PTAのホントのところ

PTAで調べたこと。PTAの基礎知識と問題点。入退会自由なのか?。非会員の子は行事参加できないのか?など
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≫ PTAのホントのところ メニュー
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【 人気記事・おすすめ記事 一覧 】


→ PTAのない学校 『けやき小学校』の事例

→ 意外と知らないPTAの基礎知識

→ いまのPTAの問題点

→ PTA必要論 VS PTA不要論

→ 「必要(NEED)」と「オプション(WANT)」の区別をつけよう
 「必要」のラインは、人によって、大きく違うということ


○ PTAがなくても学校はやっていける(まるおさんのブログ)


○ 任意加入問題:教育の窓・ある退職校長の想い
 元校長先生のtoshi先生の記事。元校長先生だけに、説得力が違います。


★ 学校・PTAに子供がお世話になっているのだから、加入するのはアタリマエでは?


→ PTA活動 直接還元と間接還元
 PTA活動で「もの」を配るとき、非会員の子に配る配らないで悩んでるPTA向きの話

→ PTAに入ってない人の子は、PTA行事に参加できないのでは?
≫ PTA非会員はタダで恩恵うけるなんてズルイ?タダ乗り?

≫  ■「子供がヒドい目にあう」と思わせてしまっている
 よくいわれる「子供が人質にとられている」ということ。PTAと保護者同士の信頼欠如のこと。

→ PTAがないと学校がまわらないのでは?

→ 入退会自由の周知徹底のメリット


→ PTA的寓話 『パティシエ・ナイン』


★ PTA退会、役員辞退の方法

★★★ PTA退会についての記事リンク集
 実際に退会された人の体験談がたくさん。



≫ ・当たり障りのない質問で確かめる|柳下玲優 日記
  http://ameblo.jp/wasabiabo/entry-10348721232.html
 「退会します」というのが怖い人、まずは当たりさわりのない質問で様子をみましょう!
 非常にいい手法が紹介されてます。



→ とどくとおもう Ⅱ :「PTA入退会自由」と報じた朝日新聞記事

→ PTA有名サイト リンク集

→ PTA共感サイト リンク集


→ PTA体験談 リンク集
 みなさん、すさまじい恐怖体験をされてますね。(もちろん、いい体験をされている人もいますが)
 ネットの世界では、本音が出るせいか、PTAに対して否定的な意見が圧倒的に多いです。
 「Yahoo!知恵袋」のお気に入り記事集が、特にオススメ。



PTAの在り方について:燃える亀岡市民(市議)井上耕作

 PTA会長・P連会長を務められた井上耕作さんの記事。PTA会報にも載せたところがすごい。


→ PTA動画・おもしろ記事リンク集
 

≫≫ 素晴らしいPTAと修羅場らしいPTA-Think! PTA!
PTA関連の情報がほんと充実してます。
リンク集、署名活動、体験談集、掲示板など。

○ Think! PTA! Open BBS
  オープン掲示板

○ 素晴らしいPTAハンドブック・規約など
 PTAが任意加入の団体であることを周知していくことに積極的な自治体が、多く出てきています。

○ 今までに御署名くださった方々
PTAを任意加入だと周知することの署名してくださった方々のご意見。ものすごく参考になります。


★★ 文科省社会教育課「任意加入の団体であることが優良PTAの大前提です」(まるおさんのブログ)

★ PTAよ成仏してくれ!(まるおさんのブログ)
 「成仏してくれ!」は「仏のように寛大な存在になってほしい」という意味だと思われます。


★★  PTAは、会員ががんで闘病中でもそれを「検出」できない。そして、役は公平に与えられる
 病気を隠し、PTA活動をしていた方が亡くなった。しかも身近で二人も。(川端裕人さんのブログ)

○ 文科省の担当者がチカラになる
○ 頼もしい正義の味方!文科省!!

 文部科学省は、PTAの実態をよくご存知のようです。
 問題があったら文部科学省や警察に行くのがベター。
 あるいは、役所の人権を担当する課へ相談に行きましょう。

≫≫ PTAについて深く考えてみた~~
 昔、わたしが書いていたブログです。 このブログとはまた違ったテイストです。



PTA自由化の概念イラストです。(クリックで拡大)
豪華客船PTA号

PTA自由化QRつき

社会状況が変わりました。共働き家庭が多くなり、PTA役員のなり手が少なくなりました。ネットの普及でPTAが入退会自由と知る人が多くなってきています。このような情勢変化にともない、「PTAが実は入退会自由であることを告知し、入会届けをちゃんと出していただいた上でPTA会員となるという準備が整ってきたのではないか?」と思いました。

PTAは、「こどもの健全な教育」を考えていく団体なのに…
「人をダマしたり脅したりするようなやり方で、入会させている」という事実を知ったとき、とても悲しかったのです。


≫  ■「子供がヒドい目にあう」と思わせてしまっている

に、詳しく書いています。
ぜひ、読んでいただきたい記事です。



ふつうは、会社でもサークルでも「●●友の会」などなんでも、重要な点については口頭でちゃんと説明してもらい、規約書に目を通した上で、納得したら、入会書にサインをして、それで入るものだと思うのです。
それなのに、、とても重要なこと(PTAがボランティア団体、入退会自由、などなど)を隠して、規約も見せないうちから強制的に入会させ、役員委員を押しつけるなんて、、、、。しかも、役員になったら、月30時間以上の労働奉仕なんて、、、、。ちょっと、問題がありすぎではないですか?



「人をダマしたり脅したり
 するようなやり方は、
 悲しく辛いことだ。」


「よくなってほしい。」




想いは、シンプルです。



娘が通う幼稚園で、「PTAが入退会自由であることを告知しよう」のテーマで話し合う場を設けていただけることになりました。
幼稚園の皆様やご縁ある方々に、PTAに関するホントのことを理解していただくために、参考になることを、このブログにて書かせていただくことにします。


より詳しくPTA事情を知りたい方は、川端裕人さんの「PTA再活用論(ネットでも読めます。本も出てます。)」と「PTA進化論(ネットで読めます。)」がオススメです。川端さんの考え方には、深く共感しています。ぜひ読んでみてください。


≫≫ 『PTA再活用論ー悩ましき現実を超えて』 ブログ版 著:川端裕人: 目次

≫≫ 「PTA進化論」 川端裕人さん



内容については、正確であるように、努めました。
PTAに関する本と法律に関する本を何冊も読みました。市の法律相談所にも行きました。教育委員会にも電話し、市のPTA協議会事務所に足も運びました。PTA役員経験者の方にも、いろいろとお話を伺いました。PTA界では有名な作家の川端裕人さんにも、メールで質問しました。
しかし、なにか間違いなどあれば、ご指摘おねがいいたします。

<<主な参考資料>>
『PTA再活用論ー悩ましき現実を超えて』 (川端裕人)
『PTAとは何か 総論編』(全国PTA問題協議会)
『PTA活動を考えよう』(全国PTA問題協議会)
『日本PTA50年の歩み』(日本PTA全国協議会)
『PTA指導者のてびき』(大阪府教育委員会)
全国PTA問題研究会
PTA、市PTAなどの広報誌
朝日新聞 2010.02.21号
読売オンライン PTA再考 シリーズ
 Wikipedia Yahoo!知恵袋
その他、PTA関係の本・サイトいろいろ 法律関係の本・サイトいろいろ



PTAよ、どうか
人にやさしい、
誠実な団体になってください。


PTAが誰にとっても、居心地のいい場になったら、ステキだとおもいませんか?

私の願いは、それだけです。 どうか、よろしくお願いいたします。


【注】
PTAやPTA活動をがんばっている方々を否定しているわけではありません。
内容上、PTAを批判しているように思われてしまうかもしれませんが、悪口を言いたいわけでもなく、争いたいわけでもないのです。
ただ、「いまのPTAにはいろいろな問題がある。PTAに意義を感じる人も、そうでない人も、居心地もいい場にするために、提案がある。それについて考えてもらいたい。」と言っているだけなのです。
ご理解のほど、よろしくお願いいたします。
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意外と知らないPTAの基礎知識

◆PTAの目的はまず「会員(大人)の学びと成長」。次に「子供へのいい環境づくり」です。

目的は、主に二つあります。
①「会員(大人)の学びと成長(生涯学習)」
 会員同士の意見交換・学習会・文化活動などを通して、会員がいい親・いい先生として学び成長することが第一目的です。大人が成長すれば、それがなによりも「自分の子供のため・地域の子供のため」になります。だから、この①だけでもOKです。

②「子供へのいい環境づくり(ボランティア)」
 ①で学んだことを活かして、実践していきましょうということです。


◆PTAは学校(幼稚園)とは別団体です。
 学校(幼稚園)とは提携・連携しています。
 学校の付属機関ではありません。自主独立団体です。

◆PTAは提携する学校(幼稚園)を主な舞台として活動します。

◆PTAは任意加入で入退会自由です。
 PTAが入退会自由を表明しているかどうかは関係なく、PTAは入退会自由です。
 文部省策定の参考規約では、
 「いささかも強制があってはならない」とされています。


「新くらしの法律相談ハンドブック」自由法曹団編 旬報社より抜粋

PTAは学校とは別の任意団体ですから、入るか入らないかはそれぞれの父母・先生の自由です。子供の入学の際にPTA入会案内、規約、入会申込書などが配られず、自動的に会員名簿に登録されて会費を徴収されるというケースがあるようですが、これは間違っています。知らない間にPTAに入っていたというのでは、会員としての自覚や意欲を持つことはできませんし、有意義な活動も期待できないでしょう。



◆PTAは法的には『社会教育関係団体』です。

→ 社会教育 - Wikipedia
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E6%95%99%E8%82%B2

PTAは法的・行政的には『社会教育関係団体』です。
つまり、「ボーイスカウト」「老人クラブ」などと同じ扱いです。ボーイスカウトと同程度の権限しかありません。「強制」など、もってのほかです。


◆PTAは『生涯学習』の団体です。
 PTAは、会員がいい親・いい先生になる学びの場です。成人教育・生涯学習をメイン目的とする団体です。学習活動そのもの、会員同士の交流・意見交換、その他活動を通して学び成長していくための団体です。
PTAの会費は、自らの学びのための生涯学習の学費&ボランティア活動費といったところでしょうか。PTAの会費は、自分の子供のPTAサービスの権利を得るためのものではありません。一般の商業活動を目的とした会社と同じような、利益目的に、お金を払ってくれた人だけにサービスをする利益団体ということではありません。
会員のメリットは、学習活動・文化活動や子供への支援活動をする中で、会員自身が学び成長できるということです。そして、学校・地域全体が良くなることに貢献できるということです。

『PTA指導者のてびき』大阪府教育委員会発行 より抜粋

つまりPTAとは、子どもたちの健やかな成長のために、保護者と教師が協力し、連携を深め、互いに学びあう団体だということです。
(中略)
PTAは子どもの健全な成長をはかることを目的とした団体でありその目的を達成するために会員相互が学習活動など必要な活動を行うことになります。(中略)
PTAはまさに生涯学習の場であり、
(中略)
PTAの会員である保護者も教職員も、子供たちの幸せのために連携・協力して学習していくことは重要ですが、また、それぞれがひとりの人間として、自分を高めるために絶えず学んでいく姿勢をもつことが望まれます。常に学んでいる前向きの姿は、おそらく子どもにとって大きな影響を与えることと思われます。そういう意味において、一人ひとりが生涯学習の意義を理解し、自ら実践していくことが大切です。



『PTA再活用論』より抜粋

前掲資料(注:世田谷区の小学校PTA連合協議会と教育委員会発行「PTAのしおり」のこと)が挙げる、PTAの目的とは─────

子どもの健全な育成と幸福を目指して、お互い(会員である保護者と教師)が、子どもの健全な育成と幸福を目指して、お互いに学習しあい、その学習に基づいた活動をいっしょに進め、よい保護者、よい教師になるように努めることになります。(括弧内は引用者)

 とまず、保護者と教師相互の学び合いが強調される。さらには─────

─────その成果を家庭教育や学校教育に役立てると共に、お互いの協力によって、地域社会の環境づくりや子どもの郊外生活の充実のための活動を活発に進めることにあります。

 つまり、保護者と教師が、ともに学習し、結果として、よりよい保護者、教師になるのが第一。すると、家庭教育や学校教育が充実し、さらには地域社会や子どもをめぐる環境もよりよいものに変えられる……。書いてみるとなんとも気宇壮大なことを述べているのだ。



◆PTAはボランティア(善意の自主奉仕活動)の団体です。
PTAは「地域や学校(できれば全国全世界)の子供」の幸せを願って活動する善意の自主独立のボランティア団体です。
PTA活動は「できる人が、できる時に、できることをする」が基本です。なんといっても、こどもの健全育成を目的とする善意のボランティア団体ですから。

2010(平成22)年2月21日(日)付〈朝日新聞〉より抜粋

シンポでは、長男が通う小学校のPTA活動に携わり、「PTA再活用論」を書いた作家の川端裕人さんが「ボランティア組織と知らないと、PTA活動は義務になり、役員はすり減ってしまう。入退会は任意と文科省が広報してほしい」と発言。



◆PTAの活動対象は、提携する学校または地域の子供全員です。
これこそ、PTAがPTAたる所以です。「学校・地域の子供すべてのために」活動するのです。
ただ、会員の子に限定しての活動をする団体ならば、他の「こども会」や「塾・習い事」と何の変わりもありません。
なぜ、PTAは学校という舞台で活躍できる特権があるのか? なぜ先生も会員なのか? その理由が、まさに「すべての子供の幸せな環境づくりのために」という素晴らしい理念があるからなのです。

PTA発祥の地アメリカPTAは、自分のところの学校だけでなくて「全世界の子どもたちの幸せのために」という理念のもとに結成されている場合が多いようです。日本でも文部省策定参考規約をみると、このような理念がうたわれているようです。
なお、PTA会員非会員の区別は、保護者(教員も)にだけ当てはまります。児童は全員、会員ではありません。
学校のPTA規約を見てみましょう。「児童の健全な教育を目的とする」なんて書かれているはずです。「会員の子の健全な教育を目的とする」とは書かれていません。会員の理解と協力があれば、規約を「会員の子の~」にすることも可能ですが、それではPTA本来の崇高な理念を汚すことになります。
会員の子供だけがサービスを受けるような団体がいいのなら、「こども会」や、親しい友人だけでそういうグループをつくって楽しむのがベターではないでしょうか。

だいたい、「会員の子」のためだけの組織ならば、教員まで参加する意味が無いはずです。教員の子は、その学校にはいないのですから。先生(教員)は、自分の子がいないにも関わらず、学校全体の子供のためということで、会員になり、会費を払ってくださっているのです。自分の子が、卒業記念品もらえるわけでもなく、PTA主催行事に参加できるわけでもないのに、です。


PTA - Wikipedia より抜粋

PTA(Parent-Teacher Association)とは、各学校ごとに組織された、保護者と教職員による教育関係団体のことである。各自が任意で入会する団体で、個々の生徒の成長よりも、寄付金を集めたり、教職員を支援することなどで、学校全体ひいてはあらゆる子ども達の利益となる活動を目的としている。


◆「話し合い」だけでも立派なPTA活動
PTAは「子どもの幸せのため」の団体ですが、「こどもの幸せのための活動」と一口に言っても、範囲が広すぎます。新しいゲームやお菓子を買ったり催し物に連れて行けば子供は喜びますが、それが子供の幸せの本質的なことでしょうか?PTAだからこそできる子供のための活動を考えるのが、第一です。
「子供が直接喜ぶ何かをする・与える」
というよりも、
「子供の幸せのために、会員がいい親・いい先生として学び成長する。それがなにより子供の本質的な幸せにつながる。」「子供の環境を良くするための活動は何か考え、意見交換し、実践する。」
というのがPTAの理念です。

子育てで気になるテーマの意見交換会・悩み相談会・学習会・読書会・教養を深める文化的活動など…

会員がいい保護者いい教師として学び成長できる交流や活動をすれば、それは立派なPTA活動です。というより、それがPTA活動の基本のようです。

「友達づきあい」「いじめ」「習い事」「携帯電話やゲームとのつきあい方」「世界の子育て」「おすすめ絵本」などなど、なにかのテーマで会員同士何人か集まって話し合いをするだけで、立派なPTA活動になります。腹を割って話せば、互いの信頼も深まるでしょう。親が学びあい、信頼しあえる地域は、とてもいい子育ての場になるでしょう。
いい親・いい先生として資質をアップさせるため、教養をつける文化活動…「おいしい節約料理」「着物の着付け」「パソコン教室」などをしても、立派なPTA活動です。
これだけの活動なら、負担も少なく、PTA役員も必要ありませんし、かえっていいかもしれません。来ない人がいても「ズルイ」と言うことにならないでしょう。

もちろん、子供が直接喜ぶような活動(「お楽しみ会」「夏祭り」など)も、立派なPTA活動であることには違いありません。しかし、このような活動は負担がとても大きいのです。役員のなり手が少なくなり、来ない人に対して「ズルイ」という気持ちが生まれます。このような活動ばかりでは、エネルギーと時間を大幅にとられてしまいます。肝心な相互学習の場がなくなりますし、「いまの子供たちには、どのような活動がより必要性が高く、どの活動がそれほど必要ないか」という議論の場さえ持てません。結果、ずるずる同じことの繰り返しになったり、必要性の薄いものを削れず、負担が大きいままになったりするのです。PTAの在り方や問題点についての議論の場もないので、問題がどんどん肥大化しているのが現状です。「考える」を放棄して、「前年度の踏襲」だけでは無理が出てきます。


『新くらしの法律相談ハンドブック』 自由法曹団編 旬報社より抜粋

PTAは「教育を本旨とする民主的団体」なのですから、子供たちを取り巻いている現実を直視し、子育ての悩みや教育そのものを語り合い、学びあって、少しずつでも改善していきたいものです。いじめ、体罰、校則、落ちこぼれ、体力低下など、PTAで取り組みたい問題は山ほどあります。


『PTA進化論⑧』より抜粋

。「え?PTAは子どものためなのでは?」という人には、「何が子どものためになるか」議論し大人が考えを深めていくところから始まるのがPTAであって、保護者自身の成長を子どもに還元するのが本来の発想だと指摘しておく。


--------------
大阪の某市教育委員会 地域教育科(PTA担当)の方に以下の点の確認をとりました。
●PTAは入退会自由
●PTAはボランティア組織。行政的にいうと社会教育関係団体。
●PTA活動の対象は、その学校・幼稚園の児童全員。会員の子だけに限定しない。
---------------
---------------
大阪某市PTA協議会の方に、以下の点の確認をとりました。
●PTAは入退会自由。
●PTAはボランティア組織。
●PTAは会員が学び成長する場。その成果を児童の幸せに活かす。
●「自分の子が幸せになるためには、学校全体・地域全体が良くなることが必要」という考え方が基本。
●「できる人が、できるとき、できるだけ」が活動の基本。

この方は、「できる人が、できるとき、できるだけ」を、とても強調されていました。それが徹底していないから、問題が起こるとおっしゃっていました。
「入退会自由」であることを認めてくださいましたが、明示することは「できればしてほしくない」というスタンスでいらっしゃるようでした。
このような態度では、「やはり、上納金目当てで、入退会自由を明示したくないのか?」と疑ってしまいます。、「できる人が、できるとき、できるだけ」を徹底してほしいというのも、それをPTA内の各活動で徹底するだけなら、上納金が減るわけではないからかもしれません。このように、「会員のお金目当てでは?」と疑われないためにも、入退会自由の明示は、お互いにメリットが大きいと思います。

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入退会自由の周知徹底のメリット

■ 自主的・自発的な善意にしたがって活動できる。
「自発的な善意にしたがって行動できる。」 人間にとって、これほどの喜びはないように感じます。
・PTA本来の崇高な理念に合致。
・会員の意識向上。
健全でまっとうな在り方。 子供の人生姿勢へ好影響。
・誇りをもち活動できる。
・「赤信号みんなで渡れば怖くない」⇒自己責任化。

・「やらなくちゃいけない!」「必要」「強迫観念」 ⇒ 「善意」
・「強制!義務!負担!」「ノルマ」 ⇒ 「感謝」



■ 負担・義務のエスカレート防止
・会員が「NO!」といえる切り札を持てる。
・PTA運営側には、いい意味での危機意識。
・PTA負担のスリム化促進も期待できるかもしれません。
・役員、委員決めのときの「仕事・介護は免除の理由になりません!」「役は子供一人につき一回が義務です!」などの高圧的発言の防止。
・P連の脱退に理解が得やすくなる。(役員の負担が激減)



■「逃げ道」の用意。
PTA活動で極度のストレスを感じる人もいるかもしれません。もともと病気を抱えている人、人づきあいの苦手な人、真面目すぎる人などです。そのような人のために、「逃げ道」を用意しておくのは、とても重要です。
PTA役員の労働奉仕は月平均30時間以上。
さらに、PTA連合の役員にまで、くじ引きなどで当たってしまうと、年700時間の労働奉仕が待っています。くじ運が悪いだけで、そのようなことになるのは、悲惨としか思えません。このレベルになると「逃げ道」は絶対に必要となるでしょう。
・犠牲者がいない。不幸な人がいない。
・加害者の一人にならなくて済む。
・PTAへの隠れた不信感・恨みの緩和。
・おそらく効率もアップ。

『PTA再活用論ー悩ましき現実を超えて』より抜粋

PTA社会をまったく体験したことのない人にとっては、笑い話かもしれない。でも、実際にPTA活動で心身を病み、通院するような人はいくらでもいる。この連載への投書にもあったけれど、ぼくの身の回りでも起こっている。本当に笑えない話なのだ。都下のあるPTA会長はこういった問題を公にした時、「人権問題」という言葉を使った。



■ 選択する自由と権利がある
会員の権利を保障するのは、民主主義の基本でしょう。
会員の義務(会費・労力)だけは明確で、会員の権利(参加する権利、知る権利、議決権など)は非常に曖昧。このような状態は、おかしい。PTAは、民主主義を普及させていくのが、目的の一つであるのに。



■ 優良PTAとして認定されやすくなる
「優良PTA文部科学大臣表彰」が毎年行われているようですが、平成22年度から基準が変更になりました。
「PTAが任意加入の団体であることを前提に、できる限り多くの保護者と教師が主体的にPTA活動に参加できるよう組織運営や活動内容の工夫をしている団体を適切に評価できるようにする」主旨で、変更されました。従来の基準では、「加入率」の高さが基準の一つになっており、強制加入を助長していました。それがなくなり、「運営の適切性」が基準の一つとして加わりました。

○ 優良PTA文部科学大臣表彰新基準の周知状況


■ 法律違反のリスクを回避。
いま、PTAのやってる行為は、法律その他に違反している可能性があるものが、いくつかあります。
消費者契約法違反・詐欺罪・不法行為(権利侵害)・プライバシーの侵害・個人情報の漏洩と流用・公務員の守秘義務違反・脅迫・名誉毀損・など。
たとえば、詐欺罪は『相手に重大な錯覚・誤解をひきおこさせ、その後、お金・労力などの移譲が行われた』場合に適用されます。現状、PTAがさも強制であるかの雰囲気をかもしだし、重大な誤解をひきおこさせ、お金・労力がPTAに移譲しているわけですから、ひっかかる可能性があるといえます。
PTAが初めから入学したての児童・保護者の名前リストをもっているのはナゼでしょうか。学校から児童または保護者のリストがPTAに無断流出しているようにみえます。そうでないなら、なぜPTAが入会書ももらってないのに、リスト化できるのかわかりません。もし学校からリストが流れているのなら、個人情報保護法や公務員の守秘義務違反の可能性があります。
ほんとは言いたくない家庭事情を皆の前で暴露しなくてはいけない状況に追い込むのは、プライバシーの侵害といえます。
「PTAやめたら、お子さんが悲しい思いするよ!」「PTA寄付の遊具とか使えないよ!」「夏祭りとか出ないでくださいね」というのは脅迫にあたる可能性があります。
このように、法律その他に違反する可能性を残しておくというのは、きわめて不健全で、子供の手本とは到底いえない状況です。
「もしかしたらPTAって犯罪者集団?」と思いながら活動するのは、気分的に良くありません。非常にストレスに感じる人もいるでしょう。「目的のためならば他人をダマすこともOK」という人生姿勢を子供に見せるというのも、教育上、非常によろしくないのではないですか?
このような法律違反の可能性のリスクを回避するためにも、PTAが入退会自由であることを周知徹底することは、メリットが大きいといえるでしょう。逆に、PTA入退会自由を知らせることに反対の人には、「このような社会的責任をどのようにお考えですか?」と問いたいです。答えられますか?


■ PTAのイメージ保全、辞める人への適切対応

ネットが普及し、PTA任意加入と知る人が、どんどん増えてきています。総会で誰かが「任意加入ですよね?」と発言するだけで、その場の全員にバレます。もう、隠しごとができる時代ではありません。
PTA入退会自由と知れば、辞める人は、辞めていきます。そういう事態が、すでに起こりつつあります。
そんな時代ですから、「PTAが入退会自由であることを隠していた」と思われるよりかは、「PTAの方からキチンと告知。誠実対応な団体。」と思われるほうがイメージがいいでしょう。

辞める人が出たとき、役員さんに側に適切な知識がないと、「PTAを辞めるなんてできませんよ。」「PTA辞めたら、運動会も出られませんよ。」「PTAが整理している図書室なども使わないでほしいですね。」「PTAと学校は一体。PTA辞めたいのなら、他の学校に行かれたほうがいいのでは?」というような、マズイ対応を役員さんが言ってしまう可能性が高いです。もしこれで、訴えられでもしたら、大事です。消費生活センターなどに相談に行かれるかもしれません。そこまでいかなくても、モメるもとになるでしょう。
役員さんが適切に対応するためにも、PTAのイメージを損なわないためにも、PTA入退会自由と関連する知識は周知するメリットは大きいでしょう。

産経新聞のアンケートでは、「PTAは必要58% 不要42%」でした。不要と思っている人が半数近くいます。また、必要といっている人でも「みんなそうしてるから」という理由の人がとても多いと感じています。いま、PTAがほぼ100%加入を保っていられるのは、「入退会自由と知らない」「辞めると不都合がありそう(子供がいじめられる等)」「みんなが入ってるなら、入ったほうがいいと思う」という人が非常に多いからです。しかし、「入退会自由」「辞めても不都合は特になし」ということが広く知れ渡ってくると、辞める人が出てきます。その数が多くなってくると、「みんな入ってるから」という理由でPTA支持してた人の中からも、辞める人が出てくるでしょう。同じく産経新聞のアンケートでは「何らかの組織改革を行うべき 95%」でしたから、PTAが大きな問題を抱えていると感じている人が圧倒的多数なのでしょう。今は、PTA加入者にも非加入者にも、居心地のよくない場であるようですし、このような状況では、辞める人が続出してもおかしくないでしょう。ネット時代で、隠し事は無理ですから、今のうちに入退会自由をきちんと告知して、「強制加入」ということで問題を軽視していた経営姿勢を見直して、PTA加入者にも非加入者にも居心地のいい場にしていくほうがいいように思えます。問題をひたすら隠すよりも、よっぽど、まっとうで健全な在り方です。


役員さん側も、隠れた不満や恨みを買わなくて済みます。「会員のお金と労力めあて」と疑われずに済みます。とても大きなメリットです。


「花を摘みとることはできても、春の訪れを止めることはできない」

いまのPTAの問題点

産経新聞アンケートによりますと、「組織改革を行うべきだ」が95%です。圧倒的多数がPTAに問題点を感じているのです。その問題点が改善されないままでいる主な原因は、「PTAが入退会自由であることを隠している」ことだと感じています。「PTAが入らなければいけないもの」と皆が思っていてくれれば、たとえ問題があっても、苦情がきても、会員は減らず、とりあえず形だけは保って、活動を続けていけるからです。問題があると認識して、変えていくというのは大変なことですから、よほどのことがないかぎり、苦情や問題点は無視されがちなのです。「PTAが入退会自由」となれば、会員の声に真剣に耳をかたむけないと、どんどん会員数が減っていく可能性があります。いままで、『怠慢』していたのが『いい意味での危機意識』を持ってもらうことで、問題点改善に向けて考え実行していける道が開けるのです。

■ 役員さんの負担が大きすぎる
役員さんは月平均30時間以上の時間的な負担を要求されます。月40時間、月50時間というところもあります。さらにP連の役員にまで当たってしまうと年間700時間くらいは要求されるようです。
「やったら意外と楽しかった」という方もいますが、「本当に辛いことばかりだった。」という方も少なくありません。
たとえ千人に一人であったとしても(たぶん、もっとずっと多いでしょう)、「とても辛い」という犠牲者を出してしまっているのです。まるで人身御供のようではないですか。善意の団体であるPTAで、そんな犠牲者を出しているのは、あまりにも酷すぎるのではないでしょうか。
役員の負担の大きさは、役員選びの難しさにも直結します。役員選びが難しいので、ついついダマしたり、脅したりするようなやり方、高圧的な態度をとるという悪循環が生まれています。


■ 家事・育児・仕事にシワ寄せがいく
とても忙しい現代の子育て世代です。祖父母が近くに住んでいて、お手伝いをしてくれるケースは、ほとんどありません。
「家事」+「育児」+「パートなどのお仕事」を抱えています。
手際のいい人もいれば、手際の悪い人もいます。自身や家族が病気であったり、介護をかかえている人もいるでしょう。それぞれの事情があります。
手際のいい人だったら、パート行ってても、PTA活動できるかもしれませんね。
手際の悪い人だった場合、「家事」+「育児」だけで、もうイッパイイッパイでしょう。
PTA活動で、家事・育児・仕事にシワ寄せがいってるケースが、とても多いようです。
その家庭の家事・育児・仕事にシワ寄せがいったら、被害を一番受けるのは、そこの子供なのですよ。『PTA活動のために、辛い思いをする子供が出る』。PTAは、子供の幸せのための善意の団体なのに…。悲しすぎる話だと思いませんか。

こどものためを考えるなら、まず、「家庭の足元がため」でしょう。
「家庭の足元がため」ができてこその、PTA活動だと思います。PTA活動で、家庭にシワよせがいくのは、まったく本末転倒です。


■ 「ホッとする時間」を奪っている。イライラがつのる。
PTAのお仕事は、やって、やれないことはありません。
役員になっても、仕事があろうが介護があろうが、睡眠時間をけずって、死ぬ気で本気でやれば、なんとかできるでしょう。ここまでのケースは、さすがに、あまり無いとは思いますが・・・
ただでさえ忙しい現代の子育て世代の親御さんたち。
PTA活動によって、「ホッとする時間」が奪われている人は多いでしょう。
くつろぐ時間、ホッとする一時。それは、人間にとって、とてつもなく大事な貴重な時間ではないのでしょうか。
病気の七割は、ストレスが原因と言われています。PTA活動で心身を病む人も多くいるそうです。そこまで追い詰めているのは、PTAです。
病気にならなくても、イライラはつのるでしょう。そして、【親のイライラがぶつけられるのは、たいてい、子供です。】


保護者の悲鳴・イライラは、子供の不幸に直結します。



また、イライラした人が増える地域が、子供にとっていい環境であるはずがありません。

「できるときに、できる人が、できるだけ」がPTA活動の原則ですが、守れているPTAがどれほどあるのでしょうか。


≫ 精神科 本当の話: PTA・地域活動に悩む母親達
  http://nozomigaoka.blog.ocn.ne.jp/mental/2011/07/post_7f8e.html

 実在の精神科医さんのブログ記事。


子供の虐待に関する事件が毎日のように報道されていますが、それが形式的なPTA活動・地域活動の強化によって解決されるとは到底考えられません。子供の虐待は、親の人格的問題に起因する場合が多いと推測され、楽観的見通しはできないと思います。むしろそうした活動が母親のストレスを高め、結果として虐待を誘引しているケースもあるのではないかと考えます。





■ PTA活動に向いてない人の意見は無視
「PTA役員をやって、とても辛かったという人もいます。」それに対する、あるPTAの重役さんの答えは…「それは、その人の考えでしょ? もっと楽しくする工夫をしないとね。」でした。つまり…強制的にPTA加入させられ、役員になってしまったにも関わらず、「楽しくない。辛い。」といえば、それは本人の【自己責任】ということなのでしょう。「PTAのせいではない」と言いたいのでしょう。「あれ?PTAが入退会自由を隠して、無理やりやらせたことに責任は感じないの?」と思います。このようにして、苦情は無視されるのです。


逃げ道ふさがれて、重労働こなしてガンバっているのに、【辛いのは、自分の責任】

って?!!!

もしかしたら、そんなつもりの発言じゃないかもしれないけど、

ホント、そりゃないよ~~~~!!!


とにかく、PTAに向いてない人に救済措置をとる気配が、感じられません。

このような姿勢だから、問題はそのまま温存・肥大化してきているのですね。


■ 加害者の一人になってしまう。

任意加入であることを隠したり、PTAに加入しないと子供がひどい目にあうと思わせるような雰囲気にしているPTAに属することは、すなわち、

『人をダマしたり脅したりするようなやり方で、無理やり入会させる側に立ってしまう』

ということです。
これは、せつない! 辛い! 胸が痛みます!!


「人をダマしたり、脅したりするようなやり方」というと、語弊があるかもしれません。キツイ言い方になってしまっているかもしれません。しかし任意加入であることを意図的に公開せず、あたかも全員強制加入のような雰囲気をかもしだし、誤解させています。また、「学校にお世話になっているのだから」「みんな参加してるのだから」「免除」という言葉がよく使われます。「入ってアタリマエ。入らない人間はズルイ人間。」「加入しないと、子供がひどい目にあう」と思わせる空気が強く存在しているのです。役員は、それを助長したり、見てみない態度を貫いていることが非常に多い。辞めるに辞められないし、異を唱えるのが非常に難しい実態を助長または放置。多忙などでPTA活動が辛い人に対して、非常に非寛容的。そのようなやり方は、とても歪んでいると思うし、不誠実。教育に関わるボランティア団体として、正反対ともいえる方向性。やはり、「ダマしたり、脅したりするようなやり方」という表現は、適切ではないでしょうか。 



それ以外でも・・・

PTAで犠牲者が出ている以上、PTA会員は全員加害者ということではないでしょうか。
集団で「いじめ」をやっているように見えます。
いまは事実上、強制加入になっているので、「自分も加害者」という意識が希薄になっているだけではないでしょうか。

そんな加害者の一人になってしまうというのは、大変、良心が痛みます。心苦しいです。とにかく息苦しさを感じます。これだけで、本当に辛い。
PTAは本来、「『いじめ』など絶対やってはいけない。特に集団でいじめるなど、あってはならない。」と、言うべき立場じゃないのですか…?
いまのPTAはとにかく「人の痛みを感じる心」「思いやり」「寛容さ」が欠けているように感じられるのです。



■ 『「お上」「周り」に合わせるのが身のため』という考え方になる

川端裕人さんに寄せられた、読者による「PTAのイメージ」を、いくつか上げてみます。

「自発精神の吸収体」 「出る杭は打つ集団」 『PTAに民主主義は無い』 「目的を見失って惰性で動いていることが多い奉仕活動」 「伝統と権威的な上っ面でなんとか保っている団体」 などなど


じっさい、PTAで「少々イヤなことがあっても、周りに合わせておくのが得策」と感じてしまう場面がたくさんありました。「自主精神・自発精神」が、PTAにより失っていくように感じます。「民主主義の精神」も同様です。
「異なる価値観はユルサナイ!」といわれてる気分になったことも、たくさんあります。
実際に、PTAは異なる価値観を許してないのではないですか?
「PTAは必要!」という価値観以外は許してないのではないですか?
「なんだか、しんどい団体だな~~」という気分です。

「世界に一つだけの花」という歌が流行っていた時期がありました。あの歌詞の中にもあるように、「一人一人の色・個性を尊重する」が、教育でとても大事なことだと思っています。
PTAは反対の概念を植えつけているように感じてなりません。



■ 子供の教育上よろしくない在り方
PTAは人権学習をすすめているのに、PTAが人権侵害している場面が多々あるようにみえます。
PTAは「民主主義」が目的の一つであるのに、PTA入退会の自由を隠そうとします。
「大いなる目的のためには、人をダマしたり脅したりするようなやり方ともOK」ということなのでしょうか…。

子供には「イヤなことは、はっきり、イヤと言わなきゃだめよ?」と言っているようなお母さんが、PTAでは何も言えません。
「他人には優しくね。」「自分がされたらイヤなことは、他人にもしちゃダメよ。」「その人の事情をくんであげないと。」「自分とは違う考え方の人も大切に。世の中、色んな考え方の人がいるから。」これら全て、子供に教えてあげたい言葉ですが、PTAの在り方は正反対のようです。
タテマエとやってること・言ってることが正反対の団体が、信用してもらえると思っていますか?

「子供は、親の言ってることではなく、親の人生姿勢そのものをマネするよ。」
というようなことが、どこかの本に書いてありました。その通りだと思います。
本当の教育は、「何かを与えること」ではなく、「いい大人としての人生姿勢を見せること」だと思っています。

いまのPTAの在り方、子供にマネしてもらいたいですか?



■ 息苦しい社会をつくっているのではないか?
とにかく、いまのPTAはとても息苦しさを感じます。「必要!」「絶対やらなくちゃいけない」「やらなかったら、とんでもないことになる」という強迫観念のもとで、活動しているようです。「善意」より「強迫観念」を感じます。
そのPTAの在り方が、子供や社会に影響を与えているとしたら…?

いま、日本は鬱病患者が100万人を超えています。自殺が年間3万人を超えています。
こんなに息苦しい社会では、そうなるのも無理はないとさえ思えます。
若者の死因の第一位は、『自殺』だそうです。

いまのPTAの在り方に、なんの責任もないのでしょうか。考えさせられます。




【 参考記事 】

≫ PTAは なんの説明文や 入会意思を確認せずに強制入会
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1081869990


≫ 小学校PTAを脱退(退会)した場合、子供に不利益(被害)はありますか?
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1239723737


≫ 魔金(まか)不思議な保護者とPTAの関係
  http://ghost.kyouiku.main.jp/
 PTAの違法行為について、詳しく調べてらっしゃいます。
 このブログを読めば、PTAがどういう違法行為をしているかよくわかります。
 また、対策も解説してらっしゃいます。


≫ 朝日新聞記事「任意加入 周知に波紋」 | 魔金(まか)不思議な保護者とPTAの関係
  http://ghost.kyouiku.main.jp/?eid=121

こういった事が本当にあったなら、保護者としては校長、PTA会長に説明を求め、役所の教育委員会ではなく人権を担当している課に相談するといいでしょう。


≫ PTA 違法性 - ログ速@2ちゃんねる過去ログ検索
  http://logsoku.com/search.php?query=PTA%E3%80%80%E9%81%95%E6%B3%95%E6%80%A7&category=&order=desc&sort=lastwrite
2chの過去ログ「PTAの違法性について」シリーズが見れます。ものすごく参考になります。
 PTAの違法性がよくわかりますよ!

○ PTAの違法性について4
  http://logsoku.com/thread/toro.2ch.net/baby/1326842052/
より抜粋

自分達が絶対正義だと思っているから厄介だね


どんなにPTAが大義を掲げようがそれ以前のところでズルをしている
以上何を言っても無駄


PTAは長年、保護者を騙してきたといえる。

強制加入だと嘘をついて入会させ会費を搾取。
それを追求すると今度は入退会の概念が無いとまた嘘をつく。
保護者を会員と称し会費も取っているのに入退会の
概念がないというのはまずありえない。明らかにおかしい組織だ。
こんな組織が子供の為に学校のためにと言っても説得力がない。
結局頑張っているのは、騙されて入会した下っ端会員の保護者である。
みなさんもどんどん問題提起して、平行線で終わるようだったら
退会の意思を示し、距離を置くこと。何もPTAに入ってないからと言って
ボランティアに参加出来ないわけじゃない。自分なりのやり方で
学校行事に参加出来る。何だったら小規模な父母会を立ち上げればいい。
兎に角、汚いやり方で保護者を騙す組織とは関わらない事だ。



本来なら保護者の自主性を尊重してなるべく協力をしてもらえるよう
普段からコミニュケーションをとって信頼を得るべき所を面倒臭がって
やっていないのがPTA。だから嘘をついて強制させようとする。
保護者の自主性に任せると参加不参加にバラツキが出て学校行事が成り立たないとうそぶくのも
そういった信頼関係を築けてない証拠。実際PTAが無かった時期なんて無いのに
行事が成り立たないかどうかなんてやってみないと解らないし、
PTAが無くても成り立っている学校もある。


そもそもPTAはボランティアだし、公平性なんて必要ない。
出来る人が出来る時に出来る範囲で参加する。
なので、誰それが役員をやっていないと憤慨する人はボランティアであるPTAに
参加しないほうがいいのである。会費の意味合いもおかしい。
子供たちの学校生活をより良くする為にお金を寄付しているはずなのに
公平性ばかり気にして自分の子の為のお金を出している感覚になっている。
本来は、子供たちの親が会員に入ってようが入ってまいが関係なく子供たちの学校環境の
為に寄付しているはずだ。それなのに、あの子の親は会員に入ってないのに
恩恵を享受しているという差別の垣根になってしまっている。


慣れ合いで理不尽をスルーしてきた結果が今の日本だね。
不法移民、パチンコ、天下り、警察・検察・司法の腐敗。
言い出したら限が無いぐらい問題が噴き出している。
PTAもその中の一つ。



別にボランティアや行事に参加するのが嫌なんじゃなくて

PTAに関わるのが嫌なんだよ。会を維持するために存在してるだけだで
そこに保護者の都合や考えが無いのが不気味で仕方ない。平気で嘘つくし。


PTAに入ってない人の子は、PTA行事に参加できないのでは?

----
<追記>
≫≫ PTAのホントのところ NHKがPTA問題をとりあげてくれたようです


文部科学省のPTA担当の人も、
「PTAは子供全体のためのもの。親がPTAに入ってる入ってないは関係ない」

とおっしゃってます。

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PTAの理念では、PTA活動対象は、その学校の児童全員です。
「自分の子供の幸せには、学校全体・地域全体の子供も幸せになってもらわなくちゃ!」がPTA理念の基本です。そして、PTAの考え方では、会員の子、非会員の子の区別をしません。したがって、理念からいうと、PTA非会員の子供でも、その学校の児童であれば、PTAサービスの対象になります。
小学校PTAでは非会員世帯にもPTA関連プリントが配られますが、そのような理由からです(PTA協議会のご意見)。夏祭りに地域の子が参加できるのも、そのような理由からです。先生も、保護者と同じくPTA会員で、自分の子供がその学校行事に参加できるわけでもないのに、保護者会員と同額の会費を払ってらっしゃるのも、そのような考え方からです。学校全体のためだからこそ、先生も会員で、会費を払うということです。そうでなかったら、自分の子が恩恵受けるわけでもないのに、先生が会費を払う理由がないでしょう?
PTAが寄付した備品・遊具は、すでに所有権は学校に移っていますので、とうぜん非会員の子も使えます。PTAが整理している図書室の本も、学校の所有物なので非会員の子も使えます。
運動会は、学校主催なので、当然参加できます。
PTA主催行事にも参加できます。PTA贈呈の記念品ももらえます。
しかし、全く無料では会員が損している気分になるかもしれませんから、非会員の子が行事参加したり記念品をもらう場合は、その非会員から、その分の実費だけ払ってもらえばいいのではないでしょうか。じっさい、PTA任意加入を明示しているところは、そのようにしています。


「PTAに入らないのに、PTAの恩恵だけもらおうなんて厚かましい」というご意見も聞きます。

その考え方でいくと、教員(先生)は、PTAの恩恵を自分の子が受けられないのに、会費を払ってらっしゃいますね。不公平じゃないですか?

PTA会員のメリットはPTA活動を通して、会員自身が人間として学び成長できることです。非会員はそのメリットが享受できません。小学校では会員対象(子供対象ではない)のイベントとして給食試食会などがありますし、PTA会員だけが参加できるサークル活動などもあります。そのような会員対象で子供のからまないイベントは非会員は参加できません。子供へのサービスの準備・実践活動も、会員にのみ参加する権利があります。その活動により、会員は学び成長できるから(つまり自身のメリットがあるから)、子供の笑顔がみれたり感謝される喜びがあるから、会員はその活動に『自主的に参加している』という考え方です。つまり、非会員は、PTAの恩恵の主たる部分は受けられません。PTAの活動をするのは権利であって、義務ではないのです。PTA活動は、会員にとって「嬉しいこと」「メリットのあること」なのです。それなのに、「PTA活動に参加できない」非会員のことを、ズルイ・厚かましいと思うような事態であることが、そもそも、おかしいのです。

PTAは保護者・教員を対象とした生涯学習的文化サークルでもあります。つまり、大学の演劇サークルや吹奏楽サークルと本質は同じです。演劇サークルが文化祭で劇を披露しますよね?観客はそれなりに楽しみます。もちろん無料です。そういう意味で善意のボランティアであり、自分自身のためにやっていることです。自分自身が、サークル活動を通じて、成長したり、友人ができたり、楽しい経験ができるから、その活動をしているわけです。演劇サークルが、他の学生に「恩恵だけうけて、厚かましい」なんて言ってたら、どう思うのでしょうか?じっさいの演劇サークルは、きてくれた観客に感謝こそすれ、「厚かましい」など絶対に思わないでしょう。

世の中、たくさんのボランティア活動があり、その恩恵を知らず知らず受けているはずですが、ほとんどお返しなどされたことはないはずです。つまり、PTA非会員が厚かましいなら、同様に、PTA会員のほとんどの人も、厚かましいことになってしまいます。
自分は数多のボランティアの恩恵をうけていて恩返しも感謝もしないのに、自分がやっている慈善活動の恩恵をうける人に対しては「厚かましい」というなんて、、、そちらの方が問題があるような気がします。

税金だって、すっごく多く払っている人と、小額の人と、ほとんど全て免除されてるような人がいると思いますが、皆、おなじように、公共サービスを受けることができます。税金を多く払っている人が、小額払っている人に対して、「あいつら、ほとんどお金はらってないのに、なんで、同じようにサービス受けれるんだ? 厚かましい!」なんていってるようなものです。公共サービスが、市民全員に等しく与えられるのと同じように、PTAの恩恵は、その地域の児童全員が受けることができます。


PTA以外のボランティア活動や、なにか世の中に対して、その人ができる範囲で、イイコトしてれば、十分でしょう。
私自身もボランティア活動してますが、活動費は自腹です。恩恵を受ける人に対して、「ズルイ」「金はらえ」「あんたも、なんかやれよ。」なんて思ったことありません。それが善意というものではないのでしょうか。他のボランティア活動されている方々も同じでしょう。

いまのPTAは善意やボランティアの意味を思い出してほしいものです。

『PTA再活用論』 より抜粋
また、もう一点、よく聞かれるのは、PTA会費から出ている記念品などの問題だ。入学式や運動会の時にPTAがプレゼントを用意するのはよくある話。では、会員ではない保護者の子にもそれを与えるべきか。

 正解は、「PTAはすべての児童のための活動なのだから、会員の子、非会員の子、どちらも区別せずに与える」だろう。「自分の子どもが元気であるためには、『隣の子』にも元気でいてもらわなきゃ」という発想が原則だと思う。とはいえ、実際問題としては、実費だけを非会員の親から出してもらう、という例も多いと聞く。そのあたり、柔軟にやればいい。



じつは、理屈上では、「PTA非会員の子には、(実費を払ってもらったとしても)記念品を渡さないし、PTA主催行事には参加させない。」ということも、ありえます。PTAの理念から外れるということになりますが、PTAは自主性を重んじる団体ですので、「それをどうするか決めるのは個別PTAに任せる」となっているからです。その場合はPTA規約の「本PTAは児童のために活動する」から「本PTAは会員の子限定のために活動する」と書き換えるといいでしょう。そうすれば、堂々と会員の子のためだけの活動ができます。ただし、PTA本来の理念から外れますので、そのつもりでお願いします。善意の団体ではなくなりますし、先生も、自分の子がそこにいるわけじゃないので、そのようなPTAにいる理由はなくなるでしょうね。



【 関連記事 】


≫ PTA非会員はタダで恩恵うけるなんてズルイ?タダ乗り?
  http://pta55.blog57.fc2.com/blog-entry-78.html


≫ 朝日新聞記事 非会員の行事参加に課題 | 魔金不思議な保護者とPTAの関係
  http://ghost.kyouiku.main.jp/?eid=128

 PTA非会員の子の扱いをどうするか、アンケートをとった記事。
 PDFがありがたいです。


≫ PTAのホントのところ PTA活動 直接還元と間接還元

 非常に関連の深い記事です。ぜひ、お読みください。


○ PTAの違法性について4
  http://logsoku.com/thread/toro.2ch.net/baby/1326842052/

そもそもPTAはボランティアだし、公平性なんて必要ない。

出来る人が出来る時に出来る範囲で参加する。
なので、誰それが役員をやっていないと憤慨する人はボランティアであるPTAに
参加しないほうがいいのである。会費の意味合いもおかしい。
子供たちの学校生活をより良くする為にお金を寄付しているはずなのに
公平性ばかり気にして自分の子の為のお金を出している感覚になっている。
本来は、子供たちの親が会員に入ってようが入ってまいが関係なく子供たちの学校環境の
為に寄付しているはずだ。それなのに、あの子の親は会員に入ってないのに
恩恵を享受しているという差別の垣根になってしまっている。


≫ 朝日新聞記事「任意加入 周知に波紋」 | 魔金(まか)不思議な保護者とPTAの関係
  http://ghost.kyouiku.main.jp/?eid=121

PTAが今のままでいいと思っている方たちは、
「学校施設内でPTAは活動して当然」と錯覚しているのではないでしょうか?
PTAは社会教育関係団体であり、ボーイスカウトや将棋クラブなどと同列の団体です。


PTAは学校長の許可を得て、学校内で活動させてもらっている立場なのです。


PTAの事で「任意団体であること」を説明する際に、ここから話を始めなくてはならない事が多いですね。
行政施設である学校において子どもを対象に寄付やPTA行事に参加できるかできないかなど常識で考えても分かりそうなものですが…。
仮に会員の子どもだけを対象に寄付する事は難しいだけでなく、PTAの主旨に反しますよね。

常識ある学校長であれば許可するわけありません。
こういった事が本当にあったなら、保護者としては校長、PTA会長に説明を求め、役所の教育委員会ではなく人権を担当している課に相談するといいでしょう。


 公立学校を見たときに少々乱暴な表現かもしれませんが、公立学校は役所の支所や出張所と同じです。支所の所長に当たるのが学校では管理職である学校長です。
管理職である校長は教壇に立つ事が出来ません。(学校の先生とは言えない?)
寄付などから問題に発展すること、人権問題になる等、校長としても、公務員としても、最も問題にされたくない事柄だと思います。


入退会自由を周知したら、PTA会員減って衰退してしまうのでは?

そもそも、「会員数が減る = 活動の衰退」ではないと思いますよ。PTAの考え方に合わない人、不満がある人、とても忙しい人がPTAからいなくなります。やる気のある人、PTA活動に賛同の人だけになるわけです。余分なものが削ぎ落とされて、よっぽどスムーズに事が運ぶようになるでしょう。イメージとしては、100kg超ある肥えすぎで成人病の人が、スッキリスリムで健康になるような感じです。活動が衰退するどころか、活性化するように思います。PTAのイメージも良くなります。今よりずっとステキなPTAになるでしょう。

たとえば、アメリカのPTAは入退会自由を明示しており、全国全世界の子供たちの環境向上のためにガンバってらっしゃるそうです。アメリカPTAの加入率は2~3割らしいですが、加入率10割の日本のPTAと比べてどうでしょうか? どちらが、より、いい仕事をしてそうですか? 「日本のPTAのほうが、絶対いい仕事してる!」って言い切れる人、どれくらいいるのでしょうか?

つまり、「会員数の減少 = 活動の衰退」ではないわけです。
 



「衰退化するかも?」という心配を、「いい意味での危機意識」ととらえてほしいのです。そうすれば、PTAの問題点も減っていき、意義ある活動に置き換えられていくことでしょう。逆に、衰退を心配して「このまま」を選んでいては、問題を抱えたまま、入退会自由ということだけが知れ渡り、会員が徐々に減っていくジリ貧になりかねません。

現在、任意加入を表明しているPTAが17%あるということですが、圧倒的多数が90%以上の加入になっています。よっぽどひどいPTAでないかぎり、表明しても大丈夫といえます。
任意加入を表明しているPTAでも、いまのところ、加入率が50%以下になったところがあるという話は聞きません。任意のボランティアなのですから、50%あれば、とんでもなく、ありがたいことだと思います。

仮に、半数以下になって、さらにどんどん会員数が減っていったとしても、それだけ「PTAはそれほど大事ではない」と考える人が増えているということです。
活動は、会員数に合わせて、身の丈にあった活動に変えていけばいいでしょう。むしろ、身の丈にあわせた活動ができてない今の状態のほうが、おかしいのです。だから、負担が大きく、いろいろな弊害が出ています。

家庭だって、収入が減れば、それに合わせて、支出をスリム化して、身の丈にあった生活をするでしょう。それと同じで、会員数が減れば、それに合わせて、支出や活動内容をスリム化し、身の丈にあった活動をすればいいのです。
スリム化を嫌がり、ただただ「衰退はイヤ」というような団体が、「子供の健全な教育」にふさわしい団体かどうか考えてみてください。

本当に衰退したくないと思うなら、もっとPTAを意義ある活動と思ってもらえるように、工夫をしていくことが大事でしょう。「PTAの本来の崇高な理念をアピールし、PTAがどんな団体か正確に知ってもらう」「負担を減らしたり、参加しやすい工夫をする」ということが必要でしょう。それもせずに、ただただ、「強制」「負担」だけをおしつけることは不健全です。それでは、保護者の支持が離れていくのは当然です。

衰退を恐れるあまり、「PTAの任意加入を隠す」ということは、それこそ本末転倒です。「会員や子供のためのPTA」ではなく、「PTA存続のための会員」ということになります。PTAの任意加入を隠すと、会員意識の低い「名ばかり会員」が量産されます。PTAの会員意識が低いという嘆きはよく聞く話ですが、それにも関わらず隠すというのは、「会員の数が目当てなのね。つまり、会員のお金と労力と体裁だけが目当てなのね。」と思われても仕方がありません。おまけに、「目的のためならば他人をダマすこともOK」というような人生姿勢を、子供に教えることになります。そのような姿勢のPTAに存続の資格があるように思えません。
PTAのない学校だって、特に困ることもなく運営されているのですから、PTAが衰退しても、何も困ることはないでしょう。

「会員数が減る衰退」よりも「問題を抱えたままのジリ貧」を心配したほうがいいのではないですか? せっかくPTA理念はすばらしいのですから、本来のマトモな姿にたちかえって、ステキなPTAを目指すのが、関わる全ての人のためであり、真に子供たちのためだと考えます。

入退会自由を周知したらPTAがなくなってしまうのでは?

衰退することはあっても、完全になくなってしまうことは考えにくいです。
PTAがなくなるということは会員が10%以下にまでなるということでしょうし、そこまでいくことはないと思います。仮にそこまでいけば、それくらい保護者の支持を失っているということですし、別にかまわないのではないでしょうか。
PTAは有志の集まりですから、たとえ一人でも、やりたい人がいたらPTAは存続しますし、人数が少ないほうが、かえって本来の健全な活動がしやすいかもしれません。

入退会自由を周知したら、サボろうというズルイ人が出てくるのでは? そんなの不公平。

この質問をしてくる人って、ホントに多いんです。
その分、丁寧に答えようと思い、やたら長文になってしまいました。初めの方の項目や、見出しだけ読んでいただければ十分です。もちろん、「納得できない!」という方は、納得できるまで、じっくり読んでいただいたほうがいいでしょう。

▼ PTAは有志の集まりです。

まず、根本的なところを理解していただきたいのですが、PTAは「生涯学習サークル」+「ボランティア団体」ということです。自主的な善意にもとづいた、有志の集まりです。

だから、「PTAに意義を感じる人はやればいいし、意義を感じない人はやらなくていい」のです。

だから、やらない人に対して、『サボろうとしてる!』と責める発想が、おかしいのです。やらないから責めるなんて、、、PTAは圧力団体なのですか?
一般の文化サークルやボランティア団体で、やらない人に対して、『サボろうとしてる!』なんて責めますか?

「こんなに楽しいのに、やらないなんてモッタイナイ!」というのなら、わかりますが。

それだけ、今のPTAが歪んでいるということでしょう。

PTAは周知してようがしてまいが、入退会自由なのは事実です。善意のボランティア団体ですから、どんな理由であっても、加入しないことになんの問題もありません。新聞購読・サークル活動・一般ボランティアの勧誘を断るのに、理由がいらないのと同じです。アメリカのPTAでは、単に「やりたくない」で、入らなくてOKです。これがアタリマエです。

たとえ「めんどくさい」であっても、立派な理由です。なにかで、疲れてらっしゃるのかもしれません。なにか事情があって、本当の理由を言いたくないだけかもしれないのです。

だから、どんな理由であっても、OKなのです。理由はいらないのです。

「やらない人がいるのはズルイ」ではなくて、「人数が減ると、困る」というようなシステムにしているのが良くないのです。どんな人数でも大丈夫なシステムに、じょじょに変えていくのがいいでしょう。


「サボろうとしてる! ズルイ!」という視点では、「やってくれた人」に対しても、せいぜい、「ノルマをこなしてるだけよね」と思うだけでしょう。本当に感謝するなんて、できないのではないですか? 

「やらない人に対して、批判する」よりも、「やってくれた人に対して感謝する」の方が、精神衛生上もいいでしょう。
普通の文化サークルや、ボランティア団体では、それができてますよ。


▼ 『ヤラナクチャイケナイ』という信念を持っているのでは?


自分が苦労して一生懸命がんばっているのに、すぐ横で「なーんにもしない、サボっている人」がいたら、誰だって、すっごく腹が立つ!

そういう意味で、「サボろうとする人が出るのはズルイ」と思ってらっしゃると思うのです。


それって、PTAのことを、
『こどものために、がんばらなければいけないこと。少々苦労しても、やらなければいけないこと。』

なんて、思ってるんじゃないでしょうか。

『PTA活動ははゼッタイ必要!』『ヤラナクチャイケナイ!』
そんなふうに考えているから、
なかなか根本的にPTAの負担をスリム化できなかったりするのです。

「おこづかい」が減ろうとしているのに、『ゼッタイ必要だからお金を使うの減らしたくない! おこづかい減るのが悪い!ズルイ!」といってるようなものです。


「PTAのない学校」だって、支障なく運営できてます。むしろ、大人がイキイキしているようですよ。そのほうが、子供にいい影響与えているのではないでしょうか。

だから、PTAは『絶対にヤラナキャイケナイ』ものではないのです。安心してください。

PTAは、
『こどもの幸せをテーマに、親同士が一緒になって考えたり学んだりする生涯学習サークル的な楽しい学びの場』
なんですよ。
別に必要なことではないし、やってもやらなくてもいいんです。
辛い想い、しんどい想いをしてらっしゃるなら、むしろ、やらないほうがいいんです。



他人に対して「ズルイ」と感じるということは、、、

ご自分がPTAに対して「楽しくない」「無理にやらされてる」と感じているということではないでしょうか。
もしくは、「絶対にやらなければいけないもの!必要なもの!」という強迫観念があるのではないでしょうか。

自分の気持ちの整理をしてみることをオススメします。

その結果によって、PTAをいい方向に変えるのを手伝ったり、ご自身も辞めることを検討する方が建設的でしょう。


自分は、本当はどうしたいのか?
どんな形のPTAで活動したいのか?
PTAをやりたいのか? 本当は辞めたいのか?

他人の生き方を気にするより、まず、ご自分の気持ちの整理が大事です。


▼ 本当に必要な人に『逃げ道』与えるほうが大事

「サボる人が出るのはイヤ」といいますが、今の段階ですでに、PTAが入退会自由を明示しなくても、PTAから脱出する人はいますよ。

・ お金持ち (PTAの無い学校へ子供を行かせることができるから)
・ PTA知識が豊富な人
・ 胆力のある人、気が強い人 (人の陰口を気にしない)

このような方々は、入退会自由を明示しなくても、PTAから脱出できます。
(本当は誰でも脱出(退会)可能なんですけど、実質上は、ということです。)

ネットの普及で、入退会自由であることやPTAの実態がバレているので、ちょっとずつ、このような人が増えているようですね。

でも、本当に逃げ道を必要としている人は、PTA入退会自由を明言しないと、なかなかPTAを脱出できないんです。
PTA活動に極度のストレスを感じる人には、『逃げ道』を与えてあげることが必要でしょう。

【PTA活動に極度にストレスを感じる人々】
・ PTAの在り方が不満な人、疑問を抱いている人
・ PTAと考え方が合わない人
・ 病気を抱えている人
・ 仕事、介護などで忙しい人。手際の悪い人。
・ 真面目すぎる人、責任感が強すぎる人
・ 人づきあいがとても苦手な人
・ 気が小さい人
・ なにか他人に言えない事情がある人

これらの人も含めて、全員が入退会自由としたほうが、公平でいいでしょう。

少々、「サボろう」という人が多くなったとしても、『本当に必要な人に、確実に、逃げ道を与える』方が、はるかに大事と思われます。

「サボろう」という人を一人でも減らすために、「本当に逃げ道が必要な人に、逃げ道を与えない」ほうが、よっぽど問題だと思いませんか?
PTA活動で、極度のストレスを感じ、心身を病む人が出てきた場合、あなたは責任がとれるのですか? とれないでしょう。

入退会自由を明示したからといって、「辞める人」が続出するわけではありません。
「逃げ道」を与えるということは、逃げ道があるという安心感、「イヤだったら、いつでも辞めれる」という安心感を与えてあげられます。これが大きいのです。

救命ボートは、必ず使うわけではありません。でも、救命ボートが無いより、ちゃんと用意されている船のほうが、安心して乗ることができます。


▼ PTAが負担が大きすぎることが問題
PTAの負担が大きすぎるので、加入しない人がでるのでしょう。「サボろう」というよりも、PTAが大変すぎるから入らないのです。それは、自然なことです。
いまの社会状況では、生活していくだけでも大変という人が多いのに、多くのPTAはその事情をくもうとしないのです。そして、PTAはボランティア団体としては、とてつもなく負担が大きいというのも事実です。
役員の月平均労働時間は30時間以上。会費は年に数千円。一般ボランティアで、これだけの負担をしますか?
これだけの負担は、善意のある人でも、まず断るようなレベルです。

「家事」+「育児」+「パートなどのお仕事」
をしている人に、ここまでの負担を背負わせることのほうが、おかしいと感じるくらいです。

これだけのことを要求しているのですから、「辞める」人が出ることは、自然なことです。ズルイことではありません。

「できる人が、できるときに、できるだけ」というPTA原則があるようです。それを無視しているPTAの方が問題あるのでは?




▼ 「サボろう」は悪いことじゃない

「サボろう」というのは、別にズルイことではないと思いますよ。ほんとにやらなくてはいけないことは、もちろん、やったほうがいいんでしょうけど。PTA活動に意義を感じる人と感じない人がいます。「やりたくない」と思う人がいるのは当然で、自然なことです。いいかえれば、「もっと自分に合った有意義なこと(休息も含めて)をしよう」っていうことですよ。

ものすごく、イイコトじゃないですか。

お母さんが幸せでニコニコしてるのが、子供にとっても、すごくイイコトだと感じますし。


イヤなこと、自分に合わないことを無理にやって、ブスッとしてたり、疲れた顔してるよりかは、よっぽど、子供と周りにいい影響を与えるんじゃないでしょうか。

心配してなくても、ホントにやらなくちゃ生きていけないような、最低限のことは、みんなやってます。

それを、無理やり、ダマしてでも強制してやらせるというほうが、よっぽど暴力的に感じます。


▼ 「ダマす」&「無言の圧力」&「強要」していいという理由にはならない

「入退会自由を明言すると、サボる人がでてくるからイヤだ」
というのは、つまり、、、

サボろうというズルイ人が出てくるのがイヤだから、「ダマす」&「無言の圧力」という手段をとる。

ということだと思われます。

これって、どうなんでしょうか…。

★ 別にやってもやらなくてもどちらでもイイコトを「サボろうとする」
★ 「ダマす」&「無言の圧力」&「結局、強要する」


どちらが、より、ひどいことなんでしょうね。

個人的には、後者のほうが、よっぽどヒドイことをしているように見えます。


「アイツが、うちのマンガを勝手に読もうとしたから、おもいきり殴った」というのと、同じようなかんじじゃないですか?

「そりゃダマって読むのは失礼だし、断ってから読んだほうがいいんだろうけど、マンガくらい、勝手に読んだっていいじゃない。殴るほどのことか??」って感じがしますね。


『ヒドイことをされそうだから、先に相手にヒドイことをして、相手を縛ることで防止する』
というロジックは、悲しいものがありますね。

こういうことを、「こどもの健全な教育を考える団体」がするというのは、本当に歪んでいます。

「サボろうとする人が出るのがイヤだから、ダマしてもいい」
ということには、ならないでしょう?

相手の人権をふみにじっておいて、「サボろうとする。ズルイ。」なんて言えないと思いますよ。


▼ 『異なる考え方』を認めようとしない。不寛容。

世の中、いろんな考え方の人がいるのです。

産経新聞のアンケートでは、「PTAは必要か? NO42%」だったようです。
PTAがあまり大事と考えない人が42%いらっしゃるということでしょう。この人たちがPTAに加入しないのは、別に構わないのではないですか?

PTA活動を大事とおもう人もいれば、大事と思わない人もいるのです。

ご自分がPTA活動を大事と思うのは問題ありません。それを、他人にまで押し付けるのが、問題なのです。

自分は自分で、PTAに必要性を感じる人だけで、PTA活動をやればいいではないですか。
やりたくない人まで、「サボろうとしている」と責めて、入退会自由であることを隠してまで、押しつけようとするのが問題なのです。

「PTA活動に必要性を感じない人」は、「PTA活動に必要性を感じる人」に対して、「ムダなことだから、やめろ」なんて、押しつけたりしないのではないですか?
「やりたくない人」は、ただ、自分が辞めたいだけなのです。自分がやりたくないからって、「必要性を感じる人」まで、辞めさせようとはしません。ココが、大きな違いなのです。


「必要性を感じない人」は「必要性を感じる人」の価値観を認めています。
「必要性を感じる人」は、「必要性を感じない人」の価値観を認めようとしません。

これこそ、とんでもなく、「不公平」ではないですか!

現状、いろいろと不公平があります。
それぞれの考え方があるのに、「必要性を感じない人」の意見は無視して、「前の年と一緒がいい」という人の意見だけ尊重されるのは不公平でしょう。
役員に当たる人と当たらない人がいる現状は、きわめて不公平でしょう。

そんな不公平があるにも関わらず、それは無視して、

「サボろうとする人がでるのは不公平。ズルイ。」
というのは、本当に歪んでいると感じます。

自分の価値観だけ、大事にしていて、異なる価値観を全く認めようとしていません。

そんな場は、とても息苦しいし、子供の価値観に悪影響を及ぼしているのではないでしょうか。
「自分と違う価値観の人間は、批判してもいい。いじめてもいい。」
そんな価値観を、子供に、植えつけていませんか?

『世界に一つだけの花』の歌詞を覚えていますか?

それぞれの色や価値観を認めるということが、教育上でも、とても大事なのです。

さて。それぞれの事情や価値観の違いを含めて、本当の意味で平等にするには、入退会自由化と、「できる人が、できるときに、できるだけ」を実現するのが一番です。

本当の、善意のボランティア団体になることが、本当の意味での平等です。全ての人にとって、Win-Winです。負け組がいません。皆にとってハッピーな状況ができあがるのです。いいと思いませんか?


▼ 見えない「不信」の表れか?
「サボろうというズルイ人が出るのはイヤ。不公平。」
そんな意見がくるたびに、「お母さん方って、一見、仲が良さそうにみえるけど、本当はお互い信用してないのではないかな?」なんて感じます。

本当に信頼しあってれば、「入退会自由OK。忙しい人や考え方合わない人がいるのはアタリマエ。できる人が、できるだけ、がいいよ。風通しもいいし。」という意見が多くなるはずなのです。

それなのに、「サボろうとする」「ズルイ」「不公平」という意見が多いのは、結局、お互いを信頼してないんじゃないですか?

なんというか、悲しい現状です。

『PTAはヤラナキャイケナイ』という考え方が、負担の増大を呼び、お母さん方の間の見えない不信とギスギス感の温床になっているのでは…。だから、「サボろうとする人が出る」「ズルイ」「不公平」という考えが出てくるだけで、根本的な解決をしようとしないのではないですか?

「親同士の親睦を深める」も、PTAの目的の一つなのに、逆効果になっているような気がしてなりません。

そして、そんな場は、子供にも悪影響を与えかねません。

お互いが、お互いを縛りあうのは、もう、やめにしませんか?

お互いが信頼できる場にするためにも、「入退会自由化」「できる人が、できるとき、できるだけ」の大原則は、やはり必要です。そうでなければ、不信と文句の温床になってしまうのです。

たとえば、豪華客船の旅を楽しんでいても、救命ボートが少ししかなければ、乗客たちは、お互いに、疑心暗鬼になるでしょうね。『いざというときに、先を越されないようにしないと』なんて、心の底では思うはずです。救命ボートが十分にあれば、安心できる楽しい船旅になるでしょう。

▼ 合わない人は出て行かせたほうが得
仮に「さぼろう」という人やPTAと考え方が合わなくて出ていきたい人がいたとしても、そんな人は、出ていかせてあげたほうが、PTAのためでもあると思います。

普通のボランティアサークルだって、将棋部やテニス部だって、そうでしょう? そこに「すごくイヤがっているのに無理やり活動させられている人」が一人でもいたら、雰囲気がすっごく悪くなります。恨みも買います。そんなサークルは評判も悪くなっていくでしょうね。

素直に出て行かせてあげたほうが、余計なものが削ぎ落とされて、よっぽどスムーズに事が運ぶようになり、ステキなPTAになりますよ。やりたくないという人まで、わざわざ無理につなぎとめておこうとするから、「人をダマす」とか「問題を抱えたまま」になっているのです。そして、わざわざ加入してくれている人に感謝もできなくなるのです。

PTAのイメージや評判が悪いのも当然です。


繰り返しますが、
加入しない人を批判することは、「人間としての学びと成長」「健全な教育環境づくり」という理念と全く相反するものだとおもいます。


加入しない人を批判するよりも、加入してくれた人に感謝するという方向で考えてみませんか?

怖くて、とても「PTAに入らない」なんて言えません!

PTAに加入しないというのは、日本では大変なストレスをともなうもののようです。
「村八分のようにされるのでは」
「子供がイヤなおもいさせられるのでは」
そのように考えてしまい、無言の圧力を感じ、「イヤ」といえないのです。
本当はそのように考える必要はないようです。じっさい、辞めた人は全国にはたくさんいますが、特に不都合はないようです。辞めるときこそ、役員さんなどに色々いわれますが、その後は特に何も言われません。子供がいじめられることもありません。1ヶ月もすれば、「思い切って辞めて良かった!」と思う人が多いようです。本人の気持ちの問題です。

(私が知らないだけで、不都合がある場合もあるかもしれません。なにごとも「絶対」はありません。)


「あの人変わってるわね」など、少々いわれることは避けられないでしょうが、その程度のことは別にいいのではないでしょうか。
役員や委員を、しかたなしにやったとしても、文句を言われたり仲間はずれにされたりするケースも、わりとよく聞きます。PTAを辞めなかったからといって、PTAの仕事をしたからといって、文句や陰口を言われないというわけでもないのです。むしろ、よけい、辛い思いをするケースもあるのです。


どうしても、PTAをやめたくても怖くてやめられないのであれば、とりあえず役員さんなどに負担を軽くするお願いをしてみてはいかがでしょうか。
善意のボランティア団体ですし、PTA活動は「できる人が、できる時に、できることをする」がベースです。
そのお願いすらも一蹴するようなPTAであれば、PTA本来の理念から全くかけはなれた存在ということになりますね。そのことを理由にすれば、罪悪感が薄れるので、退会しやすいかもしれません。PTAの本来の理念から大幅に外れた団体など、入る価値はないと思いますので。


【参考リンク】
≫≫ PTA退会、役員辞退の方法カテゴリ


PTAに加入しないなんて、子供のこと考えてない人なのでは?

いまの時代、生きていくだけで大変という人はいっぱいいます。自分と子供が生きていくために働いたり、学校へ行かせているだけでも、大変なことです。虐待をしているような方は別として、普通に子供を育てているというだけで、本当に素晴らしいことです。それだけで、本当に立派な親御さんだと感じます。それ以上を求めるというのは、酷ではないでしょうか。

日本は少子化ですから、子供を生み育てているだけで、すごい社会貢献もしているということでしょう。そういうことは、認めてあげないのですか?


わたしは図書館に本をいっぱい寄付したことがあります。図書館はボランティアもときどき募集してます。では、図書館に本を寄付しない人やボランティアしない人は、全員、図書館のことを大事におもっていないのでしょうか?

PTAのない学校の人は、全員、子供のことを考えてないのですか?

「親がPTA活動熱心で、家庭をかえりみず、すっごくイヤな思いをした。」という友人が実際にいます。ネットでもそのような声はよく聞きます。
PTA活動してるほうが、子供のためにならないことも、あるということです。

PTA活動してるしてないは、子供のこと考えてる考えてないに関係ないでしょう。

PTAの目的の一つが、「保護者同士の親睦を深める」です。人間として学び成長するのが目的のPTAで、異なる価値観の人を認めず批判するということ自体がおかしな話です。批判しあうより、お互いの価値観を認めあい尊重し、仲良くやっていくほうがいいのではないでしょうか。そのために、PTAはあるのではないのですか?

学校・PTAに子供がお世話になっているのだから、加入するのはアタリマエでは?


「学校やPTAに子供がお世話になっているのだから」


というフレーズは、じつによく耳にします。

法律の上では、強制力がないのはわかってるから、
モラル的に、相手を縛ろうということなんでしょうね。


一見、かなりの説得力をもっているように見えます。



しかし、このフレーズを聞くとき、いつも疑問に思うことがあります。


「はたして、この人は、PTAの無い学校へいったとき、
 ご自分がPTAをつくってまで、PTA活動をするのだろうか?」
そんなふうに考えます。


「学校にお世話になっていて、その恩を返すのにPTA参加は不可欠」と、本気でおもってらっしゃるなら、自分でPTAをつくってでも、参加するでしょう。

しかし、そんな人は、ほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。




【PTAアンケート結果】
産経新聞2009/05/28 より抜粋
【私も言いたい】「PTA改革」 「必要」「プラス」50%台
今回のテーマ「PTA改革」について、26日までに655人(男性433人、女性222人)から回答がありました。「PTAは必要」「子供の教育や親にプラスになる」との回答はともに50%台。「組織改革を行うべきだ」は9割以上に上りました。
 (1)「PTAは必要と思うか」  YES→58%、NO→42%
 (2)「子供の教育や親自身にとってプラスになるか」 YES→52%、NO→48%
 (3)「何らかの組織改革を行うべきか」 YES→95%、NO→5%


こんなアンケート結果も出てますし、「学校にお世話になっているのだから」とよく言われるわりには、「不要」と思っている人が意外と多いのです。
また、「何らかの組織改革を行うべき」と思う人が95%もいらっしゃるということは、いまのPTAには色々と問題があるということでしょう。



つまり、学校や社会にお世話になっているからといっても、本気で、PTA活動に自信をもっている方など、ごく少数なのではないでしょうか。



学校・社会に受けた恩を返すため、絶対に、PTA活動する必要性など、ないわけです。
ほかに、いくらでも、学校や社会に恩を還元する方法は、あるわけです。

「なぜ、PTAだけを、そんなに推してくるのかな?
 ほかのボランティアにくらべて、
 そこまで、PTAって、いい団体だったかな?
 むしろ、かなり問題・弊害の多い団体じゃないのかなあ?」

と、いつも、思います。



世の中、多くのボランティア団体があり、なんらかの形で色々とお世話になってると思います。それらのボランティア団体が「お世話してるし、恩恵もあっただろう?なにかお返ししろ!」と言ってきたらどう思いますか?
そんなボランティア団体は、もはやボランティア団体とは呼べませんね。その団体に対して、とても不信感と反発を抱きます。

たとえば、うちの地区では、学校も幼稚園も、ボランティアを募集しています。幼稚園では「図書貸し出しボランティア」なるものがあり、有志のお母さん方がやってらっしゃいます。市の図書館も、ボランティアを募集しているときがあります。
もし、その方々が、

「あなたのお子さんは図書ボランティアのお世話になってますね? なら、あなたも図書ボランティアやって当然でしょ!やらないなんて、恥しらずだわ。もし、やらないのなら、あなたのお子さんは図書ボランティアの利益を受けられなくてもいいわよね?」

なんておっしゃったとしたら、、、どう思いますか?

そんなこと言う人がいたら、みんな、ものすごくビックリするでしょう。
「まさか、そんなことを言うボランティアがいるなんて!」と、思うでしょう。

おそらく、そのボランティアの方は、まわりから信用を失うでしょう。

とても、恥ずかしい発言だとはおもいませんか?

PTAは、同じような発言をしていませんか?



「学校やPTAにお世話になっているのだから、加入するのはアタリマエ。入らないで、恩恵だけ受けるなんて、恥知らず。」というのは、それを言うことのほうが、ものすごく恥ずかしいことではないでしょうか。

PTAが会員制サービス業者なら、話はわかります。

でも、PTAはボランティア団体なのですけれど・・・。



また、学校のお世話になっているというなら、役所にも病院にもスーパーにもお菓子メーカーにもゲームメーカーにも、ありとあらゆる人と会社にお世話になっているはずです。では、それら全てに労働奉仕するのですか?なぜ、学校やPTAだけなのですか?


家族が老人ホームのお世話になったら、そこの関連団体に入り、労働奉仕をして当然なのでしょうか?


それをしない人は、「家族がお世話になってるのに、恩知らずの、どうしょうもない人間」ということなんですか?


また、

アメリカのPTAは加入率20%だそうですが、、

アメリカの学校に行ったばあい、
PTAに入ってない人の80%に対して、
「こどもがお世話になってるのだから、
 入って当然でしょう?」
と、言えるのでしょうか??

言えないんじゃないですか?

(日本のPTAでも、
 加入率が80%くらいのPTAなら、
 言えないんじゃないですか?)

アメリカじゃ言えないとしたら、
いま日本では数の上で
圧倒的に多数派だから
数の権威でもって、
「こどもがお世話になってるのだから」
と、言ってるだけに
すぎないってことになりますよね。
本心から、そう言ってるわけじゃないって
ことですよね。




「PTA活動に恩恵を受けているのだから、PTAに参加するのは当然。やらないのは、恥知らずで恩知らず。」


このような持論を展開することのほうが、よっぽど、恥ずかしいことに思えるのですが…、いかがでしょうか。




別に、他のボランティアや慈善活動でも、十分にPTAに所属する方々や社会全体に恩恵を返しているのではないですか?


お仕事して働くということも、ものすごく立派な社会貢献だと思います。

幼稚園の先生、学校の先生、農家の方々、パン屋さん、公務員の方々、野球選手、漫画家、主婦、、、、


お金を稼ぐため、自分のために働いてらっしゃるとはおもいますが、それだけではないでしょう。どんな職業も(犯罪的職業は除く)、社会の役にものすごく立っています。働くこと自体が社会の役に立っていますし、お給料の中から、税金も払ってらっしゃいます。ものすごい社会貢献ですよね?

日Pさんは、税金から、ずいぶんと補助金をもらってらっしゃるようです。ということは、税金を払っているというだけでも、PTAに恩恵を与えているということでは?


少子化の日本でもありますし、子供を産み育てているだけでも、ものすごく立派な社会貢献だともおもいます。
こどもを育てていると、まわりに迷惑をかけることも多々あります。しかし、同時に、ものすごい社会貢献もしているのです。

学校に恩をうけているのは確かですが、こどもたちが少なくなったら、職がなくなって一番困るのが学校であり先生です。
すでに、おたがいに、助け合っているのです。



「学校・PTA活動に恩恵を受けているのだから、PTAに参加するのは当然。やらないのは、恥知らずで恩知らず。」
という言葉は、

ものすごく悲しい言葉だとおもいます。

とても傲慢にもかんじます。


せっかくの善意を、

義務・強制に変えてしまっています。



さらに、、、
今のPTAは確かに恩恵もある程度受けますが、弊害も大きいと思いますので、「お世話になってるだろ!」なんて、あまり大きなことは言えないのではないでしょうか。


世の中いろいろな考え方や事情があります。PTAの考え方、やり方に賛同できない人も、忙しくて都合のつかない人もいるのです。子育ての忙しい時期が終わった後で、PTA以外のなにか世の中に役立つことをそれぞれのできる範囲でやれば、それでいいのではないですか。それが、なによりの「お返し」でしょう。「できる人が、できるときに、できる範囲で」がPTAの考え方の基本ですから。



・・・。


ここで終わってもいいのですが、
もう少し、個人的な意見を言わせていただきます。


PTAにお世話になっているといえば、なっているかもしれません。

PTAのおかげで、PTA行事は増えますね。夏祭りとか。
でも、いまの子供にとって、そんなに魅力ある行事に思えません。
さらに、その行事にかかる労力コストは莫大で、そんなにコストはらうくらいなら、個々の家庭で、ハイキングにでも行ったほうが、よっぽどいいのではないかと思っています。
100円の板チョコに、1000円くらいかけているような感覚です。


記念品の類もそうです。
卒業式にくばられる紅白饅頭や鉛筆セットといったもの。ほかの機会にも、いろいろ配られます。
しかし、いまどき、各人で格安で買えます。
PTA非会員であっても、実費を出せば、同じように配ってくれるところが多いそうです。
(出さなくても、配ってくれるところもあるようです。)
しかし、それらがPTAの恩といわれても、、、自分で買ったほうが、自分の好みのものが買えますし、よっぽどいいかもしれないのです。。


交通指導も、毎日やっているわけではなく、たいていのところは月一回程度です。
ほんとに危ない道なら、毎日やらないと、意味がないのでは??
月に一回程度、見守っていてくれていても、他の日だって、なんにもないのだから、効果があるのかどうかは、はなはだ疑問です。
危険箇所だって、個人で行政に申したてできます。


運動会行事のお手伝いなどは、PTAの恩恵があると思いますが、PTAより、その都度ボランティアを募ってやってもいいんじゃないでしょうか。そのほうが、圧倒的に、気が楽です。


学級のことは、クラス懇談会で十分な気がします。


イジメなどの問題でも、PTAが役に立ったということ、ほとんど無いのではないでしょうか。



いま挙げた活動はマシなほうで、「めちゃめちゃ無駄なんじゃない?」といわれているPTA活動は、かなり、あるようです。



むしろ、いまの状態のPTAでは、PTA活動がないほうが、いろいろ心労や軋轢が少なくていいんじゃないかと思うのです。

もしかしたら、わたしが知らないだけで、すごい恩恵のある活動をしてらっしゃるのかもしれませんが…。(かなり調べましたが、これといった活動は見つかりません。)



そんなに「お世話になってるだろう!!」と大声で言える活動って、みあたらないのです。



これは、個人的な価値観ですので、人によっては、ものすごいお世話になってるように感じる方もいらっしゃるのでしょう。

すくなくとも、わたしの価値観では、「たしかにある程度のお世話にはなってるけど、なくても困らない。」くらいなのです。


PTAの物品や行事がほしいわけではありません。
あまり、それらに魅力を感じません。


ただ、学校のカリキュラム内で、他の子と差別するような扱いをしてほしくないというだけです。


たしかに、ある程度、お世話になってはいますが、弊害のほうが大きいと感じます。

恩恵が全く無いわけではないので、感謝はしますが、それを盾に「お世話になってるだろう!」「やってアタリマエ」と言われるのは、納得できないのです。




『参考リンク』
→ 「必要(NEED)」と「オプション(WANT)」の区別をつけよう

岩竹美加子さん「国家の装置としてのPTA」 国立歴史民俗博物館研究報告・第132集 より抜粋。
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私が学校に望んでいるのは、『安心して静かに学べる場』です。
それすら危ぶまれているのに、町会とのつきあいのもちつきなどなくてもけっこうです。

町ぐるみ運動会、バスハイクも歩こう会もラジオ体操も講演会もいりません。

しっかりとした授業があり年1-2回の遠足があり、
休み時間に子供達が仲良く遊べればいいのではないでしょうか。

なぜそれ以上母親が時間をけずってPTAの仕事をしなければならないのかわかりません。

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学校には確かにお世話になっています。


PTAに所属し活動することが、
学校および社会全体に恩を返すことになるとは思えません。

PTA活動による学校・社会に対する恩恵・還元もありますが、
弊害・問題のほうが、はるかに大きい団体だと感じているからです。



総合的にみると、
PTAに所属し活動することは、
学校・社会に恩義を返すことにならないばかりか、
かえって社会に対するPTAの弊害・問題を助長することに、
協力してしまうことだと
考えています。


PTAに所属・活動するよりも、
その分の労力・お金で、
別の募金・ボランティア・本職に励むことのほうが、
社会全体、ひいては学校に恩義を返すことになると感じています。



また、子育て世代というものは、
外に働きに出ている出ていないにかかわらず、
総じて、ものすごく忙しい時期です。
時間的経済的余裕が最も無い時期なのです。
そのような超多忙な時期に、無理して恩義を返す必要性はないでしょう。
PTAで無理して心身を病む事例もよくあるそうです。
年金暮らしになるなど、時間的経済的余裕ができてから、
恩義を返すという気持ちでいるほうが、建設的だと思います。
時間的経済的余裕のない保護者同士による「役」の押し付け合いという、
人間関係の軋轢・トラブル・ギスギス感・精神的苦痛を、
防止することもできます。
(「役」の押し付け合い、強制といった大人の姿、
 こどもに見せたくはないです。
 教育上も非常によろしくないのではないでしょうか。)


PTAはボランティア団体ですし、
本来なら、ボランティアは、
経済的時間的精神的に余裕のある人だけができるものでしょう。


シングルマザーの方や、外に働きに出てて超多忙の方にまで
強要しているのは、どう考えても、おかしいです。



これは個人的意見ですので、


「PTA活動で学校・社会に恩義を返したい」
と思う方は、大いに活動されるといいでしょう。



自主的に、

「学校にお世話になっているのだから、恩義を返したい」

と思う心情は、非常に美しいものであると感じます。



しかし、それを他人に押しつけようとすると、
とたんに、「美しいもの」から「醜いもの」に
変わるのではないでしょうか。

「善意」が、「強制・非難・責め合い」になります。



「学校にお世話になってるのだから」
は、自主的に思うから美しい心情なのであって、
他人に押しつけ、無理強いしても良い
という概念ではないでしょう。
他人に押しつけると、
自主性や多様性の尊重・思いやり・寛容・誠実さ
といった概念から遠ざかります。
お互いに信用をなくす原因ともなります。


役決めのときの雰囲気が、顕著に物語っています。


非常に息苦しいのです。


かえって、
人間関係をギスギスさせている要因に
なっているのではないでしょうか。



「学校にお世話になってるから」
と自主的に思う気持ちで善行をつむなら、
それは、自分の気分もよく、
すばらしい経験になることでしょう。

でも、他人に
「学校にお世話になってるんだから」
と、義務を強調して言うやり方は、
非常に息苦しいです。
おなじ善行を積むなら、
気分良くできるほうを選びたいと思います。




【こうであるべき理論】で、
お互いを縛りあうのは、もう、止めにしたいものです。



「学校にお世話になっているのだから」
自覚無く使ってらっしゃるかもしれませんが、
そのような言葉が、他人を追い詰めることになります。
息苦しい社会を形成する一端に
自分自身が加担することになってしまいます。


じっさいに、
「学校にお世話になっているのだから」
という言葉のため、
「PTA活動したくないと感じる私が悪いのだ(自責)」

「PTA活動をさぼろうとしているあの人はずるい。(他責)」

「PTA活動をしなければ、
 当然の義務をサボる人間とみなされ、
 こどもに差別・迫害を加えられるかもしれない。(不安)」

と感じて、苦しむ人は、いらっしゃるでしょう。



PTA活動に苦痛を感じ、心身を病む人は、
たくさん、いらっしゃいます。

PTA活動で強いトラウマを感じ、不登校にまでなったしまった人。
病気を隠してでもPTA活動をがんばったため、
お亡くなりになってしまった人。

じっさいに、そのような方がいらっしゃるようです。



→ リヴァイアさん、日々のわざ: PTAは、会員ががんで闘病中でもそれを「検出」できない。そして、役は公平に与えられる

→ PTAは、社会参加の第一歩、かもしれないけれど

→ PTAよ成仏してくれ!|まるおの雑記帳-




わたしが実際に知ってる方でも、
命にかかわるような病気を隠して、
PTA活動をがんばってらっしゃった方が
いらっしゃいました。





「学校にお世話になっているのだから」
という言葉で、
他人に圧力をかけ、その結果、
その人が心身を病んだり、お亡くなりになった場合、
責任をとれるのでしょうか?


【保護者が心身を病んだら、
一番悲しく辛い思いをするのは、お子さんでしょう。】


PTA関係のことで、子供を苦しめていいのでしょうか。


ご自分のなにげない言葉が、
他人を苦しめ、追い詰める可能性があることは、
知っておいてほしいとおもいます。


というわけで、

「学校にお世話になっているのだから、
 PTAにはいって活動しましょう」

という理論は、
とても空しく聞こえるのです。

なぜなら、

PTAにはいって活動することは、
良心が痛むような行為だからです。(すくなくとも私にとっては)


いまのPTA活動が、
総合的にみると、
学校や社会、ほかの保護者のためになると
とうてい思えないのです。



【 参考記事 】

≫ PTA強制入会についての意見きかせてください
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1081869990

個人でがんばっても限度があるからPTAと言う団体で学校に物申す
って意見もあったけど、本当か?
もし、子供がいじめられてますって言う保護者がいたとして、
教師に相談しても解決しなければPTAに相談するか?
で、PTAがイジメをしている子供やその親に何かしてくれるのか?
学級崩壊だって同じ。PTAで学級崩壊を起こしている教師やクラスの子供とその保護者に対し何か行動するのか?
破廉恥教師がいる。子供が嫌な思いをしてる。そのとき、保護者ってPTAを頼るのか?
もし、PTAが団体として解決できるのなら、いじめも学級崩壊もほとんどないはずでしょ?
子供が何かしらの被害者になったとき、親はPTAなんて頼らないと思うけどね
会長の携帯電話、家の電話番号を会員全員に配って、何かトラブルがあったらすぐに連絡してください
PTAとして対処します
なんて話聞いたことが無い



『法律上では』入退会自由だけど、『実際は』皆がはいるものでしょう。

★『法律上では』入退会自由だけど、『実際は』皆がはいるものでしょう。周りの学校も、それで上手くいっているのだから、調和を乱すべきではないのでは? ★


たしかに、法律が厳しすぎたり、実際の生活に合わない場合は、あるように感じます。

たとえば、自転車の荷台に、乗せることができるのは、子供一人だけで、二人以上のせると、違法になってしまうようです。
安全面から、こういう法律がつくられたのでしょうが、厳しすぎるように感じます。
じっさいは、ほとんどのママさんたちは、自転車の荷台に2人の子供を乗せたことがあるのではないでしょうか。


このように、法律のほうが、実際生活に合っていないとかんじることは、あります。


しかし、、、


それがいえるのは「とくに問題が無いならば」「本当に上手くいっているならば」の話です。
PTAで非常に辛い思いをした人、イヤだと思っている人、たくさんいます。それらの人々の気持ちは「無かったこと」にするということでしょうか。一体、この先、何人の「辛い思いをする人」「イヤな気持ちにされた人」を出すつもりなのでしょうか。

しかも、このPTAというシステムを、問題を抱えたまま、ずっと残して、今の子供たちにも受け継がせようというのでしょう?

それの、どこが、子供たちのためなのでしょうか。

あなたの目的は「子供たちの環境改善」ではなく、「現状温存・組織温存」なのではないかと疑ってしまいます。
「まわりが皆そうだから」「いままでそれで上手くいってたから」、「だから、それでいいじゃない」という発言は、本当に悲しくなります。『いままで、つらい思いをしている人の気持ち、なんにも見てないのだな』と、思い知らされますから。


「法律」だけでなく、「PTA理念」をも、軽視した考え方だと感じます。
PTAの理念は、自主的な善意のボランティア活動を行うものであり、「できる人が、できることを、できるだけ」です。PTAは『有志の集まり』なのです。「周りがそうだから」「今までそうだから」という理由で強制するのは、PTA理念と正反対といえるでしょう。


それに、日本は法治国家です。日本が法治国家であることを否定する発言をするのは、教育団体として非常に問題があるのではないですか。



まさに、
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」

のような考え方ですね。
「たとえ、間違ったことであっても、周りの人がみんなやっていることならやっても構わない。いや、やるべきだ。やらないと、仲間はずれにされるからな。」
というニュアンスがうかがえます。

もっとも、赤信号を渡るくらいなら、気をつけて渡れば、他人に迷惑がかかることはありません。

PTAのやっていることは、他人に迷惑をかけています。

PTAが入退会自由なんて、みんな知ってることじゃないの?

入退会自由であることは、昔よりかは知っている人が増えてきたようです。しかし、まだまだほとんどの人が知らないといっていいでしょう。役員経験者でさえ、半数しか知らないのですから。
朝日新聞2010(平成22)年2月21日より抜粋
文科省の委託を受け、昨年10月にアンケートを実施したNPO法人「教育支援協会」がシンポを主催した。全国6指定都市の600校でPTA役員経験者630人を対象にアンケートしたところ、入退会の自由を「知らない」は50%を占め、「入会時に説明があった」は17%にとどまった。


入会しない人も、ある程度、います。
全国でPTA任意加入を明示している学校は、少数派ながら、あります。それらの学校では、100%加入のところもあれば、90%前後加入のところもあるようです。50%くらいになったところもあるという話をチラッと聞いた記憶がありますが、定かではありません。いずれにしても、ほとんどが90%以上加入しますし、最悪でも50%ということです。

ということで、知らない人も入会しない人もいます。
明言化する理由は十分あるということです。

PTA会員でない人の子供がケガしたら保険おりないのでは?

PTAが契約しているその保険契約内容によります。
PTA主催・共催の行事中に、参加中の子供がケガなどした場合、会員の子非会員の子かどうかに関わらず、ちゃんと保険はおります。
たいていの場合、そのような契約になっているはずですので、ご確認ください。

PTAのない学校 『けやき小学校』の事例

世の中には、PTAがない学校がたくさんあります。世界ではPTAがない学校のほうが多いでしょうし、日本でもPTAのない学校は少なくないそうです。なかでも、西東京市にはPTAのない学校がたくさんあるそうです。

「PTAのない学校」で一番有名な「けやき小学校」の事例を見てみましょう。


読売新聞オンラインPTA再考(12) 「作らない」も選択肢 より抜粋

 二つの小学校が統合してできた、けやき小には、2001年の開校以来、PTAがない。開校直後、保護者の話し合いは数回持たれたが、結論は出なかった。学校は、PTAがなくても、子供の安全を守る組織は必要と考えて地区委員会を作り、保護者の要望で学級委員会もできた。

 3月までけやき小校長だった児玉健二さん(60)は、統合前の小学校の教頭時代、嫌々役員を引き受ける保護者を見ており、PTA設置を強く働きかけなかった。その後も、保護者から設置の要望が強く出ることはない。

 保護者の支援が必要な時は担任が学級便りなどで呼びかける。月1回の全授業公開で保護者同士の交流もある。「PTAがなくても学校運営に支障はない。保護者に何度も足を運ばせる手間をかけなくてよかった」と児玉さん。
(中略)
 PTAがない学校は全国的に少なくない。PTAに何を求めるのか。組織の根本が問われている。(山田睦子、写真も)

 都道府県組織加入率は93% 日本PTA全国協議会によると、昨年5月1日現在、全国3万2098の公立小中学校のうち、都道府県のPTA協議会に加入しているのは2万9904団体(93.2%)。2200校近くは、都道府県の協議会に未加入か、PTAがないことになる。東京都の加入率が特に低く、1958校中、加入しているのは608校(31.1%)。
(2008年4月2日 読売新聞)




「PTA進化論⑨」より抜粋

PTAが消えて、何か問題はあったのか。特に不都合はありませんでした」と児玉氏。
「保護者に協力をお願いしたいときは担任を通じて呼び掛けるんです。本当に必要なことなら保護者は動いてくれるものですよ」

なるほど、そりゃそうだ。目からうろこが落ちるような回答だった。

学校にとっては問題なくとも、保護者にとってはどうか。まず「役員決めの壮絶なストレスから解放される」のは何はともあれ巨大なメリット。一方で「保護者同士が顔見知りになり、教員との信頼関係を醸成する」PTAの基本が損なわれることはないだろうか。

児玉氏の回答は楽観的なものだった。「PTAはなくても、保護者は自発的にクラスごとの集まりを持っていました。担任と話し合ったり、授業の補助に入ったり・・・。保護者間や教員とのコミュニケーションが悪くなることはなかったですね」

以前、PTAでの信頼関係があったがゆえに、学校での事故をむしろ学びの機会にできた自分の体験を述べた。考えてみれば、あれはPTAである必然性はないのだ。

児玉氏は最後にこう締めくくった。「無理に束ねると教員も保護者も自立できないんです。PTAがないがゆえに、それぞれ立場の違う大人として向き合える、ということもあります」

なんとも含蓄のある言葉。今のままのPTAは「進化」が必要だとますます思うのだ。

PTA必要論 VS PTA不要論

「PTAは、必要です。」「PTAなんて、要らないよね。」どちらのご意見も、多いです。
産経新聞のアンケートによると、どちらの意見も半々というかんじです。人の価値観は多様ですから、いろんな意見があって、いいと思います。
PTAの理念は、全く素晴らしいと感じます。しかし、いまのPTAは、その素晴らしい理念とはかけ離れてしまい、負担ばかりが大きくなっているように感じられるのです。このような事情のある団体ですから、意見が分かれるのも当然です。

それぞれの価値観が尊重されるべきものですが…PTAにおいては「必要」という意見だけがとんでもなく尊重され、「不要」という意見はとことん軽視されています。これはとても「不公平」なのではありませんか?「不要」と思っている人が声に出して言わないせいもありますが、それも『言えないような空気』が、そこにあるからでしょう。また、せっかく声に出して言った場合でも、ヒドイ扱いを受けることが多く、声に出せない状況をさらに強めてしまいます。あまりにも非人間的で、暴力的で、「不公平」ですね。

また、「必要」と思っている人も、ホントにそう思っているのか、はなはだ疑問です。周りに合わせて、そう言っている人が多いのではないでしょうか。「PTAがない学校」というのは日本でも少なくありません。「必要」という人は、PTAのない学校に行っても、自分が一からPTAつくる気ありますか? 本当に「必要」と思うなら、当然そうするでしょう。「必要」というのは、「絶対に要る」という意味なのですから。じっさいは、「必要」と言ってるほとんどの人は、PTAのない学校行っても、全く何もしないのではないでしょうか? つまり、口で言うほど、「必要」ではないのです。本当に必要なら、PTAは世界中全ての学校にあるはずです。それがなくては生きていけないようなものでないと、「必要」と断定し、他人にその価値観を押しつけるような表現は不適当でしょう。特に、権威のある人が「PTAが必要」と言い切ってしまうと、どうしても、「強制・負担増」の面が強く浮き出てしまいます。「PTAが必要」というより、「PTAは大事」くらいの表現にしていただきたいものです。

また、PTA活動の一つ一つでも、時代の流れや個人の価値観によって、必要性(優先順位)が高いものと低いものがあるように思います。どの活動が優先順位が高いか話し合われることもなく、「みんな一緒」「前年度と一緒」だけを、ただただ要求されるのです。このような不公平で閉鎖的な場は、問題が肥大化していきます。どの活動が必要性が高いか話し合ったり、それぞれの価値観において必要性が高い活動を、それぞれが活動していくという方式に変えていくほうが望ましいのではないでしょうか。


【PTAアンケート結果】
産経新聞2009/05/28 より抜粋
【私も言いたい】「PTA改革」 「必要」「プラス」50%台
今回のテーマ「PTA改革」について、26日までに655人(男性433人、女性222人)から回答がありました。「PTAは必要」「子供の教育や親にプラスになる」との回答はともに50%台。「組織改革を行うべきだ」は9割以上に上りました。
 (1)「PTAは必要と思うか」  YES→58%、NO→42%
 (2)「子供の教育や親自身にとってプラスになるか」 YES→52%、NO→48%
 (3)「何らかの組織改革を行うべきか」 YES→95%、NO→5%

このように、「必要」と感じている人でも、「何らかの組織改革を行うべき」と、ほとんどの人が考えているのです。今のPTAは大きな問題を抱えていると感じている人が大多数ということなのでしょうね。川端裕人さんがブログ中で「58パーセントの保護者が参加するPTAをやればいいんですよ! 意義を認めない人を無理に束ねるのは不健全。でも、過半数は確保できているわけだし、それなりの代表性を持って、いい活動ができるんじゃないでしょうか。」とおっしゃってました。その通りだと感じます。


『PTA再活用論』第13回 PTAの全国研究大会をレポートします! より抜粋
コーディネーターの田島氏が、「PTAの役員のなり手が少ないということは、PTA自体を否定されているのかもしれない。PTAはなくてもいいと思われているのではないか」という内容のことを述べて、「おっ、来たな」と思わずぼくは身を乗り出した。けれど、すぐに「パネラーのみなさんには、PTAは必要なんだというお言葉をいただきたい」と続いたために、「逆説的」な問題提起はそのまま流れてしまった感がある。「必要」を前提としてしまったら、問いかけの切れ味が鈍くなってしまう道理だ。

このように、本当に必要かどうかの議論はされません。「必要という言葉をいただきたい。」で終わっています。



【参考リンク】
≫≫ 「必要(NEED)」と「オプション(WANT)」の区別をつけよう

≫≫ PTAのない学校 『けやき小学校』の事例
 PTAがない小学校でも、このように、何の問題もなく運営されているようです。
 こちらの在り方のほうが、よほどPTA理念にかなっているようにみえます。

≫≫ PTAがなくても学校はやっていける

≫ PTA強制入会についての意見きかせてください
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1081869990

個人でがんばっても限度があるからPTAと言う団体で学校に物申す
って意見もあったけど、本当か?
もし、子供がいじめられてますって言う保護者がいたとして、
教師に相談しても解決しなければPTAに相談するか?
で、PTAがイジメをしている子供やその親に何かしてくれるのか?
学級崩壊だって同じ。PTAで学級崩壊を起こしている教師やクラスの子供とその保護者に対し何か行動するのか?
破廉恥教師がいる。子供が嫌な思いをしてる。そのとき、保護者ってPTAを頼るのか?
もし、PTAが団体として解決できるのなら、いじめも学級崩壊もほとんどないはずでしょ?
子供が何かしらの被害者になったとき、親はPTAなんて頼らないと思うけどね
会長の携帯電話、家の電話番号を会員全員に配って、何かトラブルがあったらすぐに連絡してください
PTAとして対処します
なんて話聞いたことが無い



≫ 小学校PTAを脱退(退会)した場合、子供に不利益(被害)はありますか?- Yahoo!知恵袋
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1239723737


シンポジウムでの議論でPTA推進派は
「入学時に共同購入している名札はどうするのか!!」だそうです。
各家庭で買えませんかねぇ・・・何でも共同ですか・・・一緒にトイレへ的な心理でしょうか・・・
≪周知するかしないかで議論≫していますが・・・PTA・・・ダイジョウブデスカ・・・

PTA活動に賛同している方はそれはそれで良いと思います。
ですが入退会自由、PTAのお金の流れを皆が知る権利はあり
自由に入退会出来るのが本来の姿です。

【 PTA 非会員 】で検索すれば非会員の方のHPなど見れましたよ。

PTAのパトロールについてですが役員だろうが役員でなくても関係なく
不審者発見したり問題が有れば警察に通報したりしていますし
治安は日々地域全体で守るべきで、信号機設置等要望なども誰でも出来ます。
PTAは当番制ですから、私は毎日子供を安全な場所まで送っています。
出先ついでに学校周辺を車で周ったりもしています。
PTA以上に治安には目を光らせていますしタバコ吸っている子供を見つけたら
その場で叱り学校に連絡しますがPTAにお世話になる必要性は感じません。
PTAで委員を決め役割分担する時間と費用は無駄です。
買い物、散歩、病院に行く時など、何かあれば目に付くものですのでは。
PTAで見回りしているから安心!では危険だと思います。
見回りに【ずるい!私も○○なのに!みんなしているのよ!】は無いでしょう・・・
出来ない家庭の分もパトロールするつもりでいて欲しいものです。






≫ PTAは必要ですか? 発言小町
  http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2009/0204/223596.htm?o=0&p=1
 「PTAは必要ですか?」について、
 ものすごく、たくさんの意見がよせられてます。
 平行線・堂々巡りの部分も多いですが。

「PTA役員・委員はやってみると楽しかった」は本当か?


●●「やってみると意外と楽しい。有意義で良かった。」

*これを言う役員・委員経験者はとっても多いのですが、本当に「楽しい」のなら、なぜ、次の年も続けて役員・委員をやる人がほとんどいないのでしょうか?

○「本当は楽しくなかった」
○「楽しいけど、負担感がそれ以上に大きい」
○「自分のやってきたことを否定したくないので、ポジティブに考えて、『楽しい』『勉強になった』と言ってみる。でも、もう二度とはゴメン」

のいずれかではないかと、不安になってしまうのです。

役員のなり手を多くしたいなら、
▽「具体的にどう楽しく、有意義だったのか」をアピールする。
▽「楽しく有意義なのに続けてやる人がほとんどいない理由」をわかりやすく説明し、会員の不安をぬぐう。

を期待します。

*「やってみても、しんどいだけだった。PTAが矛盾だらけの組織だということがよくわかった。」という意見の役員・委員経験者も多い。ただし、役員選考の場などでは、絶対にこのような意見は出てこない。これを言うと、次の役員候補が出てきにくくなるからです。

*役員になると、平均月30時間以上の労働奉仕が要求されます。さらにP連の役員にまで「くじ引き」であたってしまうと、さらなる長時間の労働奉仕が要求されます。
このようなことも、前もって知らせないと、フェアとは言えないと考えます。
役員を実際に体験して感じたメリット・デメリットは数多いでしょう。

役員のメリットもデメリットも、できる限り、前もって伝えることが誠実な態度と考えます。

役員決めどうするの?

PTAが入退会自由となったら、役員決めはどうしたらいいのでしょうか? すこし案を出してみます。

◆案その1 いままで通り

とりあえず、立候補を募集。 立候補がない場合はくじ引き。
どうしてもできない人は、事前に役員さんなどに事情をはなし、免除してもらうといいのでは。
「仕事は免除理由にならない!」
「介護は免除理由にならない!」
なんていうPTAの方々の話はよく聞きますが、そういう高圧的で思いやりのない意見は、やめていただきたいものです。本来なら、無償のボランティア団体に、わざわざ会費はらって属していただいてるだけで、ありがたいはずなのです。プライバシー保護の観点から、皆の前で、家庭の事情を暴露させるというのも、とても問題があるように感じます。せめて先生か、役員さんに話すだけでOKにしてもらいたいですね。
役員さんの負担が大きすぎるのが、役員さん立候補がなかなか決まらない最大の原因のような気がします。負担の大きさが役員決めの難しさに直結します。

「くじ引き」をするというのなら、皆がPTA負担のスリム化に協力すると約束してからするのが、筋だと思います。
「自分は役員をやりたくない!」けど「PTAの仕事(行事など)は大事なものばかりだから、減らしたくない!」というのは、筋も通らないし、他人の事情を考えていないということではないでしょうか。

役員さんには、毎年すこしずつでも、役員の仕事のスリム化を推進していってもらえば、だんだんと役員立候補者も増えてくれるだろうと予測します。
入退会が自由であることを周知しておけば、「あまりに役員の仕事が多くて、来年度、PTAに人が集まらないと困るなあ」と考えてくれる人が多くなると思うので、負担のスリム化やより意義ある活動への置き換えがちょっとずつでも進んでくれるように思われます。(希望的観測かもしれないが!)




◆案その2 役員が決まらないときは「お休み」

「できる人が、できる時に、できるだけ」が、PTAの原則だと思いますし、無理強いしたくないので、役員立候補が集まらないときは、いさぎよく「お休み」するというのもいいような気がします。
クラスで「話し合い」だけでも立派なPTA活動です。これなら司会は持ち回りでやればいいですし、役員さんは必要ありません。このような負担の少ない活動だけをしていくというのも、手でしょう。

決まらない年は、PTAは「お休み」。 もしくは、部分的に「お休み」。

やる気のある人が何人も来てくれたら、再開。

そのまま再開せずに、PTA自体なくなってしまうかもしれませんが、PTAを大事だと思う保護者がそれだけ少なくなってるということですし、皆さんの都合がつかないのですから、別に構わないでしょう。特に誰も困らないと思いますし。

暴論のようですが、PTAがない学校も立派にやっているのですから、別にこれでOKの気がします。

「犠牲者」が出ないというのは、すごくいいことだと感じますので。
「犠牲者」が出るということは、それ以外の会員は全員「加害者」になります。個人的には、加害者にも犠牲者にもなりたくありません。

うちの幼稚園でも、3年ほど前の役員決めのとき、5時間たってもまだ役員が決まらず、後日改めて決めたことがあったそうです。5時間たっても決まらないくらい、皆にとって「やりたくない」ことなわけです。それを無理矢理、誰かにおしつけるということは、したくありません。
役員決めのとき、押し黙る重たい空気の場、「無言地獄」。あれも、本当に嫌なものです。あれが5時間つづく…。子供たちに見せたくない姿です。



ほかに、いい案があれば、ぜひ紹介してください。

PTAの歴史

▼1897年▼
アメリカで、バーニー夫人とハースト夫人がPTAが発足。
幼稚園の設立、児童労働法・少年法の制定、給食・予防接種の普及に活躍する。

ちなみに、アメリカのPTAでは、入会の意思をきっちり聞いている。

▼第二次世界大戦直後▼
GHQの指導のもと、
半強制的に文部省が旗振り役になって、
日本の学校各地にPTAが「自発的に」組織される。

「自主的団体のものであって、他のいかなる団体の支配、統制、干渉をも受けてはならない」

「会員になることも、会員にとどまることも、自覚に基づく個人個人の自由であって、いささかも強制があってはならない」

などの民主的・自主的・自由の方針がかかげられていた。

▼戦後▼
学校に圧倒的に物が足りない時代。
PTAは学校設備を充実させるのに活躍。給食の実施にも活躍。
PTAの意義がわかりやすく、非常にやりがいのある時代だった。

▼高度成長期▼
物がある程度充実しはじめ、PTAの意義が薄くなる。
実質、全員強制参加の義務的な団体となってしまい、負担感が目立ちはじめる。

▼現在▼
不況による収入の低下。共働き家庭の増加。シングルマザーの増加。このような社会現象にともない、多忙な保護者が増える。PTA役員のなり手が少なくなり、PTA活動の負担感がさらに増す。
子供の生活は、物質的に充実し、イベントや遊び場にも恵まれるようになるため、PTAの意義がますます低下する傾向にある。「必要ないのでは」の声が多くなる。
インターネットの普及などで、「PTAが実は任意加入」などの基礎知識や問題点を知る人が多くなる。
日P、県P、市Pでは、「PTAの形骸化」を問題視する声が多くなる。

▼まとめ▼
時代の変化とともに、PTAの意義が薄れ、弊害がめだつようになっている。
社会状況のニーズにあわせたPTAも変化が求められているようにおもわれる。しかし現実には「なかなか変われない」のがPTAのジレンマかもしれない。


PTA自由化の風刺イラスト

言いたいことをパッと直感的にわかっていただくために、イラストを描いてみました。
「ごあいさつ」のページにも貼りつけました。
よかったらご覧ください

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PTA自由化QRつき




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