PTAのホントのところ

PTAで調べたこと。PTAの基礎知識と問題点。入退会自由なのか?。非会員の子は行事参加できないのか?など

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■「PTA非加入である事情を説明してほしい」というご意見に対して■

こんにちは。
このブログを更新するのも、久々となります。
年度初めを迎え、恒例のPTA役決めの季節になりました。

この時期は、いろいろありますね。


昨年PTA役員をやってらっしゃったという方から、
私のところへお電話がありました。

「PTA会員各位と書いていようが、
 学校にお世話になっているのだから、
 非会員でも絶対に、
 PTAアンケートを提出する義務がある。」


「PTAクラス委員はPTA管轄下とか、そういう問題ではない。
 学校にお世話になっているのだから、
 PTA非会員であろうと関係ない。
 だから、クジにあたった場合、
 免除に該当しない場合、
 絶対にやっていただくことになる。
 クジになった場合、
 当然、クジに組み込ませていただく。」


などということを、かなり高圧的な口調でまくしたてられ、
わたしがまだ話している最中にガチャンと電話を切られました。

この電話のことを担任の先生に告げて、事を収めていただきました。



このような方がいらっしゃるから、
PTAのことを苦痛に感じる方が後を絶たないのだと思われます。

このように言われると、すごく精神的ダメージを感じる方は、
多いと思いますよ。


ここまでくると脅迫にあたるとおもいますから、
警察や弁護士に、
一回本気で相談したほうがいいかもしれませんね。


さてさて、
PTA役きめのとき、
PTA非入会の人がいると、

「本人から、直接、事情を聞かせてほしい」

と、おっしゃる方が、しばしばいらっしゃるようです。


そのような方のため、お手紙を書きました。


せっかくなので、ここに転載させていただきます。

ご参考になりましたら、幸いです。


→ PTAよ成仏してくれ!|まるおの雑記帳 - 加藤薫(日本語・日本文化研究)のブログ -

も、あわせて読んでいただくと、良いと思います。




以下転載
----------------------------------------------------------------------------
PTA非加入であると、PTA役員・委員決めの場で、

「本人の口から、事情を聞かせてほしい」

というご意見が、しばしば出てくるようです。



もし、どうしても、
一言で、事情を説明するとするならば、、、

「PTAとは考え方が違うから、
 加入・活動はいたしません。」

と、なります。


もうすこし丁寧にご説明するならば、

「PTAは、恩恵もたしかにありますが、
 非常に弊害・問題の多い団体であると感じています。
 そのような団体に所属し、活動することは、
 良心が痛み、非常に心苦しく感じるのです。
 考え方が根本的に違うので、
 非加入を選びました。」

と、なります。

この説明だけで納得できる人は、少ないのではないでしょうか。


その場で、ひとことで言えるような事情で
納得していただけるような団体であれば、
誰もPTAで苦労はしないのではないでしょうか。

ひとことで言えないようなことだからこそ、

わざわざ、
「この本は、わたしの意見のほとんどを代弁
 してくれているような本なので、読んでほしい。」
 ◆川端裕人さんの「PTA再活用論」と「PTA進化論」◆
 (図書館でもWEB上でも読めます。検索してみてください。)

「わたしの考えを、ブログにまとめたので、
 ぜひ、読んでほしい。」
 ◆PTAのホントのところ◆
 (WEBでタイトル検索してください。)

と、ご近所の方々やPTA役員の方々、
園長先生、校長先生、担任の先生などに、
機会あれば、申しあげてきたのです。


結果、ほとんどの方は、
読んではくださらなかったようです。


PTAが抱える問題を軽減しようと、
PTAの役員の方には、
いっしょうけんめい、
何度もお手紙を書きましたが、
返信が返ってきたことはほとんどありません。
(返ってきたとしても、走り書き程度でした。)

このようなことから、
ほとんどの人は、
あまりPTAや、PTAがかかえる問題、
PTAで辛い思いをしている人々に対して、
あまり関心が無いという気がいたします。


ほとんどの方にとっては、
年度初めに、自分が役にあたるかどうかだけが、
PTAについての関心事項であって、
あとは特に関心はないように思えるのです。


PTAの役決めのときだけ、
「ご意見・事情を聞きたい」
と言われても、無理なのです。
理解していただくには、
短い言葉では不可能ですし、
PTAの役決めのときというのは、
時間的にも切羽詰っている状況でしょう。
無理に短い言葉で説明して、
良い状況をもたらすとは思えません。



PTAの役員の方から、
「説明責任」を果たしてほしいといわれました。


わたしは、いままで、ことあるたびに、
わたしの意見を示そうと努力してきたつもりです。
「説明責任」は、果たそうとしてきたつもりです。
(本来ならば、一ボランティア団体に所属しない理由を
 わざわざ説明する責任は、非会員には無いとは思います。)


また、PTA自体が、
「PTAは実は任意加入であり、
 自主性・善意にもとずくボランティア団体である。」

「PTAは『できる人が、できるときに、できるだけ、できることを』が基本。
 マイペースの参加が基本であり、無理強いがあってはならない。
 (うちの市のPTA事務局の方も、このことを強調しておられました。
 PTA発足時の文部省策定のPTA参考規約にも「いささかも強制があってはならない」
 と記されています。)」


という、
とてつもない重大事項の説明責任を、
果たしていないような状況です。
消費者契約法により、
事業者としてのPTAには、
会員の勧誘に際し、および会員に対し、
会の性格等についての説明責任があると
思いますが、いかがでしょうか。
そのような法律に照らさなくても、
重大事項の説明責任を果たしてない時点で、
あまり誠実な団体には思えません。

さらにいうならば、
PTA総本山である「日本PTA全国協議会」は、
事務所が赤坂にあり、かつ、
会計を非公開にしているようです。
説明責任を果たしているようには思えません。


PTA自体が重大な説明責任を放棄していると思われるのに、
また、
わたしが書いた手紙の返事もおざなりなのに、
このようなときだけ、
しかも、PTAの公の場で、
非会員(PTAとは無関係の人間)の名前を出して、
(個人情報保護の面からも大いに問題があります。)
「説明責任」を求めるというのは、
やはり、おかしな話だと思います。



また、
「シングルマザーでも、
 仕事が非常に忙しくても、
 PTA活動に非常にストレスをかかえる方でも、
 役を免除されないし、
 断ったら、学校での人間関係に支障が出たり、
 子供が迫害されそうで怖くて言い出せない状況。
 それで、辛い思いをしている方が、
 たくさんいらっしゃる。
 本来なら、ボランティアなど、
 経済的時間的精神的に余裕のある人だけができるものでしょう。」

と、学校やPTA役員さんにお話してみても、

「じっさいに、そのような方がいらっしゃるかどうか、
 わからない。」
と、返ってくることも、しばしばあります。


ですから、PTAの在り方に不満を持っていたり、
非常に辛い思いをなさっている場合は、
ご自分の想いを、
学校やPTA執行部に、率直に伝えたほうがいいと思います。
そうでなければ、実際に存在する問題として、なかなか認識されませんから。


PTAに限らず、どのような組織・団体も、問題はかかえています。
問題のない団体など、皆無でしょう。
少しでも良くなってほしいと思うなら、
一人ひとりが、
率直に意見を伝えていくことが必要だと思います。


わたしの意見・事情を聞くよりも、
ご自分の意見を率直に発信していくことが大事だと思われます。


意見や、不安な想いを発しなければ、
「現状、特に問題なし」と、認識されてしまっても、
ある意味、仕方がないのではないでしょうか。
問題をかかえたまま、
現状が変わらないのも、仕方がないのではないでしょうか。

★こどもの代にまで、いまのようなPTAを残したいですか?★



本気で、わたしの事情を聞いてみたいと
おっしゃってくださる方が
いらっしゃるのならば、大変ありがたいことです。
以下の書籍・ブログを、
ひとつでも熟読してみてください。
わたしの意見・事情・考え方が、
ある程度、わかっていただけると思います。

◆川端裕人さんの「PTA再活用論」と「PTA進化論」
 (図書館でもWEB上でも読めます。検索してみてください。)

◆PTAのホントのところ(拙ブログ)
 (WEBでタイトル検索してください。)



これらを熟読していただいた上で、
なお意見を直接聞きたいという方が、もしいらっしゃれば、
お話させていただく所存です。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。



■補足 よくある質問に対して

たとえ、ものすごく苦痛に感じても、
ものすごく多忙であっても、
PTAに入らなくてはいけない理由として

「学校にお世話になっているのだから」
ということをよく耳にします。

これに対する個人的意見も、
拙ブログ「PTAのホントのところ」に
書いていますので、ぜひご一読ください。


その他、よくある質問に、
ここでも、簡単に個人的意見を述べさせていただきます。



たしかに、学校および社会全体にはお世話になっています。

しかし、PTAに所属し活動することが、
学校および社会全体に恩を返すことになるとは思えません。

PTA活動による学校・社会に対する恩恵・還元もありますが、
弊害・問題のほうが、はるかに大きい団体だと感じているからです。

総合的にみると、
PTAに所属し活動することは、
学校・社会に恩義を返すことにならないばかりか、
かえって社会に対するPTAの弊害・問題を助長することに、
協力してしまうことだと
考えています。

PTAに所属・活動するよりも、
その分の労力・お金で、
別の募金・ボランティア・本職に励むことのほうが、
社会全体、ひいては学校に恩義を返すことになると感じています。

また、子育て世代というものは、
外に働きに出ている出ていないにかかわらず、
総じて、ものすごく忙しい時期です。
時間的経済的余裕が最も無い時期なのです。
そのような超多忙な時期に、無理して恩義を返す必要性はないでしょう。
PTAで無理して心身を病む事例もよくあるそうです。
年金暮らしになるなど、時間的経済的余裕ができてから、
恩義を返すという気持ちでいるほうが、建設的だと思います。
時間的経済的余裕のない保護者同士による「役」の押し付け合いという、
人間関係の軋轢・トラブル・ギスギス感・精神的苦痛を、
防止することもできます。
(「役」の押し付け合い、強制といった大人の姿、
 こどもに見せたくはないです。
 教育上も非常によろしくないのではないでしょうか。)


PTAはボランティア団体ですし、
本来なら、ボランティアは、
経済的時間的精神的に余裕のある人だけができるものでしょう。


シングルマザーの方や、外に働きに出てて超多忙の方にまで
強要しているのは、どう考えても、おかしいです。



これは個人的意見ですので、
「PTA活動で学校・社会に恩義を返したい」
と思う方は、大いに活動されるといいでしょう。


自主的に、
「学校にお世話になっているのだから、恩義を返したい」
と思う心情は、非常に美しいものであると感じます。


しかし、それを他人に押しつけようとすると、
とたんに、「美しいもの」から「醜いもの」に
変わるのではないでしょうか。

「学校にお世話になってるのだから」
は、自主的に思うから美しい心情なのであって、
他人に押しつけ、無理強いしても良い
という概念ではないでしょう。
他人に押しつけると、
自主性や多様性の尊重・思いやり・寛容・誠実さ
といった概念から遠ざかります。
お互いに信用をなくす原因ともなります。


役決めのときの雰囲気が、顕著に物語っています。

非常に排他的。

かえって、
人間関係をギスギスさせている要因になっているのでは
ないでしょうか。


【こうであるべき理論】で、
お互いを縛りあうのは、もう、止めにしたいものです。



「学校にお世話になっているのだから」
自覚無く使ってらっしゃるかもしれませんが、
そのような言葉が、他人を追い詰めることになります。
息苦しい社会を形成する一端に
自分自身が加担することになってしまいます。


じっさいに、
「学校にお世話になっているのだから」
という言葉のため、
「PTA活動したくないと感じる私が悪いのだ(自責)」

「PTA活動をさぼろうとしているあの人はずるい。(他責)」

「PTA活動をしなければ、
 当然の義務をサボる人間とみなされ、
 こどもに差別・迫害を加えられるかもしれない。(不安)」

と感じて、苦しむ人は、いらっしゃるでしょう。


PTA活動に苦痛を感じ、心身を病む人はいらっしゃいます。

PTA活動で強いトラウマを感じ、不登校にまでなったしまった人。
病気を隠してでもPTA活動をがんばったため、
お亡くなりになってしまった人。

じっさいに、そのような方がいらっしゃるようです。

わたしが実際に知ってる方でも、
命にかかわるような病気を隠して、
PTA活動をがんばってらっしゃった方が
いらっしゃいました。



「学校にお世話になっているのだから」
という言葉で、
他人に圧力をかけ、その結果、
その人が心身を病んだり、お亡くなりになった場合、
責任をとれるのでしょうか?


【保護者が心身を病んだら、
一番悲しく辛い思いをするのは、お子さんでしょう。】


PTA関係のことで、子供を苦しめていいのでしょうか。


ご自分のなにげない言葉が、
他人を苦しめ、追い詰める可能性があることは、
知っておいてほしいとおもいます。



また、
「PTAは絶対必要だから仕方ない」
とおっしゃる方もいらっしゃいます。

産経新聞のアンケートによると、
PTAが不要と感じている人は、42%と、半数近くいらっしゃるようです。
また、必要と感じている人でも、
「なんらかの組織改革が必要」と答えてらっしゃる方が95%でした。
いまのPTAには、大いに問題ありと、多くの人が感じていることになります。

また、
世界中でも、日本でも、
PTAが存在しない学校は、存在します。

読売新聞によると、「PTAがない学校は全国的に少なくない。」ということです。
(読売新聞 PTA再考(12) 「作らない」も選択肢 より)

PTAが存在しない学校も、うまくやってらっしゃいますから、
というより、PTAが存在しない学校のほうが、
うまく回っているようですから、
学校教育にPTAが絶対必要なものでもありません。

PTAとは、ボランティア団体なのですから、
もともと、「+α」の部分を担う団体なのです。

仮に、本当に必要不可欠な部分を、
PTAが担っているとしたら、それはそれで、問題です。
公の部分を、私費でまかなっていることになります。
絶対必要な部分というものは、行政でするべきことでしょう。
絶対不可欠な部分をボランティアに頼ると、無理が出てくるのは当然です。
PTAが必要不可欠の部分を担っていたとしたら、
「強制」の要素がどうしても強くなり、自主性・ボランティア精神の妨げにもなります。

「学校にお世話になっているのだから」と同様に、
「PTAは絶対必要」と言うこと自体、
他人に「強制」「圧力」をかけ、強い精神的苦痛を与えることも、
十分あることも、知っておいてください。

「必要」「不要」という言葉自体、ナンセンスでしょう。
なにが必要かなどという価値観は人それぞれで、大きく違うのです。

自分の価値観を普遍化し、他人に無理にでも押し付けようとするから、
問題がおきるのです。





.■ 逃げ道の用意も必要

『みんなのPTAを探して』 ブログ版: 第18回 カワバタ私案を発表します
http://minnanopta.seesaa.net/article/83900966.html

より抜粋(改行など、わかりやすくするための加筆あり。)

----------------------
 処方箋としては、まず自由な入退会を保証すること。もうくどいくらいに言ってきたけれど、これは必須。今、自動加入になっているPTAは、会員の無知につけ込んでいると言われても仕方ない。

 任意加入を周知徹底することで得られるメリットは、いずれも本質的なことだ。


●PTAが自主的・自発的な組織(つまりボランティア)であると自覚できる。

●「PTAのための会員」ではなく、「会員のためのPTA」だと意識でき、負担が過大にならないよう抑止力が働く。

●PTA活動に極度のストレスを感じる人に「逃げ道」を与えられる。


 3番目のメリットは、PTA社会をまったく体験したことのない人にとっては、笑い話かもしれない。でも、実際にPTA活動で心身を病み、通院するような人はいくらでもいる。この連載への投書にもあったけれど、ぼくの身の回りでも起こっている。本当に笑えない話なのだ。都下のあるPTA会長はこういった問題を公にした時、「人権問題」という言葉を使った。

 一方、任意加入の考えうるデメリット。

 まず、PTAがなくなったり、脱退者が続出したりするのではないか、ということ。これについては、はっきりとノーと言える。実際にはPTAはそう簡単になくならない。現にPTAの3割は任意加入をうたっているという調査結果もある(『おそい・はやい・ひくい・たかい』第10号 2001年2月)。任意加入にしたくらいで成り立たなくなるほどPTAはやわではない。

 また、もう一点、よく聞かれるのは、PTA会費から出ている記念品などの問題だ。入学式や運動会の時にPTAがプレゼントを用意するのはよくある話。では、会員ではない保護者の子にもそれを与えるべきか。

 正解は、「PTAはすべての児童のための活動なのだから、会員の子、非会員の子、どちらも区別せずに与える」だろう。「自分の子どもが元気であるためには、『隣の子』にも元気でいてもらわなきゃ」という発想が原則だと思う。とはいえ、実際問題としては、実費だけを非会員の親から出してもらう、という例も多いと聞く。そのあたり、柔軟にやればいい。

---------------------------

このようなPTAであれば、
PTAで大きな苦痛を感じたり、泣き寝入りすることも、
大幅に改善されるでしょう。

本当に辛いと感じている人に、
「逃げ道」は、ぜひ、つくってあげてほしいと思っています。


そのためには、一人ひとりが、
学校・PTA側に、率直に意見を言うことが大事だと思っています。

「こういう事情なので、○○な点で、とても不安です。」
「こういう点を改善してほしい。」

これくらいの言い方で、いいと思います。
お手紙でも、担任の先生に伝えてもらってもいいでしょう。
特に反感も買わないでしょう。


なにも言わず、事なかれ主義でいて、
他人のことを「ずるい。」とだけ思っていても、
事態は改善しないのではないでしょうか。


「こどもの代にまで、いまのようなPTAを残したいですか?」



■参考資料

大阪某市教育委員会 地域教育科(PTA担当)の方に以下の点の確認をとりました。
●PTAはボランティア組織。行政的にいうと社会教育関係団体。
●PTA活動の対象は、その学校・幼稚園の児童全員。会員の子だけに限定しない。



大阪某市PTA協議会の方に、以下の点の確認をとりました。
●PTAはボランティア組織。
●PTAは会員が学び成長する場。その成果を児童の幸せに活かす。
●「自分の子が幸せになるためには、学校全体・地域全体が良くなることが必要」という考え方が基本。
●「できる人が、できるとき、できるだけ」が活動の基本。



岩竹美加子さん「国家の装置としてのPTA」 国立歴史民俗博物館研究報告・第132集 より抜粋。
---------------------

私が学校に望んでいるのは、『安心して静かに学べる場』です。
それすら危ぶまれているのに、町会とのつきあいのもちつきなどなくてもけっこうです。

町ぐるみ運動会、バスハイクも歩こう会もラジオ体操も講演会もいりません。

しっかりとした授業があり年1-2回の遠足があり、
休み時間に子供達が仲良く遊べればいいのではないでしょうか。

なぜそれ以上母親が時間をけずってPTAの仕事をしなければならないのかわかりません。

-------------------




読売新聞オンラインPTA再考(12) 「作らない」も選択肢 より抜粋
-------------
 二つの小学校が統合してできた、けやき小には、2001年の開校以来、PTAがない。開校直後、保護者の話し合いは数回持たれたが、結論は出なかった。学校は、PTAがなくても、子供の安全を守る組織は必要と考えて地区委員会を作り、保護者の要望で学級委員会もできた。

 3月までけやき小校長だった児玉健二さん(60)は、統合前の小学校の教頭時代、嫌々役員を引き受ける保護者を見ており、PTA設置を強く働きかけなかった。その後も、保護者から設置の要望が強く出ることはない。

 保護者の支援が必要な時は担任が学級便りなどで呼びかける。月1回の全授業公開で保護者同士の交流もある。「PTAがなくても学校運営に支障はない。保護者に何度も足を運ばせる手間をかけなくてよかった」と児玉さん。
(中略)
 PTAがない学校は全国的に少なくない。PTAに何を求めるのか。組織の根本が問われている。
------------



「PTA進化論⑨」より抜粋
---------------------
PTAが消えて、何か問題はあったのか。特に不都合はありませんでした」と児玉氏。
「保護者に協力をお願いしたいときは担任を通じて呼び掛けるんです。本当に必要なことなら保護者は動いてくれるものですよ」

なるほど、そりゃそうだ。目からうろこが落ちるような回答だった。

学校にとっては問題なくとも、保護者にとってはどうか。まず「役員決めの壮絶なストレスから解放される」のは何はともあれ巨大なメリット。一方で「保護者同士が顔見知りになり、教員との信頼関係を醸成する」PTAの基本が損なわれることはないだろうか。

児玉氏の回答は楽観的なものだった。「PTAはなくても、保護者は自発的にクラスごとの集まりを持っていました。担任と話し合ったり、授業の補助に入ったり・・・。保護者間や教員とのコミュニケーションが悪くなることはなかったですね」

以前、PTAでの信頼関係があったがゆえに、学校での事故をむしろ学びの機会にできた自分の体験を述べた。考えてみれば、あれはPTAである必然性はないのだ。

児玉氏は最後にこう締めくくった。「無理に束ねると教員も保護者も自立できないんです。PTAがないがゆえに、それぞれ立場の違う大人として向き合える、ということもあります」

なんとも含蓄のある言葉。今のままのPTAは「進化」が必要だとますます思うのだ。

-----------------------




新くらしの法律相談ハンドブック 自由法曹団編 旬報社
より抜粋

----------------------------
PTAは、父母と先生が対等の立場で参加し活動する「教育を本旨とする民主的団体」です。

PTAは学校とは別の独立した団体です。PTAでは校長先生も教頭先生も一人の会員であり、父母会員とまったく対等です。
したがって、先生を特別扱いする必要はないし、特別扱いはおかしなことです。PTAでは父母も先生も心を開き合って、率直に子育てや教育のあり方を語り合いましょう。

PTAは学校とは別の任意団体ですから、入るか入らないかはそれぞれの父母・先生の自由です。子供の入学の際にPTA入会案内、規約、入会申込書などが配られず、自動的に会員名簿に登録されて会費を徴収されるというケースがあるようですが、これは間違っています。知らない間にPTAに入っていたというのでは、会員としての自覚や意欲を持つことはできませんし、有意義な活動も期待できないでしょう。

以前、東京都で「公費で負担すべき学校経費を私費で負担させてはならない」という通達が出されました。しかし、いまでも学校経費を負担しているPTAがまだたくさんあります(たとえば、学校協力費など)。多くのPTAで取り組まれているベルマークなども考えものです。

PTAは「教育を本旨とする民主的団体」なのですから、子供たちを取り巻いている現実を直視し、子育ての悩みや教育そのものを語り合い、学びあって、少しずつでも改善していきたいものです。いじめ、体罰、校則、落ちこぼれ、体力低下など、PTAで取り組みたい問題は山ほどあります。

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■「子供がヒドい目にあう」と思わせてしまっている(信頼の欠如)

やはりPTAの問題で、一番の問題は、
「子供がヒドい目にあう」
と、多くの保護者が恐れていることです。




そして、
PTA側がその状況を放置、
つまり「見てみないふり」をしていたり、


「学校にお世話になっているのだから」

「やってアタリマエ」

「仕事で大変な人もみんなやっている」


という言葉を使うこと、


あるいは高圧的な態度でもって、

その恐れを助長していることです。



「PTAに異を唱えたり、PTAの役を断ったりすると、
 『やってアタリマエのことから
  逃げようとする、とんでもない人間』
 と見なされ、
 ひいては、子供が虐められたり
 仲間はずれにされるのではないか?
 学校の内申も意図的に下げられるのではないか?」



そんなふうに不安がっている人が、
少なくないようです。


つまり、PTA自体や、周りのPTA会員に対して、
信用することができないということでもあります。





「こどもを人質にとられている」


という表現であらわされることが多い現象です。


実生活でもネット上でも、
いろんな人の意見を聞いていますが、
そのようなことを恐れている保護者の方は、少なくないと感じています。


一部の保護者に対してだけかもしれませんが
また、意図的にではないかもしれませんが、

結果として、

PTAは、保護者に、

ものすごく大きな精神的ストレス
与えているようです。

本当に、それは、わかっていただきたい!!



じっさい、川端裕人さんによりますと、
PTAで心身を病んでいる人は多いそうです。


 3番目のメリットは、PTA社会をまったく体験したことのない人にとっては、笑い話かもしれない。でも、実際にPTA活動で心身を病み、通院するような人はいくらでもいる。この連載への投書にもあったけれど、ぼくの身の回りでも起こっている。本当に笑えない話なのだ。都下のあるPTA会長はこういった問題を公にした時、「人権問題」という言葉を使った。


「PTA再活用論」より抜粋。


2chやYahoo知恵袋などの意見を見ていても、
そのことで悩んでいる方は多いです。
本当に、心身を病んで通院している方もいらっしゃいます。
なかには、病気を隠してPTAをがんばったため、お亡くなりになったという話も聞きます。




≫ リヴァイアさん、日々のわざ: PTAは、会員ががんで闘病中でもそれを「検出」できない。そして、役は公平に与えられる
  http://ttchopper.blog.ocn.ne.jp/leviathan/2011/04/post_640a.html


≫ PTAよ成仏してくれ!|まるおの雑記帳
  http://ameblo.jp/maruo-jp/entry-10170545789.html
 奥様がPTAのために不登校になってしまわれたとのこと。


≫ PTAは、社会参加の第一歩、かもしれないけれど - 草履で歩きながら考える
  http://blog.goo.ne.jp/yamyam00/e/b5360b3c7ddd189ed4cbcce5ac30211b
 「病気を隠してPTA活動を続け、亡くなってしまった方がいる」とのこと。





じっさい、
4月の役決めの様子などを見ていても、そのようなことを感じています。



PTAの役決めのとき、
・ほとんどの人が沈黙しつづける
(時には何時間にも及ぶ)
・沈黙に耐え切れなかった人が挙手する
・押し付け合い合戦に発展する
・最終的にはクジ引きになってしまう

などから、
みんな、本当に役に当たりたくないということが、わかります。

事情を聞くだけで、本当に切実な状況の人もいます。

シングルマザーで大変なことや
仕事・介護が忙しいことは免除の理由にならないPTAが多く、本当に理不尽な状況です。

子育て世代など、いちばん時間的経済的に余裕のない、大変な時期であることは、わかりきってる話ではないですか? みんな、大変なのです!!

それでも、みんな、唯々諾々と従っているのは、かなり強烈な圧力が働いているからにほかなりません。それ以外には考えにくいでしょう。

(皆が、本当に「学校にお世話になってるから」と感じてPTAに所属しているなら、ほとんどの人が率先して役をしたり、改善案を出したりするはずだとは思いませんか?)




その「なにか強烈な圧力」の一つが、


「こどもがひどい目にあわせられるかも」



という恐怖だと感じています。


(あと一つが、同調圧力。)



「自分だけではなく、
 子供がヒドイ目にあうかもしれない。」


「自分だけではなく、
 子供がヒドイ目にあうかもしれない。」

そのような可能性が少しでもあることは、
親であるなら、誰でも、ひどく恐れることです





ですから、

いくら仕事が忙しかろうと、
休めるような状況でなかろうと、
介護などで精神がボロボロでも、
理不尽なくらい大変な役を押し付けられても、

PTAの役を断ったり、
脱退希望したり、
異議を唱えたりできないような
状況システムが形成されてしまっているのです。


結果的にかもしれませんが、

PTAは、
その弱みにつけこんでいるような状況になっています。




病気であることを隠してでも、
役を引き受けるような人がいるのは、
そのためだと考えられます。
(一般の健全なボランティアで、
 病気であることを隠してまで参加する人は
 いないでしょう。)


じっさいに、このあいだ、
わたしのところにも、昨年PTA役員をやってらっしゃったという方から、お電話がありました。

「PTA会員各位と書いていようが、
 学校にお世話になっているのだから、
 非会員でも絶対に、
 PTAアンケートを提出する義務がある。」


「PTAクラス委員はPTA管轄下とか、
 そういう問題ではない。
 学校にお世話になっているのだから、
 PTA非会員であろうと関係ない。
 だから、クジにあたった場合、
 免除に該当しない場合、
 絶対にやっていただくことになる。
 クジになった場合、
 当然、クジに組み込ませていただく。」


などということを、かなり高圧的な口調でまくしたてられ、わたしがまだ話している最中にガチャンと電話を切られました。


このような方が、少数でもいらっしゃれば、相当な圧力・脅しを感じてしまうのではないでしょうか。
このような状況では、PTA活動に過度のストレスを感じ、それでも辞められない方がいて、当然でしょう。

すごく精神的ダメージを感じる方は、多いと思いますよ。

あと、PTAや学校、そして、こういうことをいってきた相手の方に対して、信頼できなくなります。





「学校にお世話になっているのだから」
「大変な人でも、みんな参加してるのだから」


いう言葉が、なにげなく、よく使われます。



この言葉を使われて、断れる人なんて、ほとんどいないでしょう。



「入ってアタリマエ。入らない人間はズルイ人間と思われてしまう。」
「参加活動しないと、子供がひどい目にあう。」

と思わせる空気が強く存在しているのです。





PTA役員さんも色んな人がいますから、
その状況をご存知の方もいらっしゃるでしょうし、
知らない人もいるでしょう。


どちらにしても、

「見てみないフリ」
「放置」

という対応になってしまっています。


それらの圧力を助長するような役員さんも、
少数ながらいらっしゃるようです。
そのような役員さんが少数でもいらっしゃると、
ますます、
自分の意見など言えない状況ですね。


そのようなつもりがなかったとしても、

実質、言論弾圧になってしまっているのです。

「脅しを是認しているやり方」となってしまっています。

多忙などでPTA活動が辛い人に対して、非寛容。

そのようなやり方は、
とても歪んでいると思うし、不誠実でしょう。



「人の弱みにつけこむような在り方」



こどもの幸福を考える団体として、
教育に関わるボランティア団体として、
正反対ともいえる姿勢ではありませんか?


信頼関係を、根底から崩していることにもなっているでしょう。

(信頼関係が無いから、異議も唱えられないし、脱退もできないのでしょう。かなり末期的な状況です。)



いまのPTAは、


善意・自主性・信頼と協力・誠実さ・多様性の尊重といった、本来の在り方でなりたっていません。


結果的にかもしれませんが、、、

タテマエ・同調圧力・脅し・恐れ・不信・非寛容・排他性・犠牲・自責、他責・不安感といったもので成り立ってしまっています。本当に悲しい在り方になってしまっています。


ここまで、悲しく、歪んだあり方になってしまっている団体を、身近で、ほかに見たことがあるでしょうか?

ほんとうに、心が痛みます。

悲しいです。




だからこそ、

「入退会自由の明言化」

が、とてもとても大事だとおもうのです。


「入退会自由」が明言化されていれば、

それは、


「辞めても大丈夫」ということを、
公認し、
お墨付きを与えることになるからです。

これは、安心感・信頼の上で、
非常に大きなことなのです。


(それだけでは、十分とは言い切れない場合も
 多いのではありますが。)

PTAで過度のストレスを感じている人、
本当に辛い思いをしている人に、
『逃げ道』が与えられるのです。



それでも、


「入退会自由と明言したくない」
というPTAは、
よほど、会員に対する信頼、自らの在り方への信頼が無いのでしょう。

「入退会自由を明言したら、会員が激減するから、できない」
という理由を、よく聞きます。

それは、
「PTAの在り方が本当は支持されていない」
と思ってらっしゃるということです。
自らの在り方に、自信がないんでしょう。

あと、
PTA会員に対する信頼も無いということなのでしょう。



「異議を唱えたり、役を嫌がったら、
 こどもがヒドイ目に合わされるかもしれない」

というPTA会員の心情も、
まわりのPTA会員への信頼感の欠如の表れでしょう。

(信頼があれば、このような心配はしないはず)



つまり、、



いまのPTAには、

不信(信頼の欠如)が蔓延してるのではないでしょうか。



もっと正確にいうならば、



PTAの構造そのものが、
保護者間の不信を増幅するようになっているようにみえます。






信頼の欠如。



本当に、悲しいことです。


信頼は、教育の現場にとって、
一番大事なものともいえるのに。



歪んだあり方で、問題放置を続けるほうが、
簡単かもしれません。
しかし、それでは、PTA本来の目的を忘れています。




信頼度、寛容さ、弱い立場・異なる意見の人への尊重度合いが試されているといっていいでしょう。


そのPTAの度量の大きさが、試されています。


どのくらい、
PTAが、自らのあり方と、会員に対して、
信頼を持っているかが、試されているということです。




信頼のないところ、教育は成り立たない。



【 関連記事 】

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→ 「必要(NEED)」と「オプション(WANT)」の区別をつけよう

→ 学校・PTAに子供がお世話になっているのだから、加入するのはアタリマエでは?

→ 入退会自由の周知徹底のメリット

→ PTA活動 直接還元と間接還元


日本人特有の4つの文化

経営コンサルタントの船井幸雄さんのHPで、
興味深いコメントをみつけました。



【加治将一さんからのコメント】

 「精神疾患の損失は年間11億円、先進国第一位。日本の自殺者3万人、ズバ抜けて多い比率です。日本人のウツ、自殺者の増加の一因には、日本人特有のものがあります。

1番は「恥の文化」
自分を取り繕い、ストレスを溜めます。

2番目は「縦社会の文化」
自由な発言がはばかられ、常にプレッシャーをあります。

3番目は「比較の文化」
自分の地位、ファッション、流行を気にし、仲間外れをとても恐れます。

4番目は「頑張れ文化」
落ち込んでいる人に「頑張れ」は禁句です。
本当に苦しんでいる人は「頑張れ」の一言で孤独に陥り、反発心さえ生まれます。




いかがでしょうか。


きわめて正確でわかりやすい描写だと思います。

PTAの問題をも、とても端的に示しているように感じます。


人を追い詰めやすい土壌があるようです。




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