PTAのホントのところ

PTAで調べたこと。PTAの基礎知識と問題点。入退会自由なのか?。非会員の子は行事参加できないのか?など

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[この記事を編集] [ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

入退会自由を周知したら、サボろうというズルイ人が出てくるのでは? そんなの不公平。

この質問をしてくる人って、ホントに多いんです。
その分、丁寧に答えようと思い、やたら長文になってしまいました。初めの方の項目や、見出しだけ読んでいただければ十分です。もちろん、「納得できない!」という方は、納得できるまで、じっくり読んでいただいたほうがいいでしょう。

▼ PTAは有志の集まりです。

まず、根本的なところを理解していただきたいのですが、PTAは「生涯学習サークル」+「ボランティア団体」ということです。自主的な善意にもとづいた、有志の集まりです。

だから、「PTAに意義を感じる人はやればいいし、意義を感じない人はやらなくていい」のです。

だから、やらない人に対して、『サボろうとしてる!』と責める発想が、おかしいのです。やらないから責めるなんて、、、PTAは圧力団体なのですか?
一般の文化サークルやボランティア団体で、やらない人に対して、『サボろうとしてる!』なんて責めますか?

「こんなに楽しいのに、やらないなんてモッタイナイ!」というのなら、わかりますが。

それだけ、今のPTAが歪んでいるということでしょう。

PTAは周知してようがしてまいが、入退会自由なのは事実です。善意のボランティア団体ですから、どんな理由であっても、加入しないことになんの問題もありません。新聞購読・サークル活動・一般ボランティアの勧誘を断るのに、理由がいらないのと同じです。アメリカのPTAでは、単に「やりたくない」で、入らなくてOKです。これがアタリマエです。

たとえ「めんどくさい」であっても、立派な理由です。なにかで、疲れてらっしゃるのかもしれません。なにか事情があって、本当の理由を言いたくないだけかもしれないのです。

だから、どんな理由であっても、OKなのです。理由はいらないのです。

「やらない人がいるのはズルイ」ではなくて、「人数が減ると、困る」というようなシステムにしているのが良くないのです。どんな人数でも大丈夫なシステムに、じょじょに変えていくのがいいでしょう。


「サボろうとしてる! ズルイ!」という視点では、「やってくれた人」に対しても、せいぜい、「ノルマをこなしてるだけよね」と思うだけでしょう。本当に感謝するなんて、できないのではないですか? 

「やらない人に対して、批判する」よりも、「やってくれた人に対して感謝する」の方が、精神衛生上もいいでしょう。
普通の文化サークルや、ボランティア団体では、それができてますよ。


▼ 『ヤラナクチャイケナイ』という信念を持っているのでは?


自分が苦労して一生懸命がんばっているのに、すぐ横で「なーんにもしない、サボっている人」がいたら、誰だって、すっごく腹が立つ!

そういう意味で、「サボろうとする人が出るのはズルイ」と思ってらっしゃると思うのです。


それって、PTAのことを、
『こどものために、がんばらなければいけないこと。少々苦労しても、やらなければいけないこと。』

なんて、思ってるんじゃないでしょうか。

『PTA活動ははゼッタイ必要!』『ヤラナクチャイケナイ!』
そんなふうに考えているから、
なかなか根本的にPTAの負担をスリム化できなかったりするのです。

「おこづかい」が減ろうとしているのに、『ゼッタイ必要だからお金を使うの減らしたくない! おこづかい減るのが悪い!ズルイ!」といってるようなものです。


「PTAのない学校」だって、支障なく運営できてます。むしろ、大人がイキイキしているようですよ。そのほうが、子供にいい影響与えているのではないでしょうか。

だから、PTAは『絶対にヤラナキャイケナイ』ものではないのです。安心してください。

PTAは、
『こどもの幸せをテーマに、親同士が一緒になって考えたり学んだりする生涯学習サークル的な楽しい学びの場』
なんですよ。
別に必要なことではないし、やってもやらなくてもいいんです。
辛い想い、しんどい想いをしてらっしゃるなら、むしろ、やらないほうがいいんです。



他人に対して「ズルイ」と感じるということは、、、

ご自分がPTAに対して「楽しくない」「無理にやらされてる」と感じているということではないでしょうか。
もしくは、「絶対にやらなければいけないもの!必要なもの!」という強迫観念があるのではないでしょうか。

自分の気持ちの整理をしてみることをオススメします。

その結果によって、PTAをいい方向に変えるのを手伝ったり、ご自身も辞めることを検討する方が建設的でしょう。


自分は、本当はどうしたいのか?
どんな形のPTAで活動したいのか?
PTAをやりたいのか? 本当は辞めたいのか?

他人の生き方を気にするより、まず、ご自分の気持ちの整理が大事です。


▼ 本当に必要な人に『逃げ道』与えるほうが大事

「サボる人が出るのはイヤ」といいますが、今の段階ですでに、PTAが入退会自由を明示しなくても、PTAから脱出する人はいますよ。

・ お金持ち (PTAの無い学校へ子供を行かせることができるから)
・ PTA知識が豊富な人
・ 胆力のある人、気が強い人 (人の陰口を気にしない)

このような方々は、入退会自由を明示しなくても、PTAから脱出できます。
(本当は誰でも脱出(退会)可能なんですけど、実質上は、ということです。)

ネットの普及で、入退会自由であることやPTAの実態がバレているので、ちょっとずつ、このような人が増えているようですね。

でも、本当に逃げ道を必要としている人は、PTA入退会自由を明言しないと、なかなかPTAを脱出できないんです。
PTA活動に極度のストレスを感じる人には、『逃げ道』を与えてあげることが必要でしょう。

【PTA活動に極度にストレスを感じる人々】
・ PTAの在り方が不満な人、疑問を抱いている人
・ PTAと考え方が合わない人
・ 病気を抱えている人
・ 仕事、介護などで忙しい人。手際の悪い人。
・ 真面目すぎる人、責任感が強すぎる人
・ 人づきあいがとても苦手な人
・ 気が小さい人
・ なにか他人に言えない事情がある人

これらの人も含めて、全員が入退会自由としたほうが、公平でいいでしょう。

少々、「サボろう」という人が多くなったとしても、『本当に必要な人に、確実に、逃げ道を与える』方が、はるかに大事と思われます。

「サボろう」という人を一人でも減らすために、「本当に逃げ道が必要な人に、逃げ道を与えない」ほうが、よっぽど問題だと思いませんか?
PTA活動で、極度のストレスを感じ、心身を病む人が出てきた場合、あなたは責任がとれるのですか? とれないでしょう。

入退会自由を明示したからといって、「辞める人」が続出するわけではありません。
「逃げ道」を与えるということは、逃げ道があるという安心感、「イヤだったら、いつでも辞めれる」という安心感を与えてあげられます。これが大きいのです。

救命ボートは、必ず使うわけではありません。でも、救命ボートが無いより、ちゃんと用意されている船のほうが、安心して乗ることができます。


▼ PTAが負担が大きすぎることが問題
PTAの負担が大きすぎるので、加入しない人がでるのでしょう。「サボろう」というよりも、PTAが大変すぎるから入らないのです。それは、自然なことです。
いまの社会状況では、生活していくだけでも大変という人が多いのに、多くのPTAはその事情をくもうとしないのです。そして、PTAはボランティア団体としては、とてつもなく負担が大きいというのも事実です。
役員の月平均労働時間は30時間以上。会費は年に数千円。一般ボランティアで、これだけの負担をしますか?
これだけの負担は、善意のある人でも、まず断るようなレベルです。

「家事」+「育児」+「パートなどのお仕事」
をしている人に、ここまでの負担を背負わせることのほうが、おかしいと感じるくらいです。

これだけのことを要求しているのですから、「辞める」人が出ることは、自然なことです。ズルイことではありません。

「できる人が、できるときに、できるだけ」というPTA原則があるようです。それを無視しているPTAの方が問題あるのでは?




▼ 「サボろう」は悪いことじゃない

「サボろう」というのは、別にズルイことではないと思いますよ。ほんとにやらなくてはいけないことは、もちろん、やったほうがいいんでしょうけど。PTA活動に意義を感じる人と感じない人がいます。「やりたくない」と思う人がいるのは当然で、自然なことです。いいかえれば、「もっと自分に合った有意義なこと(休息も含めて)をしよう」っていうことですよ。

ものすごく、イイコトじゃないですか。

お母さんが幸せでニコニコしてるのが、子供にとっても、すごくイイコトだと感じますし。


イヤなこと、自分に合わないことを無理にやって、ブスッとしてたり、疲れた顔してるよりかは、よっぽど、子供と周りにいい影響を与えるんじゃないでしょうか。

心配してなくても、ホントにやらなくちゃ生きていけないような、最低限のことは、みんなやってます。

それを、無理やり、ダマしてでも強制してやらせるというほうが、よっぽど暴力的に感じます。


▼ 「ダマす」&「無言の圧力」&「強要」していいという理由にはならない

「入退会自由を明言すると、サボる人がでてくるからイヤだ」
というのは、つまり、、、

サボろうというズルイ人が出てくるのがイヤだから、「ダマす」&「無言の圧力」という手段をとる。

ということだと思われます。

これって、どうなんでしょうか…。

★ 別にやってもやらなくてもどちらでもイイコトを「サボろうとする」
★ 「ダマす」&「無言の圧力」&「結局、強要する」


どちらが、より、ひどいことなんでしょうね。

個人的には、後者のほうが、よっぽどヒドイことをしているように見えます。


「アイツが、うちのマンガを勝手に読もうとしたから、おもいきり殴った」というのと、同じようなかんじじゃないですか?

「そりゃダマって読むのは失礼だし、断ってから読んだほうがいいんだろうけど、マンガくらい、勝手に読んだっていいじゃない。殴るほどのことか??」って感じがしますね。


『ヒドイことをされそうだから、先に相手にヒドイことをして、相手を縛ることで防止する』
というロジックは、悲しいものがありますね。

こういうことを、「こどもの健全な教育を考える団体」がするというのは、本当に歪んでいます。

「サボろうとする人が出るのがイヤだから、ダマしてもいい」
ということには、ならないでしょう?

相手の人権をふみにじっておいて、「サボろうとする。ズルイ。」なんて言えないと思いますよ。


▼ 『異なる考え方』を認めようとしない。不寛容。

世の中、いろんな考え方の人がいるのです。

産経新聞のアンケートでは、「PTAは必要か? NO42%」だったようです。
PTAがあまり大事と考えない人が42%いらっしゃるということでしょう。この人たちがPTAに加入しないのは、別に構わないのではないですか?

PTA活動を大事とおもう人もいれば、大事と思わない人もいるのです。

ご自分がPTA活動を大事と思うのは問題ありません。それを、他人にまで押し付けるのが、問題なのです。

自分は自分で、PTAに必要性を感じる人だけで、PTA活動をやればいいではないですか。
やりたくない人まで、「サボろうとしている」と責めて、入退会自由であることを隠してまで、押しつけようとするのが問題なのです。

「PTA活動に必要性を感じない人」は、「PTA活動に必要性を感じる人」に対して、「ムダなことだから、やめろ」なんて、押しつけたりしないのではないですか?
「やりたくない人」は、ただ、自分が辞めたいだけなのです。自分がやりたくないからって、「必要性を感じる人」まで、辞めさせようとはしません。ココが、大きな違いなのです。


「必要性を感じない人」は「必要性を感じる人」の価値観を認めています。
「必要性を感じる人」は、「必要性を感じない人」の価値観を認めようとしません。

これこそ、とんでもなく、「不公平」ではないですか!

現状、いろいろと不公平があります。
それぞれの考え方があるのに、「必要性を感じない人」の意見は無視して、「前の年と一緒がいい」という人の意見だけ尊重されるのは不公平でしょう。
役員に当たる人と当たらない人がいる現状は、きわめて不公平でしょう。

そんな不公平があるにも関わらず、それは無視して、

「サボろうとする人がでるのは不公平。ズルイ。」
というのは、本当に歪んでいると感じます。

自分の価値観だけ、大事にしていて、異なる価値観を全く認めようとしていません。

そんな場は、とても息苦しいし、子供の価値観に悪影響を及ぼしているのではないでしょうか。
「自分と違う価値観の人間は、批判してもいい。いじめてもいい。」
そんな価値観を、子供に、植えつけていませんか?

『世界に一つだけの花』の歌詞を覚えていますか?

それぞれの色や価値観を認めるということが、教育上でも、とても大事なのです。

さて。それぞれの事情や価値観の違いを含めて、本当の意味で平等にするには、入退会自由化と、「できる人が、できるときに、できるだけ」を実現するのが一番です。

本当の、善意のボランティア団体になることが、本当の意味での平等です。全ての人にとって、Win-Winです。負け組がいません。皆にとってハッピーな状況ができあがるのです。いいと思いませんか?


▼ 見えない「不信」の表れか?
「サボろうというズルイ人が出るのはイヤ。不公平。」
そんな意見がくるたびに、「お母さん方って、一見、仲が良さそうにみえるけど、本当はお互い信用してないのではないかな?」なんて感じます。

本当に信頼しあってれば、「入退会自由OK。忙しい人や考え方合わない人がいるのはアタリマエ。できる人が、できるだけ、がいいよ。風通しもいいし。」という意見が多くなるはずなのです。

それなのに、「サボろうとする」「ズルイ」「不公平」という意見が多いのは、結局、お互いを信頼してないんじゃないですか?

なんというか、悲しい現状です。

『PTAはヤラナキャイケナイ』という考え方が、負担の増大を呼び、お母さん方の間の見えない不信とギスギス感の温床になっているのでは…。だから、「サボろうとする人が出る」「ズルイ」「不公平」という考えが出てくるだけで、根本的な解決をしようとしないのではないですか?

「親同士の親睦を深める」も、PTAの目的の一つなのに、逆効果になっているような気がしてなりません。

そして、そんな場は、子供にも悪影響を与えかねません。

お互いが、お互いを縛りあうのは、もう、やめにしませんか?

お互いが信頼できる場にするためにも、「入退会自由化」「できる人が、できるとき、できるだけ」の大原則は、やはり必要です。そうでなければ、不信と文句の温床になってしまうのです。

たとえば、豪華客船の旅を楽しんでいても、救命ボートが少ししかなければ、乗客たちは、お互いに、疑心暗鬼になるでしょうね。『いざというときに、先を越されないようにしないと』なんて、心の底では思うはずです。救命ボートが十分にあれば、安心できる楽しい船旅になるでしょう。

▼ 合わない人は出て行かせたほうが得
仮に「さぼろう」という人やPTAと考え方が合わなくて出ていきたい人がいたとしても、そんな人は、出ていかせてあげたほうが、PTAのためでもあると思います。

普通のボランティアサークルだって、将棋部やテニス部だって、そうでしょう? そこに「すごくイヤがっているのに無理やり活動させられている人」が一人でもいたら、雰囲気がすっごく悪くなります。恨みも買います。そんなサークルは評判も悪くなっていくでしょうね。

素直に出て行かせてあげたほうが、余計なものが削ぎ落とされて、よっぽどスムーズに事が運ぶようになり、ステキなPTAになりますよ。やりたくないという人まで、わざわざ無理につなぎとめておこうとするから、「人をダマす」とか「問題を抱えたまま」になっているのです。そして、わざわざ加入してくれている人に感謝もできなくなるのです。

PTAのイメージや評判が悪いのも当然です。


繰り返しますが、
加入しない人を批判することは、「人間としての学びと成長」「健全な教育環境づくり」という理念と全く相反するものだとおもいます。


加入しない人を批判するよりも、加入してくれた人に感謝するという方向で考えてみませんか?

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。