に似ているような気がしますね!


(おわり)

すみません。自分で書いてて、泣きたくなってきました。笑えませんねえー!


【考察】

・ 9人のママたち。皆、悪気があったわけではない。むしろ、それぞれが良かれと思ったことをやっている。

・ それぞれの言い分も、それなりに「理」があるように聞こえる。

・ それなのに、最悪に近い結果になってしまった。


ナゼ??


はじめのうちは、、、

「善意」と「感謝」で動いていた ⇒ みんなハッピー!


そのうち、、、、

「強迫観念」と「罪悪感」に変わった ⇒ みんな、イヤな気分…

パティシエママチームと人それぞれママチームの意見は、全く通ってません。
世話焼きママチームの3人の意見だけ、全部通っているようですが、結局、彼女たちにとってもイヤ~な結末になってしまいました。


「脅迫観念」「罪悪感」で動くと、ろくなことにならないのでしょう。

やはり、「善意」で動くのがいいですね。
そこに、「必要」や「ヤラナクチャイケナイ」を持ちこむと、良くないのでしょう。

罪悪感ゆえか、「肚を割って話し合う場」が持てなかったのも、痛いです。


● 異なる価値観を認める…「寛容さ」
● 相手の事情をくんであげる優しい気持ち…「思いやり」「誠実さ」
● 率直に話す心、率直に受けとめる心…「素直」

これらの要素が、大事だということでしょうね。



【教訓】

★ 見せかけの『公平さ』を求めると、かえって不幸を呼ぶ。
  それぞれの個性と事情を活かした活動をすることが、真の平等。

★ 自分がイイと思うことでも、他人に押しつけるのは非常に迷惑。
  人それぞれ、価値観・好み・事情が違うことを理解しよう。

★ 「イヤ」なことはハッキリ「イヤ」と言おう。
  「イヤ」と言われたら、素直に聞こう。
  思いやりと誠実さでもって、対応しよう。


★ 「イイコト」と思ってやろうと、
  「子供のため」と思ってやろうと、
  他人に無理やり押しつけたら、
  結局、「善行」にも「子供のため」にもならないぞ!!



# なんだか、上から目線の結論でゴメンナサイ(汗)。


「地獄への道は、善意で敷き詰められている」
カール・マルクス


PTAが会員を「ダマす」ということ

ちょっと今回は辛口です。ゴメンナサイ(汗)。でも、PTAの闇の部分を知るのも大事だと思うので、書きます。


多くの単位PTAは、

「入退会自由であること」をわざと隠し、さも「入るのがアタリマエ」という雰囲気をかもしだし、実質、強制的に全員入会させて、会費と労力を吸い上げています。


(すべての単位PTAがこうというわけではありません。
 きちんと「入退会自由」を明示されている単位PTAも1~2割ほどはあるようです。)



これは、「ダマす」という表現がピッタリではないでしょうか?





「ウソを言ってるわけではない。隠していて、相手が勝手に勘違いしただけだ。ダマしたことにはならない。」

なんて、おっしゃる方もいるかもしれません。



それについて、わかりやすい例をあげます。


「消防署の方から来ました。消火器をとりかえてください。」
といって、消防署の方面から来ただけの人間が、消火器を売りつけました。
ウソはいってません。これは、ダマしてないでしょうか?



「オレオレ詐欺」が一時期、流行語になりました。

「オレだよ、オレ。じつは、ドジふんじゃって…ヤバイんだ。早く、金をふりこまないと、大変なことになるんだ。今からいう口座に、100万円ふりこんでくれ。頼む。」などという電話があり、実際に多額のお金を振り込んだ人が続出しました。

これも、ウソをついたわけではありません。真実をわざと隠し、さも息子のような雰囲気をかもしだし、相手が勝手に勘違いしただけです。そして、お金を吸い上げたのです。
これは、「ダマす」とか「詐欺」とか呼ばないのでしょうか?

PTAのやってることと、どこに違いがあるのか、教えてほしいものです。むしろ、PTAの方が、手が込んでて、組織ぐるみで、悪質だと思ってしまうくらいです。



さらに、、、役員・委員決めのときに、

「免除」という言葉を、PTAはよく使います。


○ 3最以下の子供を持つ人は、役員・委員から免除
○ 自分・家族が重度の病気にある人は、役員・委員から免除
○ 一回、役員をした人は、免除。

このような文面を目にした人は多いのではないでしょうか。

また、
○ 児童一人につき、役員・委員を一回するのがノルマ(義務)。

などの表現も、めだちます。


しっかり、「免除」「義務」「ノルマ」などという言葉を、使っているわけです!

このような言葉、「任意加入」のボランティア団体では、使うはずのない言葉です!!

このような言葉を使う時点で、「強制加入」だという錯覚を起こさせるには、十分すぎる条件です。



つぎに、
PTA規約に書いてあることを見てみましょう。

たいていの場合、
「本PTAの会員は、○○学校の保護者および教員とする。」

というような感じで、書いてあります。


「本PTAの会員になることができる者は、、○○学校の保護者および教員とする。」
という表現ではありません!!

「本PTAの会員は、○○学校の保護者および教員とする。」
という表現なら、誰だって、○○学校の保護者と教員は全員、PTAに入らなくてはいけないと思うでしょう。



さらに、

決定的な事例をあげます。


「入退会自由と周知なんかしたら、
 誰もPTA入らなくなってしまう。
 それは困る。
 だから、周知には絶対反対。」


という役員さんや会員さんの、なんと多いことか!

わたし自身、直接よく耳にしますし、
ネット上でもよく目にする言い分です。

この言い分がよくあることは、
朝日新聞にも、のったくらいです。



でも、、、、、

これって、、、、、、、


よく考えると、



ダマしている(無知につけこんでいる)自覚が、
あるってことですよね!!



だって、
「入退会自由って言ったら、
ほとんど誰も入会しなくなるから、イヤ」
って、言ってるんだもの。




自分でダマしているということを、
実は、よく理解なさっているということなのだと思います。





「任意加入」ということを伝えず、「免除」「義務」「ノルマ」などの言葉を使い、規約すら見せることがないまま、入会の意思を問うこともないまま、役員・委員決めに突入する。


しかも、学校の時間枠内で、ほぼ逃げ場なく行われる。



これで、、、「PTAが任意加入」だと思える人が、どれだけいるのですか!?




実際に、保護者に聞いてみたら、「任意加入」だと認識している人は、ほとんどいません。
ほぼ全員、「強制」と認識しています。(事前に予備知識がある人は別。)

ウソだとおもうなら、聞いてみてはいかがですか?







これでも、「ダマす」という言葉が不適切だといいきれるのでしょうか!?




さてさて。

PTAの総本山というべき、社団法人日本PTA全国協議会(略称日P)は、なんと赤坂に本部ビルが建ってます。

赤坂にビルが建つって、ほんと、ものすごいことなんですよ!

純資産も、数億円あるそうです。
よっぽど、儲かっているのでしょうね。


しかも、です。
学校単位PTAでは決算会計報告はアタリマエに公開してますが、


日Pでは決算会計報告が非公開になっているようです!!

よっぽど、やましいことがあるような気がします。そうでなければ、非公開の理由がないですから。

【参考ページ】

≫≫ (社)日本PTA全国協議会 正味財産約4億円! - No! PTAどっとこむ

≫≫ 社団法人日本PTA全国協議会は不要! - No! PTAどっとこむ



日Pは、全国PTA会員の会費から、収入を得ています。会員が少なくなれば、それだけ日Pの収入も減ります。赤坂に本部ビルが建ち、純資産が数億円なんていう儲かり具合なら、P連が「PTAは入退会自由」を認めているけれども明示するのことになぜ躊躇するのかも、なんとなく予想がつきます。



私の実体験ですが、「「PTA実は入退会自由」という朝日新聞の記事」のコピーを、P連の方に渡したところ、

「こういう記事がでるから、困っちゃうのよね。」

とおっしゃってました。





なんだか、「オレオレ詐欺」が可愛く思えてきましたね…(汗)。


単位PTAの役員さんは、一生懸命やっている方も多いです。
ですが、その一生懸命さが、こういう背景の下支えをしてしまっているのですね。


PTAには、言い出せないだけで、PTA活動や役員に対して、すごく腹立たしく思っている人もいます。そういう隠れた恨みや不満を買ってまで、一生懸命、役員をやる価値があるように思えないのです。ましてや、人をダマすということをしてまで、つまり自分の手を汚してまで、やるようなことではないと思います。

よっぽどPTA活動が好きで、やりたくて役員さんをやってるような人じゃないかぎり、本当に、割にあわないと思いますよ。

やっぱり、役員さんのためにも、会員さんや不満に思っている人や子供たち、関わる全ての人のために、ぜーんぶ、一回、ウミは表に出すのがいいのではないでしょうか。入退会自由のことはもちろん、いろいろなことをね。それで、スッキリしたいものですね。




【 参考記事 】

≫ PTAがなぜ任意団体といいたがらないのか - 草履で歩きながら考える
  http://blog.goo.ne.jp/yamyam00/e/5c362678e179bfb787ca701eb0024ea1


≫ ・社団法人日本PTA全国協議会役員報酬規定|柳下玲優 日記
  http://ameblo.jp/wasabiabo/entry-10452669422.html

日Pの役員の報酬は、月額50万円だそうです。




○ PTAの違法性について4
  http://logsoku.com/thread/toro.2ch.net/baby/1326842052/
PTAは長年、保護者を騙してきたといえる。

強制加入だと嘘をついて入会させ会費を搾取。
それを追求すると今度は入退会の概念が無いとまた嘘をつく。
保護者を会員と称し会費も取っているのに入退会の
概念がないというのはまずありえない。明らかにおかしい組織だ。
こんな組織が子供の為に学校のためにと言っても説得力がない。
結局頑張っているのは、騙されて入会した下っ端会員の保護者である。
みなさんもどんどん問題提起して、平行線で終わるようだったら
退会の意思を示し、距離を置くこと。何もPTAに入ってないからと言って
ボランティアに参加出来ないわけじゃない。自分なりのやり方で
学校行事に参加出来る。何だったら小規模な父母会を立ち上げればいい。
兎に角、汚いやり方で保護者を騙す組織とは関わらない事だ。


選択肢を与えないということ

ひきつづき辛口シリーズです。今回で終わりとは思いますが…スミマセン。



現在、日本のPTAのほとんどが、

「入退会自由を隠蔽」&「圧力・脅し・悪口」

という手段で、保護者に「非加入」という選択肢を与えていません。つまり、PTA側が、保護者の選択肢を奪っているということです。



選択肢を奪うとは、どういうことなのでしょうか。



「あなたには、選択する権利はないわ。あなたが勝手に判断すると、大変なことになりそうだもの。都合が悪いの。私たちが決めたほうが、すべてうまくいく。だから、わたしたちが決めることに、おとなしく従いなさい。」

と、言っているも同然なのです。


もっとわかりやすく表現するならば、


「あなたは、選択肢を与えるまでもないような格下の存在。私たちの都合が優先。」

と、言ってるも同然ということです。


本人は「違う。そんなつもりはない。ただ、慣例にしたがっているだけ。」と、当然いうでしょうが、されている側からすると、そのような横暴さを感じます。
「いじめ」も、されている側からすると、大問題ですが、している方は「ちょっとからかっているだけ」という認識が多いらしいですね。そのようなものかもしれません。


本人に自覚があるかどうかはともかく、相手を格下の存在としてあつかい、自分たちの都合を優先しているのには、変わりありません。





これが、「善意」からの発言なら、まだいいのです。

★ 保護者が、5歳の子供に、見る番組を制限する。
★ 気が弱い末期がん患者に、ガン告知をせず、隠す。

このような例は、選択肢を与えないといっても、「善意」からと推測できます。対象人物が判断能力と責任能力に乏しいと考えられますし、強制した結果責任は、選択を制限した当人がとることになります。選択肢を与えない正当な理由があるように感じます。


しかし、PTAの場合はどうでしょうか。
保護者は、子育てをしている立派な成人です。
責任能力のなさそうな5歳の子供でも、気が弱い末期がん患者でもありません。十分に、判断能力と責任能力を兼ね備えていると考えていいでしょう。


また、選択権利を奪い強制したからには、強制した人物が「結果責任」をとるのがアタリマエです。権利と責任は表裏一体だからです。
正確で、公正な情報を与えられなければ、当人が正しい状況判断や適切な体調管理ができず、自分では責任をとることができません。したがって、強制した人物が、「結果責任」をとるのです。

しかし、なぜか、強制した側、つまりPTA本部役員さんその他は、会員が体調を崩そうと、苦情を訴えようと、無視します。
「役員の仕事を楽しく思えないのは、本人の考え方でしょう。」
「体調を崩した? なにか別の原因があるんじゃないの?」
そのように言います。

一切、責任をとろうとしません。権利を奪ったからには、責任が発生しているのに、あまりにも「無責任」です。「思いやり」も感じられません。


強制したからには、責任をとるべきは、PTA側であるはずなのに!!




これらのことから、PTA側は、「善意」から選択肢を隠蔽したわけではないことが、うかがえます。



そして、保護者のことを、とてもバカにしているように感じます。

なぜなら、保護者のことを、対等の人間として、扱っていないからです。



すくなくとも、PTAが推進しようと謳っている「自主精神・人権・民主主義」とは正反対の行為です。



前述したように、選択肢を与えないということは、


「あなたには、選択する権利はないわ。あなたが勝手に判断すると、大変なことになりそうだもの。都合が悪いの。私たちが決めたほうが、すべてうまくいく。だから、わたしたちが決めることに、おとなしく従いなさい。」

「あなたは、選択肢を与えるまでもない格下の存在。私たちの都合が優先。」


と、言っているも同然です。




対等の人間ではない、まるで家畜かなにかのような扱いであると感じてなりません。あまりにも、非人間的で暴力的なものを感じるのです。






そのように、相手の人間性を封殺するような行為は、「会員のお金と労力だけが目当て」と感じさせるのです。



PTAが入退会自由を明示したがらない主な理由として、、、

● PTAが衰退すると困る
● サボろうとする人がでるのはズルイ

この二つがよく挙げられます。
この二つの理由も、「会員のお金と労力だけが目当て」という推測を裏づけているように感じます。


本当に善意で「子供のため」「会員のため」と思っているなら、このような発言が出るものでしょうか?




たとえば、新聞を購読することは、じっしつ、負担は微々たるものです。しかし、契約書も説明もなく、勝手に、新聞が契約されていたら、すごくイヤな気分にならないでしょうか。やはり、「一人前の人間として扱ってもらえていない。バカにされている」というように感じるでしょう。相手はこちらを格下扱いし、自分の都合のため利用しているのです。しかも、おそらく、勝手に契約した理由は、「お金が目当て」なのです。ほかに理由が考えられません。


新聞は、誰だって任意加入ということを知っているから、まだマシです。

PTAの場合は、任意加入の段階から、隠そうとしてます。



ともかく、次の公式が成り立ちます。


「選択肢を与えない」

 = 「相手を対等の人間としてみなしていない」

 = 「相手を格下扱い。自分の都合が優先。」





もしかすると、


「お金と労力だけが目当て。」

ということにさえ、なるかもしれません。



カモ。 都合のいい道具。


そのように、思われているかもしれません。
PTAの、会員に対する扱いを見ていると、そのように感じるのです。



「圧力・脅し・悪口」という手段も併用しているあたり、説得力がありますね。


役員決めのときや退会申し出のときなど、役員さんはよく、高圧的な言葉を投げつけます。


「仕事や介護は理由になりません! みんなやってらっしゃいます!」
「病気? それも、本当かどうかわかりませんよね。」
「お子さんのこと、考えてらっしゃらないのでは?」
「図書室の本、使わないでくださいね。」
「そんなこと言ってるの、あなた一人だけですよ。
 ほかの皆さんは、全員、がんばろうとしてます。子供のためにね。」
「あなたのお子さんに不利益が生じますが、それでも辞めますか?」
とかね。

脅しだと思います。それでも言うこと聞かないと、陰で悪口パーティーらしいです。
とても、非人間的で暴力的です。



対等と思っている人間にたいして、こんなこと、言えるでしょうか?

考えれば、すぐ、わかることです。

相手を、完全に格下扱い・カモあつかいしているようにみえます。



子供がご縁の保護者同士だというのに、、、、

こんな悲しいことが、あるでしょうか!!





このようなこと、会員のためにも、子供のためにもなりません。

「選択肢を奪う」ということを、本当に、やめていただきたいのです。見ているだけで、胸が痛いのです。



役員さんだって、個人的に、ものすごい恨みを買うことになりかねません。
がんばって役員をやってるのに、そんなのは、損だと思いませんか?

(ネット時代で、PTAが実は入退会自由であることも、PTAのいろんな実態もバレてきています。年々、恨みを買う率が高くなっているといえます。)



子供たちのために教育を考える団体を自負するのならば、

「入退会の自由」や、ほかの隠蔽している数々のことを表に出してください。



そして、人に優しい、誠実な団体になってほしいのです。
よろしくお願いいたします。



強制のあるところにボランティアの花は咲かない

川端裕人さんの言葉だそうです。

「必要(NEED)」と「オプション(WANT)」の区別をつけよう

人によって、学校に求める活動レベルは様々です。

「必要最低限・本体(NEED)」と「ある方がいい・オプション(WANT)」に、明確に分けて考えることが大事です。

レベル0 必要最低限・本体(NEED) 
●しっかりとした授業(学校)
●休み時間に子供達が仲良く遊べる(学校)
●年1-2回の遠足(学校)
●「保護者懇談会(任意参加)」が年に数回。(学校)
●運動会やその他の行事は、特に必要はなし。(学校)
 やるにしても、最低限でいい。
 運動会なら、午前中で終わるくらいの規模でいい。
●防犯・安全管理活動も個々でできる範囲でいい。(個々)


レベル1 ある方がいい・オプション(WANT)
●より踏み込んだクラス懇談会
●防犯活動
●学校のお手伝い
(学校が時々にボランティア募集すればいい)
PTAのない学校 『けやき小学校』は、このレベル


レベル2 あると嬉しい・オプション(WANT)
●広報(PTA)
●夏祭り(PTA)
●お楽しみ会(PTA)
●運動会のPTA競技(PTA)
●給食試食会(PTA)
●勉強会(PTA)
●ベルマーク(PTA)
●保護者同士の親睦会・飲み会(PTA)
●その他いろいろ(PTA)


いかがでしょうか?

本当に、最低限必要なのは、レベル0の【本体】だけです。
レベル0の本体だけなら、PTAは要りません。
レベル1でも、PTAは要りません。
PTAのない学校 『けやき小学校』はレベル1ですが、PTAはありません。

レベル2の【オプション】まで要るという人だけ、PTAが要るのです。


産経新聞のアンケートでは、PTAは必要ではないと感じる保護者が42%、PTAが子供にプラスになっていないと感じる保護者が48%でした。
その他、いろいろと見聞きした情報から総合判断すると、、、

保護者の割合は、以下のようになります。

「レベル0だけでいい」… 4割
「レベル1まで要る」…… 3割
「レベル2まで要る」…… 3割

(個人的な予測による数字です。)


「必要(NEED)」なのはレベル0までです。
レベル1、レベル2は、「ほしい(WANT)」「あった方が望ましい」のレベルなのです。「必要(NEED)」ではありません。オプションなのです。

「レベル1まで要る」と考えている方々は、ご自分の考え方・好みにより、「レベル1まで要る」と考えてらっしゃるのです。
「レベル2まで要る」と考えている方も同様です。
本当に必要なのではなく、自分の考え方・好みで、「あった方がいい」と考えてらっしゃるだけです。


レベル1とレベル2は、オプション・好み・趣向・個々の考え方の世界なのです。


ランチで、「梅定食(600円)」でいいと考えている方もいれば、「竹定食(1500円)」がいいと考える人もいるし、「豪華松定食(8000円)」がいいと考える人がいるのと同じことです。


それを、理解していただければ、話は簡単なのです。

「レベル0だけでいい」と考える保護者は、PTA活動をやらなくてもいい。
「レベル1まで要る」と考える保護者は、その分だけPTA活動または工夫した活動をされればいい。
「レベル2まで要る」と考える保護者は、めいっぱい、PTA活動されればいい。

それだけのシンプルな話です。

「梅」でいいと考える人は、「梅定食」を食べればいいのです。
「竹」がいいと考える人は、もうちょっとお金を出して「竹定食」を食べればいいのです。
「松」がどうしても食べたい人は、ふんぱつして、「豪華松定食」を食べればいいでしょう。


それなのに、、、、、

問題が起こるのは、、、、


全員に、「レベル2」を強制しているからなのです。


せめて、「レベル1」までの強制なら、まだ、ラクなのに・・・。
PTAのない学校 『けやき小学校』は、とても、ラクそうです。



「梅(600円)」でいいと考えている人に対しても、無理やり、すっごく高い「松」定食(8000円)を強制したら、問題があるでしょう。
その分のお金を強制する人が出すのならいいですが、本人に「出せ」というのは、おかしな話です。

それと同じことです。

「レベル2まで要る」と考えている人は、自分の考えで「レベル2まで要る」というのではなく、「全員、レベル2まで絶対必要」と主張するから、軋轢ができるのです。

なぜか、「レベル1まで要る」と考える人は、「全員がレベル1まで要る。絶対必要と考えるべき」だと言います。

なぜか、「レベル2まで要る」と考える人は、「全員がレベル2まで要る。絶対必要と考えるべき」だと言います。

おかしな話です。

「必要」と言い張り、自分たちの趣向の世界、「オプション」の世界だということを、認めないのです。なんというか、「心が狭い(非寛容)」ように感じます。



「必要(NEED)」と「ほしい・オプション(WANT)」の区別を、つけてほしいのです。

それぞれが、「要る」と思うレベルがあることを、認識してほしいのです。そして、その認識レベルを。お互いに尊重すればいい話だと思います。



「PTAのサービス対象は、学校の全児童なんでしょ!?
 レベル2まで望む人は少数。
 少人数で、そんなに大変なこと、こども全員にできるわけないでしょう!! 大変すぎる!
 そもそも、やらない人は、ずるいじゃない!!」

という声が出てきそうです。

PTAは善意のボランティア団体ですので、適度に、スリム化して、やりたい人がやれるだけ、やればいいのです。無理する必要はありません。

どうしても、自分の子が、レベル2までのサービスをうけたいし、負担を大きくしたくないのなら、PTA以外でやればいいのです。
「こども会」などの形で、仲のいい価値観のあう人だけで、レベル2までの活動をすればいいのです。そうすれば、会員の子供だけに、恩恵を与えることができますので、負担も大きくはないはずです。不公平感もなくなります。
レベル2の活動がイヤな人に対して、負担を強制しなくてすみます。隠れた恨みを買わなくてすみます。
万事、解決です。
それすらイヤとおっしゃるなら、その程度の情熱だったということか、もしくは、やはり他人のお金と労力が目当てだということになります。



それぞれが、それぞれの価値観を認める。尊重しあうことが大事です。

ギスギスした場や、陰口の場が、こどもにいい影響を与えるとは、とうてい、思えませんので、、、。
心を広くして、ゆる~くいけば、いいんじゃないでしょうか。


岩竹美加子さん「国家の装置としてのPTA」 より

「私が学校に望んでいるのは、『安心して静かに学べる場』です。それすら危ぶまれているのに、町会とのつきあいのもちつきなどなくてもけっこうです。町ぐるみ運動会、バスハイクも歩こう会もラジオ体操も講演会もいりません。しっかりとした授業があり年1-2回の遠足があり、休み時間に子供達が仲良く遊べればいいのではないでしょうか。なぜそれ以上母親が時間をけずってPTAの仕事をしなければならないのかわかりません」。


【参考ページ】
≫≫ PTAのない学校 『けやき小学校』の事例
学校側が、ときどきにボランティア募集をしています。
それで、うまくいっています。


≫≫ PTA必要論 VS PTA不要論

≫≫ PTAがなくても学校はやっていける

≫≫  PTAは必要なもの?(PTAについて深く考えてみた~~)

≫≫ 防犯・安全管理がPTAの大目的になっているようだ (PTAについて深く考えてみた~~)

≫≫ 『PTA再活用論』 不審者対策、どうしてますか?
≫≫ 『PTA再活用論』 防犯PTAはこのままでいいの?



「守るものがないと、人生はラクになります。」

             リヴィング・ウィズ・ジョイ より

■「子供がヒドい目にあう」と思わせてしまっている(信頼の欠如)

やはりPTAの問題で、一番の問題は、
「子供がヒドい目にあう」
と、多くの保護者が恐れていることです。




そして、
PTA側がその状況を放置、
つまり「見てみないふり」をしていたり、


「学校にお世話になっているのだから」

「やってアタリマエ」

「仕事で大変な人もみんなやっている」


という言葉を使うこと、


あるいは高圧的な態度でもって、

その恐れを助長していることです。



「PTAに異を唱えたり、PTAの役を断ったりすると、
 『やってアタリマエのことから
  逃げようとする、とんでもない人間』
 と見なされ、
 ひいては、子供が虐められたり
 仲間はずれにされるのではないか?
 学校の内申も意図的に下げられるのではないか?」



そんなふうに不安がっている人が、
少なくないようです。


つまり、PTA自体や、周りのPTA会員に対して、
信用することができないということでもあります。





「こどもを人質にとられている」


という表現であらわされることが多い現象です。


実生活でもネット上でも、
いろんな人の意見を聞いていますが、
そのようなことを恐れている保護者の方は、少なくないと感じています。


一部の保護者に対してだけかもしれませんが
また、意図的にではないかもしれませんが、

結果として、

PTAは、保護者に、

ものすごく大きな精神的ストレス
与えているようです。

本当に、それは、わかっていただきたい!!



じっさい、川端裕人さんによりますと、
PTAで心身を病んでいる人は多いそうです。


 3番目のメリットは、PTA社会をまったく体験したことのない人にとっては、笑い話かもしれない。でも、実際にPTA活動で心身を病み、通院するような人はいくらでもいる。この連載への投書にもあったけれど、ぼくの身の回りでも起こっている。本当に笑えない話なのだ。都下のあるPTA会長はこういった問題を公にした時、「人権問題」という言葉を使った。


「PTA再活用論」より抜粋。


2chやYahoo知恵袋などの意見を見ていても、
そのことで悩んでいる方は多いです。
本当に、心身を病んで通院している方もいらっしゃいます。
なかには、病気を隠してPTAをがんばったため、お亡くなりになったという話も聞きます。




≫ リヴァイアさん、日々のわざ: PTAは、会員ががんで闘病中でもそれを「検出」できない。そして、役は公平に与えられる
  http://ttchopper.blog.ocn.ne.jp/leviathan/2011/04/post_640a.html


≫ PTAよ成仏してくれ!|まるおの雑記帳
  http://ameblo.jp/maruo-jp/entry-10170545789.html
 奥様がPTAのために不登校になってしまわれたとのこと。


≫ PTAは、社会参加の第一歩、かもしれないけれど - 草履で歩きながら考える
  http://blog.goo.ne.jp/yamyam00/e/b5360b3c7ddd189ed4cbcce5ac30211b
 「病気を隠してPTA活動を続け、亡くなってしまった方がいる」とのこと。





じっさい、
4月の役決めの様子などを見ていても、そのようなことを感じています。



PTAの役決めのとき、
・ほとんどの人が沈黙しつづける
(時には何時間にも及ぶ)
・沈黙に耐え切れなかった人が挙手する
・押し付け合い合戦に発展する
・最終的にはクジ引きになってしまう

などから、
みんな、本当に役に当たりたくないということが、わかります。

事情を聞くだけで、本当に切実な状況の人もいます。

シングルマザーで大変なことや
仕事・介護が忙しいことは免除の理由にならないPTAが多く、本当に理不尽な状況です。

子育て世代など、いちばん時間的経済的に余裕のない、大変な時期であることは、わかりきってる話ではないですか? みんな、大変なのです!!

それでも、みんな、唯々諾々と従っているのは、かなり強烈な圧力が働いているからにほかなりません。それ以外には考えにくいでしょう。

(皆が、本当に「学校にお世話になってるから」と感じてPTAに所属しているなら、ほとんどの人が率先して役をしたり、改善案を出したりするはずだとは思いませんか?)




その「なにか強烈な圧力」の一つが、


「こどもがひどい目にあわせられるかも」



という恐怖だと感じています。


(あと一つが、同調圧力。)



「自分だけではなく、
 子供がヒドイ目にあうかもしれない。」


「自分だけではなく、
 子供がヒドイ目にあうかもしれない。」

そのような可能性が少しでもあることは、
親であるなら、誰でも、ひどく恐れることです





ですから、

いくら仕事が忙しかろうと、
休めるような状況でなかろうと、
介護などで精神がボロボロでも、
理不尽なくらい大変な役を押し付けられても、

PTAの役を断ったり、
脱退希望したり、
異議を唱えたりできないような
状況システムが形成されてしまっているのです。


結果的にかもしれませんが、

PTAは、
その弱みにつけこんでいるような状況になっています。




病気であることを隠してでも、
役を引き受けるような人がいるのは、
そのためだと考えられます。
(一般の健全なボランティアで、
 病気であることを隠してまで参加する人は
 いないでしょう。)


じっさいに、このあいだ、
わたしのところにも、昨年PTA役員をやってらっしゃったという方から、お電話がありました。

「PTA会員各位と書いていようが、
 学校にお世話になっているのだから、
 非会員でも絶対に、
 PTAアンケートを提出する義務がある。」


「PTAクラス委員はPTA管轄下とか、
 そういう問題ではない。
 学校にお世話になっているのだから、
 PTA非会員であろうと関係ない。
 だから、クジにあたった場合、
 免除に該当しない場合、
 絶対にやっていただくことになる。
 クジになった場合、
 当然、クジに組み込ませていただく。」


などということを、かなり高圧的な口調でまくしたてられ、わたしがまだ話している最中にガチャンと電話を切られました。


このような方が、少数でもいらっしゃれば、相当な圧力・脅しを感じてしまうのではないでしょうか。
このような状況では、PTA活動に過度のストレスを感じ、それでも辞められない方がいて、当然でしょう。

すごく精神的ダメージを感じる方は、多いと思いますよ。

あと、PTAや学校、そして、こういうことをいってきた相手の方に対して、信頼できなくなります。





「学校にお世話になっているのだから」
「大変な人でも、みんな参加してるのだから」


いう言葉が、なにげなく、よく使われます。



この言葉を使われて、断れる人なんて、ほとんどいないでしょう。



「入ってアタリマエ。入らない人間はズルイ人間と思われてしまう。」
「参加活動しないと、子供がひどい目にあう。」

と思わせる空気が強く存在しているのです。





PTA役員さんも色んな人がいますから、
その状況をご存知の方もいらっしゃるでしょうし、
知らない人もいるでしょう。


どちらにしても、

「見てみないフリ」
「放置」

という対応になってしまっています。


それらの圧力を助長するような役員さんも、
少数ながらいらっしゃるようです。
そのような役員さんが少数でもいらっしゃると、
ますます、
自分の意見など言えない状況ですね。


そのようなつもりがなかったとしても、

実質、言論弾圧になってしまっているのです。

「脅しを是認しているやり方」となってしまっています。

多忙などでPTA活動が辛い人に対して、非寛容。

そのようなやり方は、
とても歪んでいると思うし、不誠実でしょう。



「人の弱みにつけこむような在り方」



こどもの幸福を考える団体として、
教育に関わるボランティア団体として、
正反対ともいえる姿勢ではありませんか?


信頼関係を、根底から崩していることにもなっているでしょう。

(信頼関係が無いから、異議も唱えられないし、脱退もできないのでしょう。かなり末期的な状況です。)



いまのPTAは、


善意・自主性・信頼と協力・誠実さ・多様性の尊重といった、本来の在り方でなりたっていません。


結果的にかもしれませんが、、、

タテマエ・同調圧力・脅し・恐れ・不信・非寛容・排他性・犠牲・自責、他責・不安感といったもので成り立ってしまっています。本当に悲しい在り方になってしまっています。


ここまで、悲しく、歪んだあり方になってしまっている団体を、身近で、ほかに見たことがあるでしょうか?

ほんとうに、心が痛みます。

悲しいです。




だからこそ、

「入退会自由の明言化」

が、とてもとても大事だとおもうのです。


「入退会自由」が明言化されていれば、

それは、


「辞めても大丈夫」ということを、
公認し、
お墨付きを与えることになるからです。

これは、安心感・信頼の上で、
非常に大きなことなのです。


(それだけでは、十分とは言い切れない場合も
 多いのではありますが。)

PTAで過度のストレスを感じている人、
本当に辛い思いをしている人に、
『逃げ道』が与えられるのです。



それでも、


「入退会自由と明言したくない」
というPTAは、
よほど、会員に対する信頼、自らの在り方への信頼が無いのでしょう。

「入退会自由を明言したら、会員が激減するから、できない」
という理由を、よく聞きます。

それは、
「PTAの在り方が本当は支持されていない」
と思ってらっしゃるということです。
自らの在り方に、自信がないんでしょう。

あと、
PTA会員に対する信頼も無いということなのでしょう。



「異議を唱えたり、役を嫌がったら、
 こどもがヒドイ目に合わされるかもしれない」

というPTA会員の心情も、
まわりのPTA会員への信頼感の欠如の表れでしょう。

(信頼があれば、このような心配はしないはず)



つまり、、



いまのPTAには、

不信(信頼の欠如)が蔓延してるのではないでしょうか。



もっと正確にいうならば、



PTAの構造そのものが、
保護者間の不信を増幅するようになっているようにみえます。






信頼の欠如。



本当に、悲しいことです。


信頼は、教育の現場にとって、
一番大事なものともいえるのに。



歪んだあり方で、問題放置を続けるほうが、
簡単かもしれません。
しかし、それでは、PTA本来の目的を忘れています。




信頼度、寛容さ、弱い立場・異なる意見の人への尊重度合いが試されているといっていいでしょう。


そのPTAの度量の大きさが、試されています。


どのくらい、
PTAが、自らのあり方と、会員に対して、
信頼を持っているかが、試されているということです。




信頼のないところ、教育は成り立たない。



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