PTAのホントのところ

PTAで調べたこと。PTAの基礎知識と問題点。入退会自由なのか?。非会員の子は行事参加できないのか?など

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保護者の連帯は大事。PTAが任意加入だと、みんなバラバラになる!?

確かに、保護者同士の連帯や、地域の人々の交流は大事ですね。
任意加入であることを明示しても、ほとんどのPTAは保護者の80~90%以上は加入するようですから、ご心配ありません。
それに、日本にはちゃんと学校主催の「保護者懇談会」なるものがあります。それだけで十分だと感じます。
仕事が忙しかったり人づきあいが苦手だったりして、「保護者懇談会」すらも、なかなか出ない人もいますが、それは仕方ないことでしょう。いずれにしても、強制するようなものではありません。それぞれの個性と事情があるのですから。いまのPTAはとにかく不寛容ですから、「寛容さ」「懐の深さ」がほしいところです。

PTAがあってもなくても、知り合いが多い人は多いし、少ない人は少ないままです。町内なんかでもそうです。町内会があろうとなかろうと、仲がいいところは仲がいいし、希薄なところは希薄なままです。
PTA活動は、たしかに知人が多くなる機会の一つを提供していることは間違いありません。だから、PTAが好きな人は、どんどん活用すればいいです。しかし、イヤがっている人にまで、無理やり押し付けていいものではないですね。

無理に強制すると、かえって、保護者間で、隠れた不信感や恨み、ギスギス感が生まれることになります。隠れていて、なかなか見えない分、とてもヤッカイです。ましてや「ダマす」&「暗黙の圧力」といった非人間的な手段で強要するわけでしょう?、それで人間関係に何も弊害が無いはずがないじゃないですか。それよりかは、なかなか来ないような人にも「楽しそうだな。行ってみようかな。」と思わせるくらいの楽しい雰囲気を、PTAがかもしだすことを考えたほうが、はるかにいいのではないですか。PTA加入者にも、非加入者にも、居心地のいい場を目指すことが、『子供の幸せの環境づくり』という目的にも、ピッタリ一致します。いまは、PTAはとても風通しも悪く、居心地の悪い場のようですね。強要より、風通しのいい、居心地のいい場を目指す方向で考えてみてください。

【 北風 と 太陽 】 のようなものです。


PTAが無い学校である「けやき小学校」の元校長先生は、「無理に束ねると教員も保護者も自立できないんです。」と、おっしゃっていたそうです。強要することで、大きな弊害があるということです。

心配ばかりしてないで、気楽に、ゆるーくいった方が良さそうですよ。いい人間関係って、そんなものじゃないですか?


「PTA進化論⑨」より抜粋 PTAの無い学校 けやき小学校の話

「保護者同士が顔見知りになり、教員との信頼関係を醸成する」PTAの基本が損なわれることはないだろうか。

児玉氏の回答は楽観的なものだった。「PTAはなくても、保護者は自発的にクラスごとの集まりを持っていました。担任と話し合ったり、授業の補助に入ったり・・・。保護者間や教員とのコミュニケーションが悪くなることはなかったですね」

以前、PTAでの信頼関係があったがゆえに、学校での事故をむしろ学びの機会にできた自分の体験を述べた。考えてみれば、あれはPTAである必然性はないのだ。

児玉氏は最後にこう締めくくった。「無理に束ねると教員も保護者も自立できないんです。PTAがないがゆえに、それぞれ立場の違う大人として向き合える、ということもあります」

なんとも含蓄のある言葉。今のままのPTAは「進化」が必要だとますます思うのだ。



PTA活動が減ったら、子供がかわいそうじゃないの?

別にそうとは限らないのではないでしょうか。
単純に、物を与えたり、催しものを体験させるだけなら、PTAでするより、保護者個人でした方が何倍も効率的だと思います。より、その子個人に適したものも、選べるでしょう。
PTA活動が減るということは、その分にかかるコスト(お金・時間・労力)が減るということです。その浮いたコストで、子供を抱きしめてあげたり、愛のある言葉をかけてあげたり、その他いろいろなことができるのです。

PTA活動に限らず、なんにでも言えることですが、なにかが減ることや無くなることは、別に悪いことではありません。それにかかるコストが無くなり、余裕が生まれるからです。たとえば、何かのコレクションを持っていたら、それだけで、その場所を維持するのに多くのお金がかかります。さらに、整理するための労力も大変なものです。手放せば、その分、余裕が生まれます。車なんかは、その代表格ですね。手放せば、余裕が生まれます。余裕があるということは、それ自体、とてもイイコトであり、さらに良いものが来るスペースができるということです。これは、とても重要な概念だと感じています。


PTA活動の量が無理のないものなら、別に減らす必要はないでしょう。しかし、無理のある量であれば、減らして適切な量にすることにより、保護者の方々のストレスが大幅に減ります。お母さんが無理してイライラしているより、無理をしないことで、おだやかにニコニコしているほうが、はるかに子供のためにいい影響を与えるでしょう。

子育ては、家庭の足元固めが第一です。



PTAのない学校も少なくないようです。それらの学校の大人はイキイキしていて、子供にいい影響を与えているように感じます。PTAのない学校でも大丈夫なのですから、あまり固く考えず、ゆるーく考えて大丈夫でしょう。


そもそも、「子供のための活動」といっても、幅広すぎて、全部やっていくわけにはいきません。どのみち、全部はできないのです。あせる必要はないでしょう。「できるだけ」で十分です。
お金も時間も労力も、有限です。限られたお金・時間・労力の中で、身の丈にあった活動をしていけば、それがベストだと考えます。

活動の量は、減るかもしれません。しかし、『なにが子供のための活動として優先順位が高いか』をよく話しあえばいいのです。その上で活動をしていけば、全体的な活動量が減っても、『前年度と一緒』をひたすらやるよりも、はるかに質を向上させることができます。さらに、「身の丈にあった活動をする」という人生姿勢を、子供に教えることができます。このほうが、本質的に子供のためになると感じます。「生きる力」というものを教えることになるのではないでしょうか。

無理して、活動を多くしたら、『無理をしなくてはいけない』という人生姿勢を子供に教えることになります。我慢というものは、ある程度は人生に必要なものではありますが、あまりに行きすぎると有害です。ストレスがたまり病気になることも珍しくありません。

『身の丈以上のことをしてもいい。しなければいけない』『○○は、やらなくちゃいけない。それにかかるコストを減らしてはいけない。』という人生姿勢を教えることは、さらに問題があります。人生では、収入が多いときも少ないときもあると思います。収入が少なくなったときなど、『身の丈にあわせた活動』ができる柔軟さがないと、借金づけの生活になってしまいます。

「そのときどきの状況にあわせて、柔軟に対応する」という姿勢は、「生きる力」そのものです。子供に一番学んでほしい資質の一つではないでしょうか。





『強いもの、大きいものが生き残るのではなく、 変化するもの、変化できるものが生き残る』
チャールズ・ロバート・ダーウィン


(注)「ダーウィンはこんなことホントは言ってないよ」という説もあるのですが、説得力のある言葉なので、引用させていただきました。大きいものや、強いものは、それを維持するコストも大きく、いいことばかりではないということですね。

PTAの「先生」会員は、保護者会員とは扱いが違うのですか?

PTAでは、数の上では少ないものの、「先生」も会員です。

PTAでは、保護者会員も教員会員も、まったく対等です。
校長先生だろうと教頭先生だろうと、一保護者だろうと、まったく対等です。



● 先生はPTA役員・委員選出から外れていることが多いですよね?

これは、おかしな話ですね。
学校では「PTA担当教員」という役が毎年選ばれているそうですが、それが学校側の役割分担の話です。
PTAでは、保護者と同様に先生も役員候補になるというのが筋ではないでしょうか。
「先生には、先生の仕事があるから忙しい?」
そんなものは、保護者だって一緒でしょう。保護者だって、それぞれに仕事をもっていて忙しいのです。



> 先生の子供は学校に通ってもいないし、PTAの恩恵を受けてるわけでもないから、役員をさせるのは不公平。

> 先生が役員までしたら、PTAの自主独立性が失われる。

> ただ、毎年そうだから、そんなものなんでしょう。

このように考える人が多いので、先生が役員から外されてることが多いのでしょう。
この3つの考え方は、いずれも「マチガイ」or「問題がある」と個人的に考えます。


とにかく、先生は役員選出の候補から、最初から外れていることがほとんどです。これがアタリマエと思われていますが、どうやら本当は違うようです。


そもそも、先生側が役員候補から外れているから、入退会自由の明示にも無関心なのかもしれません。
先生も役員や委員候補であるなら、入退会自由の明示化に真剣になってくれそうですね。



ただ、やはり先生は先生ですから、ある程度の礼儀をもった対応は大事だと感じます。





●先生はPTA会費を払っているのに、先生の子がPTAの記念品や主催行事の恩恵を受けられないですよ? 不公平では?

これは、PTA本来の考え方からすると、不公平でもなんでもありません。
PTAの会費は、自分の子がPTAの恩恵を受ける権利をもらうためのものではないのです。PTAは生涯学習的な文化活動サークルであり、ボランティア団体ですから、会員本人の学びと成長が第一目的です。その学費およびボランティア活動費が会費なのです。つまり、PTA活動をすることで学びと成長を得るという恩恵を、先生もちゃんと受けているのです。だから別に不公平ではありません。。

ただ、帳尻あわせに、年度末や異動のときに、PTAから先生に豪華花束などを贈ることが多いですね。うちのPTAでは、PTAには、まったく関係ない警備員さんにも花束を毎年贈っていますね。先生も「帳尻あわせ」「前年度の踏襲」で花束を贈ってもらっているのはご存知でしょうから、喜んでらっしゃるかどうかは、はなはだ疑問です。先生にもよるのでしょうが…どうせなら、図書カードやお米券のような実用性の高いもののほうがいいかもしれませんね。



新くらしの法律相談ハンドブック 自由法曹団編 旬報社 より抜粋

PTAは、父母と先生が対等の立場で参加し活動する「教育を本旨とする民主的団体」です。

PTAは学校とは別の独立した団体です。PTAでは校長先生も教頭先生も一人の会員であり、父母会員とまったく対等です。
したがって、先生を特別扱いする必要はないし、特別扱いはおかしなことです。PTAでは父母も先生も心を開き合って、率直に子育てや教育のあり方を語り合いましょう。


PTAは役員以外の負担は大したことないでしょ? 子供のために、それくらいしたらいいのでは?

その学校によりますね。PTA活動がやたら多い学校も知っています。そういうところは、一般会員でも負担は大きいのでしょうね。あと、一人一役のPTAも、負担は大きそうです。

子育て世代というものは、精神面、経済面、時間面、あらゆる面で、とても大変なのです。その子育て世代の中でも、格差は激しく、裕福で余裕ある人もいれば、泣きたくなるほど大変な人もいます。多忙な人には、少々の負担でも重く感じることでしょう。そういう人は、助けを求めているくらいなのに、新たに負担を要求するというのは、「思いやり」に欠けています。

自分にとっては、すごくイイコトに思えても、他人にとっては、そうではないことも多いのです。
たとえばテニスは、爽やかで、健康的で、楽しいスポーツなんでしょう。お金もそれほどかかりません。それでもやはり、テニスを嫌がる人はいます。少々プレイするくらいでも、キライな人には、ものすごいストレスです。納豆も好きな人には、何個でも食べられるでしょうが、キライな人は一粒食べるだけでも、すごいストレスです。好きな人には大した負担ではないことも、キライな人には、ものすごい負担を感じるものです。負担感も人それぞれで、「大したことではない」と他人に押しつけていいものではないはずです。


いまのPTAは恩恵も確かにありますが、弊害も大きいと感じています。「まったくムダ」「百害あって一利なし」なんておっしゃる方もいらっしゃいます。つまり、本当に「こどものため」になっているかどうかの段階で、疑問があるのです。

PTAに意義を感じる方は、大いに活動されればいいし、PTAが「こどものためにならない」と感じる方は、PTA活動は辞めて、その分浮いた労力とお金で、別の意義ある活動をしたほうが建設的です。

「意義を感じない」「子供のためにならない」と思う活動に対しては、たとえ負担が大したことがなくても、渋るのは当然です。

たとえ役員のくじ引きに当たらなくても、毎年毎年役員決めはあるのですから、いつ当たるかわからないというストレスは、かなりのものだと考えます。まるで、「ロシアンルーレット」をやっているようなものです。


自分が役員でなくても、誰か他の人が役員・委員を「やらされている」わけです。その人に「やらせている」のはPTAです。そして、自分もPTAの一員ですから、「やらせている」内の一人です。被害者にならなかったとしても、加害者になってしまうわけです。これはこれで、胸が痛いのです。自分が役員にならなければいいというものではないのです。


このような理由で、「低負担だから」といって、強制していいものではありません。ましてや「ダマす」&「脅し・悪口」などという手段を使っていいものではありません。もちろん、高負担よりかは低負担のほうがいいとは思いますが。

新聞だってそうでしょう。
新聞は粗品もいっぱいくれるし、割引もいっぱいしてくれるし、スーパーのチラシもいっぱいもらえるしで、実質的な月々の負担は微々たるものです。しかし、それでも、イヤな人にはイヤなのです。仮に「新聞をとってもいいな」と思っていたとしても、契約書も説明もなく、勝手に契約されていたら、すごくイヤでしょう。そんなことされたら、信頼も消え去ってしまいます。

たしかに、高負担はPTAが抱える問題の中で一番大きいものの一つではありますが、それだけが、問題ではないということです。



PTAに限らず、どんな活動でもそうですが、、、
その活動をするかどうかは、負担の大小で決めません。
かかるコスト(労力・お金・時間)に見合うだけの、意義がみいだせるかどうかです。



負担が小さくても、意義が見い出せなければ、やりたくありません。
負担が大きくても、それに見合う意義があれば、喜んでその活動をやります。


人間の根源的な心理は、このようなものだと思いますよ。


そして、この判断基準は、教育面でも、非常に好ましいと感じています。

子供の学校・教育に関心を持つことは必要でしょう!? 親の義務です!!

たしかに、子供の教育環境に関心を持つことは、とてつもなく大事なことです。

個人的には、教育こそが国の礎だと感じています。

「できるだけ、教育に対する関心を持ってもらう機会がほしい」
などとも思っています。


子供の教育環境に関心を持つための活動は、いろいろあります。

・ 教育関連の本を読む。
・ 子供に話しかけたり、子供の話を聞く機会を多くする。
・ 栄養があり簡単な料理を研究する。(マクロビオティックなど)
・ 学校の懇談会、授業参観に参加する。
・ PTA活動に参加する。

つまり、PTAは教育環境に関心を持つための選択肢の一つとしてあるだけなのです。

PTAが唯一の方法ではありませんし、PTAに参加しないからといって、教育に関心がないわけではないのです。それぞれが、自分に合ったやり方をされるのが一番いいでしょう。


仮に、どれもやってらっしゃらなくても、がんばって仕事をして働いて、子供を育てているというだけで、とても立派だと思います。


さて、
子供の教育環境に関心を持つことは、たしかに、とてつもなく大事なことですが、、、
自分がそれを大事に思うからといって、他人に押しつけるのは、いかがなものかと。


1)自分はイイコトをしている。

2)そのイイコトをしない自分勝手な人が多いようだ。
  (自分はイイコトをしてるから良い人だ。正義だ。)

3)だから、自分勝手な人には、イイコトを強制してもいい。いや、強制しなくてはいけない。



という理論は、大変、危険ではないでしょうか。

恐ろしいことです。



なぜ恐ろしいか、視点を変えてみましょう。

わたしは、個人的にボランティア活動をしています。
(ゴミ拾い活動、環境浄化活動、政治関係活動など。このブログを書くことも、意義のあるボランティア活動です。)
自分では、とても意義のある素晴らしい活動だと思っています。
素晴らしいと思っているから、がんばってやっていますし、とても楽しいです。

仮に、私のやっている活動が、本当に、とてつもなく大事な活動と仮定しましょう。

で、「この活動の意義を理解しない自分勝手な人が多い」「だから、強制してもいい。たとえ、ダマしてでも。」という考えを持ったとしましょう。

…どう感じますか?


空き缶やタバコのポイ捨てをする人が多いです。
とても自分勝手だと感じます。
できるかぎりですが、拾うようにしています。
社会にとっても、すごく意義のある活動だと思います。

だからといって、
「ゴミ拾いしない人は、人間的に劣っている!」
「ダマして、強制してもいい!」

そんなふうに考え、実践してたら?

すごく他人を見下したものの見方をしています。それだけでも問題です。
せっかく、「ゴミ拾い」という善い活動をしていても、なにもかも台無しにしてしまうと思いませんか?


政治関係の勉強も、ものすごく大事だとおもっています。
「政治=生活」だと本気で思っています。
ある程度、関心や知識がないと、マスコミなどの戦略にのせられ、イメージだけで、投票をしてしまいます。
それで、国民全体の生活が大きく左右されてしまうのです。

投票も、とてつもなく大事なことだと思っています。
現実には、衆議院選挙でも投票率は60%程度です。
投票率が低いほど、バックに資金のある団体がついている政党が有利になります。庶民に厳しい政治になっていきます。

だからといって、、、
「政治に関心もなく、投票も行かないなんて、なんて自分勝手な人たちだろう!!」
「たとえダマしてでも、強制的に、政治の勉強や投票をさせるべきだ!!」

などと言うのは、どうなのでしょうか?

あなたが、強制される側だったら、どう感じますか?
無理やり、政治の勉強をさせられることになったらどうですか? 環境浄化の研究活動に参加させられることになったら、どうですか? それが月1~3時間くらいならともかく月30時間以上になると、どう感じますか?

「やってみないと良さがわからない」「やったら意外と楽しいから大丈夫」「必要なことなのにやろうとしないなんて、人間として問題がある」なーんて論調で、説得されたら、どう感じますか?

「なんと横暴だろう」
「いくらイイコトだからって、強制するな!」
「それぞれの考え方と事情があるんだよ!!」
「そんなにやりたいんなら、自分たちだけでやれ!!」

なんて思いませんか?


やはり、善行というのは、自主的に自発的にする姿勢を大事にしたいのです。人の善意を大事にしたいのです。強制すれば、もはや善意でなくなってしまうのです。


「強制のあるところにボランティアの花は咲かない」

というのは川端裕人さんの言葉だそうですが、本当にそう思います。


いくらイイコトだとしても、強制することは相手の人間性と善意を踏みにじることでもあるのです。

民主主義の考え方とも逆行します。


自発精神を削ぎ落とすことにもなりかねません。
「周りと一緒が無難で、身のためである」という意識を植え付けることになるのではないでしょうか。


善悪の判断も絶対的なものではなく、なにが善いことでなにが悪いことかも、人によって、かなり違ったりするのです。その多様性は、人間の強さでもあり、素晴らしいところなのだと感じます。

人それぞれ、違うから、素晴らしいのです!!

「世界に一つだけの花」の歌詞を思い出してみてください。




自分が善いと思うことは、自分で楽しみながら実践していけばいいのです。そして、機会あれば、周りの人にオススメする。それで十分ではないですか?



それぞれ、お互いの違いを認め、敬意と感謝を示し、それぞれが意義あると思える活動をイキイキとできる世界を夢見ています。

そして、それは可能だとおもっています。


PTAがないと学校がまわらないのでは?

PTAがないと学校がまわらないのでは?

これも、とってもよく聞かれる質問です。

PTAがなくても、学校は、ちゃんとまわります。

PTAの無い学校も、ちゃんと運営されています。
○ PTAのない学校 『けやき小学校』の事例



ちなみに、私は第二次ベビーブームのときに生まれました。この年代は生徒数がとっても多く、学校側は大変だったとおもいますが、それでも、ちゃんと運動会も他の一般的な行事も、ちゃんとしてました。

ちなみに、わたしの子供のころ、運動会にはPTA競技はありませんでした。まわりの人にも聞きましたが、子供のころ、PTA競技があるところは、ほとんどないようでした。

運動会に限らず、むかしは、PTA活動はずっと少なかったようです。(うちの父はPTA会長経験があります。)


とても生徒数が多い時代で、PTA活動がずっと少なくても、学校はちゃんと運営されていました。



ですから、別にPTAがなくても、学校は運営されます。


どうしても手が足りないときは、その都度、ボランティアを学校側がつのればいいのです。PTAのない学校は、それでうまくやっていけてるようです。



個人的には、どうしてもできない分はスリム化すればいいと思っています。運動会も、午前中でおわるくらいのボリュームでもいいと考えています。

PTAがいまの形で存続し、「ダマしたり脅したりするようなやり方&強制労働」という形をとっていくよりかは、各行事をスリム化するほうが、子供の教育上いいと思います。



本当に、どうしてもPTAの手がないと、学校がまわらないとするなら、それはそれで、やはりおかしいのです。
その場合は、本当に必要な人手が足りてないのですから、学校やPTAが行政・教育委員会などにかけあい、人員増をしてもらうというのが筋でしょう。それもせずに、安易にPTAに必要な人手を押し付けるのは、おかしいのです。そのようなことをしていたら、PTAが善意のボランティア団体から離れてしまうに決まっています。学校が、ボランティア団体というサブ的な存在に、「必要」なことを頼るということが、そもそも、おかしいのです。PTAはボランティア団体なのですから、あくまで「サブ」な存在と、学校側がまず認識してほしいものです。「いつでもどこでも労力が捻出できる、便利なアイテム」と思われては困るのです。




元校長先生のブログ、
教育の窓・ある退職校長の想い:PTAと学校(11) PTAの未来像は、
から抜粋

PTAがなくても、学校は動く。

(中略)

 『自由にすれば、人は活動しない。』

 そう思っていた。

 わたしは、基本的に、人間というものが分かっていなかった。人間、やりたいことには、ものすごい情熱を発揮するのだね。

 わたしは、『人への信頼』という、教職にあるものにとっては不可欠な人間観なるものを学ばせていただいた。


【参考ページ】
≫≫ 「必要(NEED)」と「オプション(WANT)」の区別をつけよう


■「PTA非加入である事情を説明してほしい」というご意見に対して■

こんにちは。
このブログを更新するのも、久々となります。
年度初めを迎え、恒例のPTA役決めの季節になりました。

この時期は、いろいろありますね。


昨年PTA役員をやってらっしゃったという方から、
私のところへお電話がありました。

「PTA会員各位と書いていようが、
 学校にお世話になっているのだから、
 非会員でも絶対に、
 PTAアンケートを提出する義務がある。」


「PTAクラス委員はPTA管轄下とか、そういう問題ではない。
 学校にお世話になっているのだから、
 PTA非会員であろうと関係ない。
 だから、クジにあたった場合、
 免除に該当しない場合、
 絶対にやっていただくことになる。
 クジになった場合、
 当然、クジに組み込ませていただく。」


などということを、かなり高圧的な口調でまくしたてられ、
わたしがまだ話している最中にガチャンと電話を切られました。

この電話のことを担任の先生に告げて、事を収めていただきました。



このような方がいらっしゃるから、
PTAのことを苦痛に感じる方が後を絶たないのだと思われます。

このように言われると、すごく精神的ダメージを感じる方は、
多いと思いますよ。


ここまでくると脅迫にあたるとおもいますから、
警察や弁護士に、
一回本気で相談したほうがいいかもしれませんね。


さてさて、
PTA役きめのとき、
PTA非入会の人がいると、

「本人から、直接、事情を聞かせてほしい」

と、おっしゃる方が、しばしばいらっしゃるようです。


そのような方のため、お手紙を書きました。


せっかくなので、ここに転載させていただきます。

ご参考になりましたら、幸いです。


→ PTAよ成仏してくれ!|まるおの雑記帳 - 加藤薫(日本語・日本文化研究)のブログ -

も、あわせて読んでいただくと、良いと思います。




以下転載
----------------------------------------------------------------------------
PTA非加入であると、PTA役員・委員決めの場で、

「本人の口から、事情を聞かせてほしい」

というご意見が、しばしば出てくるようです。



もし、どうしても、
一言で、事情を説明するとするならば、、、

「PTAとは考え方が違うから、
 加入・活動はいたしません。」

と、なります。


もうすこし丁寧にご説明するならば、

「PTAは、恩恵もたしかにありますが、
 非常に弊害・問題の多い団体であると感じています。
 そのような団体に所属し、活動することは、
 良心が痛み、非常に心苦しく感じるのです。
 考え方が根本的に違うので、
 非加入を選びました。」

と、なります。

この説明だけで納得できる人は、少ないのではないでしょうか。


その場で、ひとことで言えるような事情で
納得していただけるような団体であれば、
誰もPTAで苦労はしないのではないでしょうか。

ひとことで言えないようなことだからこそ、

わざわざ、
「この本は、わたしの意見のほとんどを代弁
 してくれているような本なので、読んでほしい。」
 ◆川端裕人さんの「PTA再活用論」と「PTA進化論」◆
 (図書館でもWEB上でも読めます。検索してみてください。)

「わたしの考えを、ブログにまとめたので、
 ぜひ、読んでほしい。」
 ◆PTAのホントのところ◆
 (WEBでタイトル検索してください。)

と、ご近所の方々やPTA役員の方々、
園長先生、校長先生、担任の先生などに、
機会あれば、申しあげてきたのです。


結果、ほとんどの方は、
読んではくださらなかったようです。


PTAが抱える問題を軽減しようと、
PTAの役員の方には、
いっしょうけんめい、
何度もお手紙を書きましたが、
返信が返ってきたことはほとんどありません。
(返ってきたとしても、走り書き程度でした。)

このようなことから、
ほとんどの人は、
あまりPTAや、PTAがかかえる問題、
PTAで辛い思いをしている人々に対して、
あまり関心が無いという気がいたします。


ほとんどの方にとっては、
年度初めに、自分が役にあたるかどうかだけが、
PTAについての関心事項であって、
あとは特に関心はないように思えるのです。


PTAの役決めのときだけ、
「ご意見・事情を聞きたい」
と言われても、無理なのです。
理解していただくには、
短い言葉では不可能ですし、
PTAの役決めのときというのは、
時間的にも切羽詰っている状況でしょう。
無理に短い言葉で説明して、
良い状況をもたらすとは思えません。



PTAの役員の方から、
「説明責任」を果たしてほしいといわれました。


わたしは、いままで、ことあるたびに、
わたしの意見を示そうと努力してきたつもりです。
「説明責任」は、果たそうとしてきたつもりです。
(本来ならば、一ボランティア団体に所属しない理由を
 わざわざ説明する責任は、非会員には無いとは思います。)


また、PTA自体が、
「PTAは実は任意加入であり、
 自主性・善意にもとずくボランティア団体である。」

「PTAは『できる人が、できるときに、できるだけ、できることを』が基本。
 マイペースの参加が基本であり、無理強いがあってはならない。
 (うちの市のPTA事務局の方も、このことを強調しておられました。
 PTA発足時の文部省策定のPTA参考規約にも「いささかも強制があってはならない」
 と記されています。)」


という、
とてつもない重大事項の説明責任を、
果たしていないような状況です。
消費者契約法により、
事業者としてのPTAには、
会員の勧誘に際し、および会員に対し、
会の性格等についての説明責任があると
思いますが、いかがでしょうか。
そのような法律に照らさなくても、
重大事項の説明責任を果たしてない時点で、
あまり誠実な団体には思えません。

さらにいうならば、
PTA総本山である「日本PTA全国協議会」は、
事務所が赤坂にあり、かつ、
会計を非公開にしているようです。
説明責任を果たしているようには思えません。


PTA自体が重大な説明責任を放棄していると思われるのに、
また、
わたしが書いた手紙の返事もおざなりなのに、
このようなときだけ、
しかも、PTAの公の場で、
非会員(PTAとは無関係の人間)の名前を出して、
(個人情報保護の面からも大いに問題があります。)
「説明責任」を求めるというのは、
やはり、おかしな話だと思います。



また、
「シングルマザーでも、
 仕事が非常に忙しくても、
 PTA活動に非常にストレスをかかえる方でも、
 役を免除されないし、
 断ったら、学校での人間関係に支障が出たり、
 子供が迫害されそうで怖くて言い出せない状況。
 それで、辛い思いをしている方が、
 たくさんいらっしゃる。
 本来なら、ボランティアなど、
 経済的時間的精神的に余裕のある人だけができるものでしょう。」

と、学校やPTA役員さんにお話してみても、

「じっさいに、そのような方がいらっしゃるかどうか、
 わからない。」
と、返ってくることも、しばしばあります。


ですから、PTAの在り方に不満を持っていたり、
非常に辛い思いをなさっている場合は、
ご自分の想いを、
学校やPTA執行部に、率直に伝えたほうがいいと思います。
そうでなければ、実際に存在する問題として、なかなか認識されませんから。


PTAに限らず、どのような組織・団体も、問題はかかえています。
問題のない団体など、皆無でしょう。
少しでも良くなってほしいと思うなら、
一人ひとりが、
率直に意見を伝えていくことが必要だと思います。


わたしの意見・事情を聞くよりも、
ご自分の意見を率直に発信していくことが大事だと思われます。


意見や、不安な想いを発しなければ、
「現状、特に問題なし」と、認識されてしまっても、
ある意味、仕方がないのではないでしょうか。
問題をかかえたまま、
現状が変わらないのも、仕方がないのではないでしょうか。

★こどもの代にまで、いまのようなPTAを残したいですか?★



本気で、わたしの事情を聞いてみたいと
おっしゃってくださる方が
いらっしゃるのならば、大変ありがたいことです。
以下の書籍・ブログを、
ひとつでも熟読してみてください。
わたしの意見・事情・考え方が、
ある程度、わかっていただけると思います。

◆川端裕人さんの「PTA再活用論」と「PTA進化論」
 (図書館でもWEB上でも読めます。検索してみてください。)

◆PTAのホントのところ(拙ブログ)
 (WEBでタイトル検索してください。)



これらを熟読していただいた上で、
なお意見を直接聞きたいという方が、もしいらっしゃれば、
お話させていただく所存です。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。



■補足 よくある質問に対して

たとえ、ものすごく苦痛に感じても、
ものすごく多忙であっても、
PTAに入らなくてはいけない理由として

「学校にお世話になっているのだから」
ということをよく耳にします。

これに対する個人的意見も、
拙ブログ「PTAのホントのところ」に
書いていますので、ぜひご一読ください。


その他、よくある質問に、
ここでも、簡単に個人的意見を述べさせていただきます。



たしかに、学校および社会全体にはお世話になっています。

しかし、PTAに所属し活動することが、
学校および社会全体に恩を返すことになるとは思えません。

PTA活動による学校・社会に対する恩恵・還元もありますが、
弊害・問題のほうが、はるかに大きい団体だと感じているからです。

総合的にみると、
PTAに所属し活動することは、
学校・社会に恩義を返すことにならないばかりか、
かえって社会に対するPTAの弊害・問題を助長することに、
協力してしまうことだと
考えています。

PTAに所属・活動するよりも、
その分の労力・お金で、
別の募金・ボランティア・本職に励むことのほうが、
社会全体、ひいては学校に恩義を返すことになると感じています。

また、子育て世代というものは、
外に働きに出ている出ていないにかかわらず、
総じて、ものすごく忙しい時期です。
時間的経済的余裕が最も無い時期なのです。
そのような超多忙な時期に、無理して恩義を返す必要性はないでしょう。
PTAで無理して心身を病む事例もよくあるそうです。
年金暮らしになるなど、時間的経済的余裕ができてから、
恩義を返すという気持ちでいるほうが、建設的だと思います。
時間的経済的余裕のない保護者同士による「役」の押し付け合いという、
人間関係の軋轢・トラブル・ギスギス感・精神的苦痛を、
防止することもできます。
(「役」の押し付け合い、強制といった大人の姿、
 こどもに見せたくはないです。
 教育上も非常によろしくないのではないでしょうか。)


PTAはボランティア団体ですし、
本来なら、ボランティアは、
経済的時間的精神的に余裕のある人だけができるものでしょう。


シングルマザーの方や、外に働きに出てて超多忙の方にまで
強要しているのは、どう考えても、おかしいです。



これは個人的意見ですので、
「PTA活動で学校・社会に恩義を返したい」
と思う方は、大いに活動されるといいでしょう。


自主的に、
「学校にお世話になっているのだから、恩義を返したい」
と思う心情は、非常に美しいものであると感じます。


しかし、それを他人に押しつけようとすると、
とたんに、「美しいもの」から「醜いもの」に
変わるのではないでしょうか。

「学校にお世話になってるのだから」
は、自主的に思うから美しい心情なのであって、
他人に押しつけ、無理強いしても良い
という概念ではないでしょう。
他人に押しつけると、
自主性や多様性の尊重・思いやり・寛容・誠実さ
といった概念から遠ざかります。
お互いに信用をなくす原因ともなります。


役決めのときの雰囲気が、顕著に物語っています。

非常に排他的。

かえって、
人間関係をギスギスさせている要因になっているのでは
ないでしょうか。


【こうであるべき理論】で、
お互いを縛りあうのは、もう、止めにしたいものです。



「学校にお世話になっているのだから」
自覚無く使ってらっしゃるかもしれませんが、
そのような言葉が、他人を追い詰めることになります。
息苦しい社会を形成する一端に
自分自身が加担することになってしまいます。


じっさいに、
「学校にお世話になっているのだから」
という言葉のため、
「PTA活動したくないと感じる私が悪いのだ(自責)」

「PTA活動をさぼろうとしているあの人はずるい。(他責)」

「PTA活動をしなければ、
 当然の義務をサボる人間とみなされ、
 こどもに差別・迫害を加えられるかもしれない。(不安)」

と感じて、苦しむ人は、いらっしゃるでしょう。


PTA活動に苦痛を感じ、心身を病む人はいらっしゃいます。

PTA活動で強いトラウマを感じ、不登校にまでなったしまった人。
病気を隠してでもPTA活動をがんばったため、
お亡くなりになってしまった人。

じっさいに、そのような方がいらっしゃるようです。

わたしが実際に知ってる方でも、
命にかかわるような病気を隠して、
PTA活動をがんばってらっしゃった方が
いらっしゃいました。



「学校にお世話になっているのだから」
という言葉で、
他人に圧力をかけ、その結果、
その人が心身を病んだり、お亡くなりになった場合、
責任をとれるのでしょうか?


【保護者が心身を病んだら、
一番悲しく辛い思いをするのは、お子さんでしょう。】


PTA関係のことで、子供を苦しめていいのでしょうか。


ご自分のなにげない言葉が、
他人を苦しめ、追い詰める可能性があることは、
知っておいてほしいとおもいます。



また、
「PTAは絶対必要だから仕方ない」
とおっしゃる方もいらっしゃいます。

産経新聞のアンケートによると、
PTAが不要と感じている人は、42%と、半数近くいらっしゃるようです。
また、必要と感じている人でも、
「なんらかの組織改革が必要」と答えてらっしゃる方が95%でした。
いまのPTAには、大いに問題ありと、多くの人が感じていることになります。

また、
世界中でも、日本でも、
PTAが存在しない学校は、存在します。

読売新聞によると、「PTAがない学校は全国的に少なくない。」ということです。
(読売新聞 PTA再考(12) 「作らない」も選択肢 より)

PTAが存在しない学校も、うまくやってらっしゃいますから、
というより、PTAが存在しない学校のほうが、
うまく回っているようですから、
学校教育にPTAが絶対必要なものでもありません。

PTAとは、ボランティア団体なのですから、
もともと、「+α」の部分を担う団体なのです。

仮に、本当に必要不可欠な部分を、
PTAが担っているとしたら、それはそれで、問題です。
公の部分を、私費でまかなっていることになります。
絶対必要な部分というものは、行政でするべきことでしょう。
絶対不可欠な部分をボランティアに頼ると、無理が出てくるのは当然です。
PTAが必要不可欠の部分を担っていたとしたら、
「強制」の要素がどうしても強くなり、自主性・ボランティア精神の妨げにもなります。

「学校にお世話になっているのだから」と同様に、
「PTAは絶対必要」と言うこと自体、
他人に「強制」「圧力」をかけ、強い精神的苦痛を与えることも、
十分あることも、知っておいてください。

「必要」「不要」という言葉自体、ナンセンスでしょう。
なにが必要かなどという価値観は人それぞれで、大きく違うのです。

自分の価値観を普遍化し、他人に無理にでも押し付けようとするから、
問題がおきるのです。





.■ 逃げ道の用意も必要

『みんなのPTAを探して』 ブログ版: 第18回 カワバタ私案を発表します
http://minnanopta.seesaa.net/article/83900966.html

より抜粋(改行など、わかりやすくするための加筆あり。)

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 処方箋としては、まず自由な入退会を保証すること。もうくどいくらいに言ってきたけれど、これは必須。今、自動加入になっているPTAは、会員の無知につけ込んでいると言われても仕方ない。

 任意加入を周知徹底することで得られるメリットは、いずれも本質的なことだ。


●PTAが自主的・自発的な組織(つまりボランティア)であると自覚できる。

●「PTAのための会員」ではなく、「会員のためのPTA」だと意識でき、負担が過大にならないよう抑止力が働く。

●PTA活動に極度のストレスを感じる人に「逃げ道」を与えられる。


 3番目のメリットは、PTA社会をまったく体験したことのない人にとっては、笑い話かもしれない。でも、実際にPTA活動で心身を病み、通院するような人はいくらでもいる。この連載への投書にもあったけれど、ぼくの身の回りでも起こっている。本当に笑えない話なのだ。都下のあるPTA会長はこういった問題を公にした時、「人権問題」という言葉を使った。

 一方、任意加入の考えうるデメリット。

 まず、PTAがなくなったり、脱退者が続出したりするのではないか、ということ。これについては、はっきりとノーと言える。実際にはPTAはそう簡単になくならない。現にPTAの3割は任意加入をうたっているという調査結果もある(『おそい・はやい・ひくい・たかい』第10号 2001年2月)。任意加入にしたくらいで成り立たなくなるほどPTAはやわではない。

 また、もう一点、よく聞かれるのは、PTA会費から出ている記念品などの問題だ。入学式や運動会の時にPTAがプレゼントを用意するのはよくある話。では、会員ではない保護者の子にもそれを与えるべきか。

 正解は、「PTAはすべての児童のための活動なのだから、会員の子、非会員の子、どちらも区別せずに与える」だろう。「自分の子どもが元気であるためには、『隣の子』にも元気でいてもらわなきゃ」という発想が原則だと思う。とはいえ、実際問題としては、実費だけを非会員の親から出してもらう、という例も多いと聞く。そのあたり、柔軟にやればいい。

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このようなPTAであれば、
PTAで大きな苦痛を感じたり、泣き寝入りすることも、
大幅に改善されるでしょう。

本当に辛いと感じている人に、
「逃げ道」は、ぜひ、つくってあげてほしいと思っています。


そのためには、一人ひとりが、
学校・PTA側に、率直に意見を言うことが大事だと思っています。

「こういう事情なので、○○な点で、とても不安です。」
「こういう点を改善してほしい。」

これくらいの言い方で、いいと思います。
お手紙でも、担任の先生に伝えてもらってもいいでしょう。
特に反感も買わないでしょう。


なにも言わず、事なかれ主義でいて、
他人のことを「ずるい。」とだけ思っていても、
事態は改善しないのではないでしょうか。


「こどもの代にまで、いまのようなPTAを残したいですか?」



■参考資料

大阪某市教育委員会 地域教育科(PTA担当)の方に以下の点の確認をとりました。
●PTAはボランティア組織。行政的にいうと社会教育関係団体。
●PTA活動の対象は、その学校・幼稚園の児童全員。会員の子だけに限定しない。



大阪某市PTA協議会の方に、以下の点の確認をとりました。
●PTAはボランティア組織。
●PTAは会員が学び成長する場。その成果を児童の幸せに活かす。
●「自分の子が幸せになるためには、学校全体・地域全体が良くなることが必要」という考え方が基本。
●「できる人が、できるとき、できるだけ」が活動の基本。



岩竹美加子さん「国家の装置としてのPTA」 国立歴史民俗博物館研究報告・第132集 より抜粋。
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私が学校に望んでいるのは、『安心して静かに学べる場』です。
それすら危ぶまれているのに、町会とのつきあいのもちつきなどなくてもけっこうです。

町ぐるみ運動会、バスハイクも歩こう会もラジオ体操も講演会もいりません。

しっかりとした授業があり年1-2回の遠足があり、
休み時間に子供達が仲良く遊べればいいのではないでしょうか。

なぜそれ以上母親が時間をけずってPTAの仕事をしなければならないのかわかりません。

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読売新聞オンラインPTA再考(12) 「作らない」も選択肢 より抜粋
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 二つの小学校が統合してできた、けやき小には、2001年の開校以来、PTAがない。開校直後、保護者の話し合いは数回持たれたが、結論は出なかった。学校は、PTAがなくても、子供の安全を守る組織は必要と考えて地区委員会を作り、保護者の要望で学級委員会もできた。

 3月までけやき小校長だった児玉健二さん(60)は、統合前の小学校の教頭時代、嫌々役員を引き受ける保護者を見ており、PTA設置を強く働きかけなかった。その後も、保護者から設置の要望が強く出ることはない。

 保護者の支援が必要な時は担任が学級便りなどで呼びかける。月1回の全授業公開で保護者同士の交流もある。「PTAがなくても学校運営に支障はない。保護者に何度も足を運ばせる手間をかけなくてよかった」と児玉さん。
(中略)
 PTAがない学校は全国的に少なくない。PTAに何を求めるのか。組織の根本が問われている。
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「PTA進化論⑨」より抜粋
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PTAが消えて、何か問題はあったのか。特に不都合はありませんでした」と児玉氏。
「保護者に協力をお願いしたいときは担任を通じて呼び掛けるんです。本当に必要なことなら保護者は動いてくれるものですよ」

なるほど、そりゃそうだ。目からうろこが落ちるような回答だった。

学校にとっては問題なくとも、保護者にとってはどうか。まず「役員決めの壮絶なストレスから解放される」のは何はともあれ巨大なメリット。一方で「保護者同士が顔見知りになり、教員との信頼関係を醸成する」PTAの基本が損なわれることはないだろうか。

児玉氏の回答は楽観的なものだった。「PTAはなくても、保護者は自発的にクラスごとの集まりを持っていました。担任と話し合ったり、授業の補助に入ったり・・・。保護者間や教員とのコミュニケーションが悪くなることはなかったですね」

以前、PTAでの信頼関係があったがゆえに、学校での事故をむしろ学びの機会にできた自分の体験を述べた。考えてみれば、あれはPTAである必然性はないのだ。

児玉氏は最後にこう締めくくった。「無理に束ねると教員も保護者も自立できないんです。PTAがないがゆえに、それぞれ立場の違う大人として向き合える、ということもあります」

なんとも含蓄のある言葉。今のままのPTAは「進化」が必要だとますます思うのだ。

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新くらしの法律相談ハンドブック 自由法曹団編 旬報社
より抜粋

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PTAは、父母と先生が対等の立場で参加し活動する「教育を本旨とする民主的団体」です。

PTAは学校とは別の独立した団体です。PTAでは校長先生も教頭先生も一人の会員であり、父母会員とまったく対等です。
したがって、先生を特別扱いする必要はないし、特別扱いはおかしなことです。PTAでは父母も先生も心を開き合って、率直に子育てや教育のあり方を語り合いましょう。

PTAは学校とは別の任意団体ですから、入るか入らないかはそれぞれの父母・先生の自由です。子供の入学の際にPTA入会案内、規約、入会申込書などが配られず、自動的に会員名簿に登録されて会費を徴収されるというケースがあるようですが、これは間違っています。知らない間にPTAに入っていたというのでは、会員としての自覚や意欲を持つことはできませんし、有意義な活動も期待できないでしょう。

以前、東京都で「公費で負担すべき学校経費を私費で負担させてはならない」という通達が出されました。しかし、いまでも学校経費を負担しているPTAがまだたくさんあります(たとえば、学校協力費など)。多くのPTAで取り組まれているベルマークなども考えものです。

PTAは「教育を本旨とする民主的団体」なのですから、子供たちを取り巻いている現実を直視し、子育ての悩みや教育そのものを語り合い、学びあって、少しずつでも改善していきたいものです。いじめ、体罰、校則、落ちこぼれ、体力低下など、PTAで取り組みたい問題は山ほどあります。

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「なぜPTAに入らないの?」という質問

「なぜPTAに入らないの?」と、
ときどき、聞かれます。

せっかくなので、記事にさせていただきます。

この質問に答えようとすると、
かならず、
PTAの悪いところを挙げることになります。

だって、入らない理由を答えるのですから、
PTAの悪いところを挙げる方向に、
どうしても、いきますよ。

それでは、お互い、角が立つでしょう。

「考え方が合わないから」

が、一番、穏便でいいんじゃないかと思うのです。




でも、これで納得できない人も、いらっしゃいます。


しかたがないから、
もうすこし、具体的に、かつ完結に答えることにすると…
(この場合、
 どうしてもPTAの悪いところを
 挙げることになりますが、
 ご容赦ねがいます。)


「PTAが社会に与えている恩恵より弊害のほうが、
 ずっと大きく感じるから。」


「人の弱みにつけこんだ方法を
 とっているようにみえるから。」


「筋を通しているように見えないので、
 教育上、よろしくないと感じるから」






もうちょっと詳しくいうと、、、


●弱者(多忙な人、気の弱い人、少数派、PTA活動に極度のストレスを感じる人)
 に対して、
 とても冷厳(冷たく厳しい)なかんじがするから。
 人を責めたて、追い詰める部分がとても多く感じる。

 人の弱み
 (任意と知らない・「やめたら子供がイジメ・仲間はずれに」)
 に、つけこんでいることが多いように思う。
 結果的にかもしれないが、
 人をだましたり、おどしたりするような手法を
 とっているように感じる。

 保護者同士が非難しあう状況を助長しているように思う。
(カワバタさん風にいうと、
 役を選ぶ側も選ばれる側も不幸になっている状況)


 人としての温かみや思いやりが感じられない。
 そのような場に入ることが、とても怖い。


●個人的に人づきあいが極度に苦手。
 PTA活動といった団体行動はとてもストレス。

●どうせボランティア活動するなら、
 納得できる活動や自分に合った活動をしたい。
 そのほうが、
 より世のため人のためになると思われる。


●単位PTAより、P連や日Pに入ることが、さらに抵抗あり。
 単位PTAに入ってしまうと、
 P連や日Pに自動的に入ってしまうことになる。
 (ただ、P連、日Pに所属していないPTAもある。)


おおまかにまとめると、
このようになります。


聞かれたときに、
パッと完結に答えられるようにしておくことも大事と思い、
ここに、まとめさせていただきました。


個人的には、
「なぜPTAに入らないのか?」

の前に、


「なぜPTAに入るのか??」

のほうが、よっぽど聞きたいことです。

いろんな人から、PTAに対する不平不満、批判を聞きました。

公園などでも、PTAに対する批判は耳にします。


ふだんの会話で、PTAに対する賞賛など、
ほとんど聞きません。

それなのに、
「なぜPTAに入るの??」

と、おもいます。


「みんなが入ってるから」

「入らなきゃいけないものだから」

という答えが返ってくるでしょう。
いい大人としては、あまりにお粗末な回答だと感じますが、
それくらいの回答しか出てこないんじゃないでしょうか。



一般的な団体
(学校、ボランティア、サークル、クラブ、会社、宗教団体など)では、
どんなところでも、
入らない理由より、入る理由を聞かれます。


そして、一般的な団体に入る理由は、

「●●なところが、自分にあってた」

「△△なところが、いいと思うから」

「楽しそうだった」

「勉強になるとおもった」

「安いわりにはサービス充実」

「友達が入ったから」

などという感じの回答になります。



「みんなが入ってるから」

「入らなきゃいけないものだから」

という理由を挙げる人は、ほとんどいません。





一般的には、
入らない理由を聞くような団体は、まず、ありません。





入らない理由より、
入る理由を聞くような、
健全な団体になってほしいですね。




これ以上のことを、
より詳しく知りたいという方は、
このブログやリンク先のページを
詳しく読んでいただくほうが
いいかと思います。



ありがとうございました。



⇒ PTAを退会した人、したい人が語るスレッド :: インターエデュ・ドットコム
ここに、似たような質問と回答例がありましたので、転載させていただきます。




こう聞かれたらこう答えればいいんじゃないかという
言い方が良くないですがマニュアルがあると落ち着いて答えられるかなと思うのですが。
なかなか自分で考えても言いたいことが言えないんですよね

そこでよく言われそうな質問を書いてみます。皆さんならどう回答しますか?
〇どうして入会しなかったの?
〇あなたは良いだろうけど子供が不憫
〇学校にお世話になるのだからPTAに入るのは親の務め
〇みんな働いているし
みんな大変でもやっているんだからあなたもやるべき
〇やってみれば楽しかったり知り合いも増えるし悪いことばかりじゃないよ


などなど
他にもあったら教えて下さい!

(中略)

〇どうして入会しなかったの?

入る理由がないから

〇あなたは良いだろうけど子供が不憫

え?なんで?
親がPTAに入らないと、学校ぐるみで子供をいじめたり、差別するようなことするの?
まさかね。だって教育団体が教育的観点からしたら、いじめを推奨するようなことしないでしょ
私がPTAに入らなくってもちゃんとご飯も食べさせるし、今まで通り子育てするよ
なんで不憫なの? 教えて

〇学校にお世話になるのだからPTAに入るのは親の務め

学校に世話になるのは義務教育なんだから当然だと思うけどねぇ
教員だって子供を世話して給料もらってるしね
PTAに入れば親の務めは終了ってこともないしね
他に子供の為にやらないといけないことはいっぱいあるの

〇みんな働いているし
みんな大変でもやっているんだからあなたもやるべき

やりたくない人はやらなきゃいいのにね
なんでやるんだろう
自分はやったからあなたもやりなさいって
それって、
戦争時代はこんなに苦労したんだから、たとえ平成になっても同じ苦労しなさいよ
と家電製品を使うなと同じ論理?

〇やってみれば楽しかったり知り合いも増えるし悪いことばかりじゃないよ

知り合いはいらないの。必要な友達は自分で探せる
やってみて楽しかったのなら、またやりなよ
やりたいこと、楽しいことは自分で探すから大丈夫

こんな感じかなぁ?
子供の同級生で子供同士が本当に仲良くしている人はこんな質問してこないと思うんだけど
役員クラスの人があまり知らない保護者を会員にさせようとする決まり文句じゃないかな?
仲たがいしたく無い人にはあまりつっこんだ事聞かないと思うけどね

(中略)
ですよね~
わざわざ聞いてくるのってよほどデリカシーがない人だと思います。
自分こそやりたくなくて退会している人がうらやましいからそうやって質問してくるのかなと思いますね。
退会はちょっとした勇気でできます(私は出来た)からPTAがしんどい、苦痛に思っている人はそっと近づいて教えてあげたいなあ・・
学校で絶対役員は出来ません、って突っぱねていた人も、退会届出して堂々としていて欲しいなあとおもう。。






同じく、
≫ PTA退会者・非入会者(とその子ども)への差別・いじめ問題 8ページ目 :: インターエデュ・ドットコム
  http://www.inter-edu.com/forum/read.php?1114,2236146,page=8

から引用させていただきます。


PTA会費をなぜ払いたくないか?

教育の現場でミカジメ料の徴収が横行してるから。



これは喜んで払いたい性質のものですか?

騙し脅迫されてることに気づかず、脳天気に払っている人、

わかっているが、少額だし平穏に過ごしたい人。


脅迫組織のミカジメ料なんか払わなくたって
安全な教育環境が確保されるべきなんじゃないのかといっているのだよ。



PTA非会員はタダで恩恵うけるなんてズルイ?タダ乗り?

以前にも、似たような記事を書きましたが、
PTAに入ってない人の子は、PTA行事に参加できないのでは?


非常に根深い問題のようですので、
新たにまた描かせていただきます。


----
<追記>
≫≫ PTAのホントのところ NHKがPTA問題をとりあげてくれたようです


文部科学省のPTA担当の人も、
「PTAは子供全体のためのもの。親がPTAに入ってる入ってないは関係ない」

とおっしゃってます。

-----




「PTAに入会せず、
 会費もはらわず、労力も提供しないのに、
 行事の参加など、恩恵だけもらおうというのは、
 『タダでくれくれ』
 といっているようなもの。
 ズルイんじゃないのか。」


という理論を耳にします。


その人は、
PTAがボランティアであることや、
ボランティアの定義をご存じないのでしょう。


また、
PTAは互助団体ではなく、商業的な会員制のサービス施設でもなく、


「公益団体」ですから!!


お間違えのないように。


入退会自由だという説明義務を怠り、
だますような形で入会させ、
「子供を人質にとられている」と思う人が大半なのに、
まるでその弱み につけこむような形で存続しているPTA。


≫ PTAのホントのところ ■「子供がヒドい目にあう」と思わせてしまっている(信頼の欠如)
  http://pta55.blog57.fc2.com/blog-entry-73.html


≫ PTAのホントのところ PTAが会員を「ダマす」ということ
  http://pta55.blog57.fc2.com/blog-entry-35.html



だますような形をとって、
半強制的に、労力とお金を徴収している時点で、
また、弱みにつけこむようなことをしている時点で、
PTAは、ものすごくズルイことをしているのではないでしょうか。


PTAのほうが、
先にズルイことをしているように思えてなりません。

しかも、
はるかに大規模で悪質なズルイことをしているのでは
ないでしょうか。

それなのに、
一保護者相手に「ズルイ」と、
糾弾するのは、いかがなものでしょうか。


相手にズルイというのなら、
PTAが先に「ズルイ」ことを、改めたほうがいいと思われます。




それに、

ご両親のいない児童生徒にも、
(とうぜんPTA非会員の子になりますが、)
PTAの恩恵は与えないのでしょうか?

いちばん援助を必要としているであろう子供なのに。



思いやりというものがあれば、
そのような発言は出ないと思うのですが・・・





さてさて、、


じつは、


PTA非会員が「ただ乗り」してるのではなく、




PTA自身のほうが、
「ただ乗り」をしているのではないか?



という疑問がわきました。


(「ただ乗り」という単語は下品なので、
 なるべく使いたくないのですけども。)




つまり、

PTAは
利権だけ主張し享受しているにもかかわらず、
義務をはたしていないのではないか?

そのように感じます。




その理由は、、、


PTAは
学校の設備や先生の労力を
使っています。

学校にPTA室をおかせてもらってたり、
PTA主催行事のときに
学校の設備を使わせてもらっていたり、
PTAのお知らせを、
学校の先生を通じて
児童生徒に配布してもらっています。
役員・委員を決めるときだって、
学校の設備や先生の労力を
大幅につかっています。
PTA会費だって、
自分の子供が恩恵受けるわけでもないのに
先生は個人個人払ってます。

その他、


PTAは
他のボランティア団体にはありえないような
莫大な恩恵を授かっているはずです。

それらの恩恵をなくして、自分たちの力だけで活動しようと思ったら、
さらなる、かなりの資金と労力が要るでしょう。



自分たちで、いちいち、
PTAのお知らせを全児童に配りますか?
校門の前に立って?
気の遠くなるような話です。



一般のボランティア団体が垂涎といっていいくらい、
欲しているであろう権利・利益・恩恵を、
PTAは享受しているのです。


(逆に学校がPTAから資金を
 違法に吸い上げてることも、
 しばしば、あるようですが。)



では、なぜ、
PTAは、学校から、、
それらの恩恵を受けることができているのでしょうか?




それは、
「PTAがその学校全体・地域全体のための活動をする」
という名目で成り立っているボランティア団体だからです。




その学校全体
(つまり学校全生徒やその地域の子全体)のための
活動をするから、
それだけの恩恵・援助を受けることが
できているのです。



PTAのサービス対象は、

学校全体・全児童・全生徒

なのです。



そのような名目・理念があるからこそ、


学校での活動が、ゆるされています。






単なる、
会員の子供だけに対するサービス団体であれば、
ほかの営利企業と変わりありません。

学校の援助・恩恵を受ける資格も
なくなるのです。



「その名目(義務)を放棄して、
 学校の援助・恩恵だけ受けよう」

と言っているに等しいのです。







PTA非会員に対して
「『タダでくれくれ』
 と言っているようなもの」

と発言することは、

実は、
PTA自身が
『タダでくれくれ』と
言っているようなものだったということです。




さらには、
PTAの総本山である
日Pは日本政府(つまり税金)から
多くの補助金をもらっている
という話を聞きました。

日Pの本部は赤坂に事務所を構えています。
(赤坂っていったら、とんでもない一等地です。)



これだけの恩恵を授かっているわけです。

それなのに、
日Pは、
会計を非公開にしています。
(単位PTAは会計ぜんぶ公開させられるのに!)

ずいぶん、おかしな話ではないですか?



そのほか、
たいていのPTAは
「PTAが入退会自由である」
説明責任も放棄していますね。

いろいろな責任・義務を放棄している団体であるかにみえます。



やはり、恩恵だけ享受して、
義務・責任は放棄しているのは、
PTA自身のように感じます。




「タダ乗り」しているのは、
じつは、
PTA自身だったのでは
ないでしょうか。



自分たちがそのようなことをしている
にも関わらず、
一般の保護者の方々だけには
「タダ乗り理論」をふりかざし、
非会員とその子に、
とても辛い思いをさせる体質なわけです。




大震災のときに、
ボランティア団体が、

「あんたはうちの団体にお金はらわないから、
 あんたには、なんにも配らないよ。
 たすけてもらおうなんて、ズルイ考えだよね。」
と、被災者に対して、
言ってるようなものなのです。



あと、すこし違うかもしれませんが、

生活保護や就学援助をうけている世帯にたいして、

「ズルイ。厚かましい。」

と、言ってのけるのと
似ているように感じます。




いずれにしても、
とても恥ずかしいことではないでしょうか。

こどもに見せたい姿ではありません。


追記:

PTAはその活動によりいい保護者・先生として成長することを
第一目的としています。
そのメリットを享受したい人が会員になります。
子供は全員非会員であり、サービス対象です。
しかし、PTAのサークル活動(バレーなど)は、
大人向けの会員サービスです。
そこに、非会員である大人は、参加することはできません。

「非会員だけど、PTAサークル活動は参加させて」
という人が、もしいらっしゃるなら、
「タダのり」と言われても仕方がないと思います。

PTAにおいて、
こども(全員非会員)対象のサービスと、
大人(会員と非会員が選べる)対象のサービスとは、
まったく意味合いが異なることは、
ご理解ください。




追記:

そういえば、
今年のクラス役員決めのときに、
PTA役員さんがうちに電話をかけてきました。
「なぜPTAに入ってないのか、クラスの人に説明してほしい。入ってないからには、説明責任があるでしょう。」
と役員さん。

PTA非会員がいることを隠そうとするPTAが多いことを考えると、このようなことは珍しいことです。

「説明責任というならば、PTAが入退会自由であることなど諸々PTA自体が説明責任をはたしていないのはどういうことなのでしょうか。PTAが説明責任を果たしていないのに、非会員の私にだけ説明責任を果たせというのは納得できません。」

と、私が言いますと、役員さんは納得されたようでした。

非会員の責任を追及するわりには、その責任義務をPTA自身が全うしてないことは、よくあることなのでしょう。それを指摘すると、納得してもらいやすいように感じます。






【 参考記事 】

≫ 朝日新聞記事「任意加入 周知に波紋」 | 魔金(まか)不思議な保護者とPTAの関係
  http://ghost.kyouiku.main.jp/?eid=121

PTAが今のままでいいと思っている方たちは、
「学校施設内でPTAは活動して当然」と錯覚しているのではないでしょうか?
PTAは社会教育関係団体であり、ボーイスカウトや将棋クラブなどと同列の団体です。


PTAは学校長の許可を得て、学校内で活動させてもらっている立場なのです。


PTAの事で「任意団体であること」を説明する際に、ここから話を始めなくてはならない事が多いですね。
行政施設である学校において子どもを対象に寄付やPTA行事に参加できるかできないかなど常識で考えても分かりそうなものですが…。
仮に会員の子どもだけを対象に寄付する事は難しいだけでなく、PTAの主旨に反しますよね。

常識ある学校長であれば許可するわけありません。
こういった事が本当にあったなら、保護者としては校長、PTA会長に説明を求め、役所の教育委員会ではなく人権を担当している課に相談するといいでしょう。


 公立学校を見たときに少々乱暴な表現かもしれませんが、公立学校は役所の支所や出張所と同じです。支所の所長に当たるのが学校では管理職である学校長です。
管理職である校長は教壇に立つ事が出来ません。(学校の先生とは言えない?)
寄付などから問題に発展すること、人権問題になる等、校長としても、公務員としても、最も問題にされたくない事柄だと思います。



○ PTAの違法性について4
  http://logsoku.com/thread/toro.2ch.net/baby/1326842052/

そういう差別化はしてはならないと会則でなっているはず。

差別化をするなら学校の外で仲間内でやりなさいという事になる。
例えば公園をボランティア活動で管理する団体がいたとして公園利用者を
同意なく団体に入会させ会費を取って、非入会者には公園を利用させない
ということは出来ない。これをやっちゃうと違法なんだよ。でもPTAは
これをやっちゃってる違法団体。



○ PTAの違法性について4
  http://logsoku.com/thread/toro.2ch.net/baby/1326842052/



自分達が絶対正義だと思っているから厄介だね




○ PTAの存在意義
  http://logsoku.com/thread/anchorage.2ch.net/baby/1277875638/


PTA会員の子供「だけ」対象なら、

PTAは、行事や周年・卒業記念品配りを学校で出来ないよ。
自分の子供達だけが可愛いなら、自分達で場所を設営して、そこで配るべき。
学校にタダ乗りしないでやればいい。
学校はPTAの私物じゃない。



○ 【いる派】PTAうざいんですけど【いらない派】
  http://logsoku.com/thread/toro.2ch.net/baby/1331729670/
そりゃあそうでしょ。
学校で子供を参加させないをやったら不当だよ。
何で学校の外で行事やらないの?

バカですか?




≫ PTA「実は任意」モヤモヤします (5) : 発言小町 :(読売新聞)
  http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2012/0207/481395.htm?o=0&p=5


PTAの要・不要はともかく、入会方法は納得いかないです。

他校では色々な方法あるんでしょうけど、
去年の娘の入学時は、PTAに関しての詳しい説明もなかったし、
申込書も無く、給食費と一緒に会費が引落とされるシステムで、
「自分で入会した」という感じではないです。
自動的に入会という感じ。
規約にも任意と書いてないです。

義務だと思っている人もいるのを承知の上で、あえて説明しないのではないか?と思います。
申込書も、提出されないことを懸念して、あえて作らないのでは?と。

これでは、
先にズルイことをしているのはPTAであって、
係をやらない人にズルイという資格は無いと思います。


時間とお金を強要する以上、きちんと説明し、申込書など最低限の手続きをして欲しいです。
それこそ、「面倒だから」「仕事が増えるから」と逃げないで、
大人としてきちんと筋を通す姿勢を見せて欲しいと思います。

曖昧な入会のさせ方では不信感が募り、協力する気持ちも失せてしまいます。



≫ PTA体験談集
  http://pta.my-sv.net/cgi-bin/experience/experience.cgi
[54]任意?PTA活動に関する疑問2
より抜粋

「・・・(少々の沈黙)紅白饅頭や学校の記念品等がありますよね?給食費が足りなくて(給食費未納問題です)紅白饅頭が買えないと言う事でPTAが購入したり、その他にも色々とPTAから出ているんです。PTAを任意にしてしまうと、入会していないお子さんに紅白饅頭や学校の記念品等色々ありますが、上げられなかったりしてしまうし、払っていないお子さんにお渡ししてしまうと不公平になってしまうので・・・(全員入会じゃなきゃ駄目)」と副委員長。

「大前提としてPTAは任意のボランティアなので、営利団体ではありませんから、会費を払ったからこれをあげる、払っていないからこれはあげられないという差別的行動はしてはいけないとお聞きしましたが?」と言うと
「え~?そんな事誰が言っていましたかぁ?」と副委員長。

「教育委員会や文科省ですが?」と私。
「え~~~~~」と副委員長。





PTAと強制(?)加入 - 今年もかいちょー?
  http://plaza.rakuten.co.jp/kaichoh/diary/200607170000/
コメント欄より抜粋


>加入しない世帯が発生すると、そこの児童を受益者から除外しよう、なんて結論に(自治会町内会よりも安易に)結びつきそうで怖いです。

 これは絶対にあっちゃならないことだと思います。
 児童はPTAの会員じゃありません。
 PTAという組織が、小学校児童全員を対象に、なんらかの事業(お祝いをあげるとか)を行うんでしょう。

 児童の一部を対象としないような、そんな活動をすることは、PTAという組織本来の目的(『会員が協力して、児童の幸福や福祉を増進し、教育の発展を図る』なんて書いてありますよね?)をまっこうから否定するものだと思います。

 会員を対象とする事業(研修会など)に非会員が参加できない(あるいは別に定める参加費を徴収する)のはOK。

 でも、一部の子どもが悲しい思いをするような事業を、組織として行うことは、あってはならない。

 絶対に。

 たとえば、保護者の100人のうち5人が集まってお金を出し合い、その5家庭の子どもたちだけのために遊びの会を開いたり、卒業祝いを贈ったりする。
 そんな会があってもいいけれど、それが全家庭に募集案内を出し、学校を舞台にPTAを名乗って活動するなんてのは、ちゃんちゃらおかしい。

 5人の保護者が、100人の子どもたちのために何かをするのであれば、それは素晴らしいPTA活動たりえるでしょう。

 5人が99人になっても同じこと。子どもをひとりでも対象外にしてしまえば、その瞬間に、その会は「有志が集まって勝手にやってることで、学校教育とは無関係」になると思います。
(中略)

 給食費未納の問題について論じたときも、「給食費払わないなら子どもに食べさすな」な考えがけっこうあることに驚きました。
 学校はいつから託児企業になっちゃったの?
 親がどうであれ、家庭がどのようであれ、等しく教育を与える。親から給食費をキリキリ取り立てるのは構わないけれど、子どもに給食与えないのは、「親がダメダメなので、あなたには教育しません」って言ってるのと同じだよね。
 PTAだって、学校を舞台に、すべての子どもたちのために頑張るんだ。それでなきゃ意味ない。そうでないPTAなんてぶっつぶしちゃえ。





○ PTAの違法性について4
  http://logsoku.com/thread/toro.2ch.net/baby/1326842052/

そもそもPTAはボランティアだし、公平性なんて必要ない。

出来る人が出来る時に出来る範囲で参加する。
なので、誰それが役員をやっていないと憤慨する人はボランティアであるPTAに
参加しないほうがいいのである。会費の意味合いもおかしい。
子供たちの学校生活をより良くする為にお金を寄付しているはずなのに
公平性ばかり気にして自分の子の為のお金を出している感覚になっている。
本来は、子供たちの親が会員に入ってようが入ってまいが関係なく子供たちの学校環境の
為に寄付しているはずだ。それなのに、あの子の親は会員に入ってないのに
恩恵を享受しているという差別の垣根になってしまっている。




≫ PTA退会者・非入会者(とその子ども)への差別・いじめ問題 6ページ目
  http://www.inter-edu.com/forum/read.php?1114,2236146,page=6
より抜粋



うちの学校のPTAなんか、「学校主催」のマラソン大会の後に
「みんな、がんばったから。」ということで、
サイコロキャラメルなんかを配ってくれちゃうわけですよ。
「先生」を通じて。

これ、自分の子どもにだけ、「あなたには、あげない。」って
やられて平気な親がいますかね?

要は、子どもの区別をするなら、学校の行事に絡んでこないで
ください、ということです。
スポーツ少年団に「入っている」「入っていない」による区別
とはわけが違うのですよ。



(中略)
私ものあ様同様に学校に通う子供たちはどの子であっても可愛い。
保護者が他組織でもめていても、子供たちには関係ない。

子供たちも親や保護者がPTAやらの会員かどうかなどと気にも止めていない。
中学校のほうでも私は会員となることを拒否したし、内部では揉めたようだ。

しかし娘はPTA会長の娘さんとかなり仲良しだ。

私は会員か非会員かでその子供を差別する人の神経を疑う。

強要に屈しなかった非会員の最終的な決着を何の関係もない子供たちでつけて平然としている。

ここまでして保護者として恥ずかしくないのかと思う。
(中略)
会員のみならず「非会員」のいたいけな子どもにも、その矛先を向けるなんて、母親として恥ずかしく
ないんですか?

(中略)
PTAだけが学校ボランティアではありません。

「できる人」が「できる時」に「無理をしない」程度のボランティアならば、市区町村や学校ボランティアで
いくらでもできます。
問題は「できない人」が「できない時」に「無理をする」じゃないですか?
PTAで強制するから皆、苦痛なんですよ。

(中略)
>でもね、ボランティアと言っても、活動にはお金がうごくのは仕方がない部分で、
また、運営に雑用等が必要なのもどうしようもないわけで…

金や人が集まるときだけやるのがボランティア活動というのだよ。


>しかし、運営によって行われる活動は受ける権利があるので…



受けとる権利があるのではなくて、
公立学校の中でやるんであれば非会員の児童を排除できない結果、

受け取りと同様の扱いをせざるを得ないでしょといっている。

学校外の互助組織なら当然に非会員は受けとる権利などないのでそちらへどうぞ。

公立組織の中で活動させてもらってるのに、
まるでPTAが公立学校を占拠したかのような印象を受ける。


学校ぐるみで私物化していることに気がつかないのだろうか。

(中略)

ウチの子が通っている小学校でも、ポツポツとPTAに加入しない方がでてきています。
今のところ子供が差別される話しも聞きませんし、トラブルも無いようですが、
親達の胸のうちでは「あの人たち、役員もやらないし、お金も払わないのね」という
気持ちはどうしても無くならないでしょう。






≫ PTA退会者・非入会者(とその子ども)への差別・いじめ問題 3ページ目 :: インターエデュ・ドットコム
  http://www.inter-edu.com/forum/read.php?1114,2236146,page=3
より抜粋。


わたしは、てっきり会員・非会員関係なく、在校生全員を対象にしていると思っていました。

会員の子どもだけを対象にする活動なのでしたら、校内にPTA室を持つことも、校内の活動も直ちに止めるべきです。

校外でのみ活動し、連絡事項やプリント配布もPTA独自で個人情報を集め、連絡網を作るなり役員が各家庭に配るなりしないといけません。
終業時間以前の学校の担任を使ってプリントの配布を行うなんて、以てのほかです。





≫ PTA退会者・非入会者(とその子ども)への差別・いじめ問題 2ページ目 ::: インターエデュ・ドットコム
  http://www.inter-edu.com/forum/read.php?1114,2236146,page=2
から抜粋
>会員向けの行事になぜ非会員でありながら参加しようと思うのでしょうか

私はボランティアとしての団体例として、NPOを挙げました。
PTAは、いつから特定非営利団体から営利団体になったのですか?
サービスと言う営利を要求してるなんて、恥ずかしいですよ。
ボランティアは美しいのに、見返り要求するから醜くなるんでしょう。
炊き出しの列を作るホームレスの方達に「なぜ参加しようと思うのか」と聞くのでしょうか。
虐待にあった子ども達を支援するNPOにも同様に「なぜ参加しようと思うのか」と子ども達に
聞くのでしょうか。

会員と非会員で分ける発想がもう、ボランティアではないです。
PTAはボランティアの一環として、行事で奉仕してるのですから、会員、非会員は関係
ないのでは?

>活動が無駄であると思うのなら、行事に参加する必要はないのでは?

行事を子どもにチラつかせて「出るな」がもう差別ですよね。
子どもの人権は?

>子どもが参加したいと思うような行事ならば、無駄ではないのでは?

だれが無駄と言いました?
脅迫まがいな強制するのは、どこの誰ですかって話です。
「平等」「公平」を口にして退会阻止する憲法違反は、棚の上にあげて強制する
作り物の行事なら要らないんじゃないですか?って話です。
志願者でない人に脅迫してる概念はないんですか?
なんですか、PTAと言う組織はボランティアは志願者の意であると言う辞書を鼻先に持って
見せないと通じない組織なんですかね。

>子どもの学校でも、PTA行事に参加しない子どもがちらほらいますが、それでいじめられているという話は聞きません。
>参加するしないは自由だと子どもたちも知っています。

当たり前の話です。
なんでそれが通じないのか聞きたいです。
子どもが涙する悲劇よりも、組織維持論が先に立つのが、母親として私は疑問です。


(中略)

>会員向けの行事になぜ非会員でありながら参加しようと思うのでしょう?


会員・非会員の別は保護者にはありますが、子どもは「全員」、PTAの非会員ですよ。
まずは、この誰も否定できない「事実」を踏まえてください。

それから、PTAの規約等を見ると、その基本的なあり方として、
「子どもたちのために活動する」とあり、「会員の子弟のために活動する」とは、なっていません。
つまり、PTAとは「互助組織」なのではなく、「公益組織」なのだと言えます。
だからこそ、行政(学校)もその財産(PTA室)の優先的な使用を認めているのだと考えられます。

「互助組織」だとする勘違いがあまりにも多いように思います。
ここが、問題の大元のひとつでしょうかね。


クリスマスパーティーはないならないでぜんぜん構わないと思います。
仕事を押し付け合ってまでやることとは思えません。
しかし、いったん、そのパーティーを○○小の児童を対象に学校や近隣で開いた場合、
○○さんも指摘されるように、出たくなるのが子どもとしての自然な心情でしょう。

PTAとしてやるからには全ての子どもを対象に。
ケチなことを言い出すなら、学校から出て行き、スポ少的な団体として活動してください、
と言いたいです。





≫ PTA実は入退会自由 56ページ目: インターエデュ・ドットコム
  http://www.inter-edu.com/forum/read.php?1114,1628320,page=56
より抜粋。
(教育委員会への問い合わせ)


担任より、退会によって卒業時のPTA記念品である卒業証書入れが貰えないと聞き、翌日には教育委員会に相談という形で問い合わせました。
確かに最初は、PTAのことはあまり関わりたくはないようでした。
PTAに対して指導の権限はありませんので。
ではPTAは学校付属または管轄の部署で入会しなければならないのですかと聞くと、
『入会の義務はないし誰も強制はできません』と。
入退会が任意の団体ということですかと念を入れて聞くと、
『団体ではありません。PTAは子供たちのための活動をしようという主旨の、ただの保護者の集まりでしかありません。団体というほどのものではありません。もちろん入退会は自由です』と。
では、公立の学校はPTA会員のための学校なのか、地域の小学生ならば誰でも行ける学校なのかと尋ねたら、
『PTA会員のための学校ではなく地域の学校です』と。
地域に住み年齢相当ならばどんな子も通える学校で、PTAが入退会任意となれば、当然ながら非会員の児童がいてもおかしくはありませんよね。
その学校内で、会員児童だけに物品を配付するのはおかしくありませんか。
『確かにおかしいです。児童によって配付する配付しないというのは児童差別にあたり、特に学校内では決してあってはならないことです』
私は物品が欲しいわけではなく、会員児童のみに配付するならば学校時間内に担任など教師が配付するのではなく、役員が放課後の体育館で配ればいいのではないかと思うのです。
またはPTAからの寄贈を会員非会員の区別なく学校児童全員にするとか、または学校に対していくらの寄付金という形にしてもらい必要なものを学校が購入するとか方法はあると思います。
今回は卒業証書を入れて持ち帰るために必要なものですので学校が準備するべき物だと思いますし、そのために保護者側の卒業準備積立金がかさんでも仕方がないと思います。
すると
『いいえ、例え放課後であっても児童差別にはかわりはなく、学校内である限り配付はいけません。もしこのような児童差別があるならば、学校長としては配付の許可を与えてはいけませんし、寄贈を拒否しなければならないです。
私ども教育委員会としては、PTAに指導することはできませんが、学校長に対し寄贈の拒否を含め寄贈の受け方について指導いたします』
学校名を教えていただければすぐに指導いたしますというのを、教育委員会としての考えを踏まえ再度こちら側で話し合いをしますと終えました。
あれから学校長が移動になったので話はついていませんが、教育委員会側から児童差別にあたると言われ、私も言われてみれば確かにと気づいた具合です。
しかも、会員児童のみに配付する場合は放課後であろうと児童差別にあたるので、学校内での配付もいけないとかなり厳しい口調でした。
またPTAそのものも、団体ではなく所詮はただの保護者の集まりとバッサリあしらったのには驚きました。

今回、私が苦情ではなく相談という形をとり、一つ一つゆっくり落ち着いて問答を重ねることで、入退会自由の任意団体であることや学校内で会員児童のみに配付することの是非を改めて認識する結果となったようです。
どうやらうちは、まだまともな教育委員会のようですね。

(中略)


教育委員会の学校運営の部署で、小学校グループの方にお話を伺いました。
今回、話を進める際に、学校やPTA活動に対して非難はしないことを気をつけました。
最初には基本的な質問だけを投げかけ相手に答えて貰い、更にその答えに対して念を押すように問いかけをして正常な認識判断をしてもらうようにしました。
学校長が許可をしたならばそれでいいという意味合いの言葉も一部ありましたが、学校長が認めていたら何事も許される、学校というのは学校長のしたいようにできるものなのですか(惚けてかなり驚いた風に)と投げかけたら、
『いいえ、学校長の好きなようにはできません。学校間で格差があってはならないので、適切なことがなされるようにわれわれ教育委員会が学校長を指導します』と。
(指導する立場だと自分でおっしゃいましたので、これで逃げられませんよね)

時には、
物品配付活動そのものは構わないけれど、学校時間内に教師がそれをすると、子供というのは残酷な部分が多々あり、親が悪いからお前は貰えないと虐めにつながる言動を取るものですので‥と困った雰囲気を漂わせ、

①教育委員会の最も嫌う虐めというキーワードを使用したり

②他の事案に賛同しかねるのでPTA入会はしませんが、事例をあげて学校への協力はしていること

③放課後ならば問題はないと活動自体に対して理解している姿勢をとり

かなり平身低頭に進めました。

教育委員会がまともだったので、こちらも思わぬ話の展開になりましたが。

うちは、全国でも生活保護受給率と就学援助受給率の高いことで有名な都市です。
給食費の未払いも多いとも聞きます。
児童差別をしないさせないという教育委員会としての強い姿勢を感じ、最近よく聞かれる給食費未払いの子供には給食を食べさせるなという意見に対し疑問を持つようになりました。
子供には何の罪もありませんので普通に給食を出してあげ、給食費未払いにならないようなシステム変更などの対策を考えるのが、思慮ある大人としてのあり方なのではないかと思い直した次第です。



【 関連記事 】
≫ PTAに入ってない人の子は、PTA行事に参加できないのでは?
  http://pta55.blog57.fc2.com/blog-entry-4.html


≫ PTA活動 直接還元と間接還元
  http://pta55.blog57.fc2.com/blog-entry-42.html



≫ お互い様と言うなら余計なことはしないでくれ!|まるおの雑記帳 a>
  http://ameblo.jp/maruo-jp/entry-10173701598.html



≫ 
PTA退会者・非入会者(とその子ども)への差別・いじめ問題 : インターエデュ・ドットコム
  http://www.inter-edu.com/forum/read.php?1114,2236146


≫ PTAを退会した人、したい人が語るスレッド インターエデュ・ドットコム
  http://www.inter-edu.com/forum/read.php?1648,2052655


≫ PTAと強制(?)加入 - 今年もかいちょー?
  http://plaza.rakuten.co.jp/kaichoh/diary/200607170000/


≫ 給食費未納についてさらに考える - 今年もかいちょー?
  http://plaza.rakuten.co.jp/kaichoh/diary/200605300000/



≫ PTAって入退会自由の任意団体だったんですね。 - Yahoo!知恵袋
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1062663415


≫  PTAを退会しようとPTA会長さんに話しを... - Yahoo!知恵袋
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1366615068



≫ PTAの役員やりたくありません。... - Yahoo!知恵袋
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1355714228



≫ 朝日新聞記事 非会員の行事参加に課題 | 魔金不思議な保護者とPTAの関係
  http://ghost.kyouiku.main.jp/?eid=128

 PTA非会員の子の扱いをどうするか、アンケートをとった記事。
 PDFがありがたいです。


「仕事が忙しくてできません!」なんて免除の理由にならないでしょう?

昔かいた記事が見つかったので、少し手を加えて、掲載することにしました。

---------------------


うちの小学校のPTAでも、
仕事は「免除」の対象にはならないそうです(苦笑)。


さてさて、

「仕事が忙しくて、役員や委員は引き受けられません」

というのは、
しごく、あたりまえの話だと思うのですが…

「仕事は理由にならない」
と、おっしゃる方は、
その方のご主人は、
PTAの役員や委員ができるのでしょうか?

できないとおっしゃるなら、
「仕事は理由にならない」
という意見は、おかしいと思います。


女性の方が、男性より、キツイ仕事をまかされている場合も、多々あります。
シングルマザーの家庭もあります。
死活問題なのですよ。


子供のいる先生だっているでしょう。
先生は、PTA活動のために仕事を休むべきですか?




PTAに必要性を感じない人ややりたくない人は、やらなくていいんじゃないですか?

逃がしてあげたほうが、【お互いのため】に、なります。

PTAはボランティア団体です。
「やれる人が、やれるときに、やれるだけ」で、いいんです。
PTA連合自体が、そういうスローガンを掲げているようです。



役員など、必要性を感じる人・やりたい人が集まらないときは、
その年は「PTA活動はお休み」
または
「最低限の縮小活動のみ(パトロールなど)
  +有志の各ボランティア活動」
でいいのではないですか?


普通のサークル団体やボランティア団体なら、そうするでしょう。
それと同じでいいではないですか。



PTAで役にあたり、苦しんでいる人はたくさんいます。


PTAで心身を病み通院する人の話を、ネットではよく聞きます。

PTA特有の人間関係で心を病み、精神科へいったところ、
「学校やPTAで心を病む人はけっこういます」と、
お医者様がおっしゃったそうです。


≫ PTA体験談集
  http://pta.my-sv.net/cgi-bin/experience/experience.cgi?num=1
(ここの「6」と「7」の書き込みを参照してみてください。)


わたしは、昨年PTAに参加したことがきっかけの一つとなり、精神科へ通う羽目になりました。(いえ、もともと北杜夫や開高健と同じ病気(躁鬱)を持っていて、精神科へ通ってはいました。)PTAでかち合った実力者からアンダーグラウンドで攻撃を受け、精神に変調をきたしました。電波が怖かったり、悪意をどこかから感じたり、それはひどいものでした。そして飲みたくもない薬が、増えました。

主治医から伺ったところ、PTAや学校がきっかけで、精神科へ通院される方、けっこういらっしゃるそうです。



このほか、2chなどでも、よく聞く話です。



現実でも、心身を病むようなレベルまではいきませんが、
「辛い」という話は、ある程度、聞きます。



実際、わたしの直接の知人で、


「命に関わるような病気」


をかかえているにも関わらず、
それを隠して、PTA役員されていた方がいます。

ふつうのボランティア団体なら、
その人も、参加しないでしょう。

それだけ、
PTAという団体には、
「やらなきゃいけない」暗黙の圧力が
かかっているのだと思います。

そりゃー、多くの人が、
PTAで心身を病んでも、おかしくないと思いますよ。



≫ 精神科 本当の話: PTA・地域活動に悩む母親達
  http://nozomigaoka.blog.ocn.ne.jp/mental/2011/07/post_7f8e.html

 実在の精神科医さんのブログ記事。



奥さんがPTAのために不登校になってしまった方もいます。
≫ PTAよ成仏してくれ!|まるおの雑記帳
  http://ameblo.jp/maruo-jp/entry-10170545789.html

≫ 第16回 自分の意思で入会する、これが当たり前だ!: 『PTA再活用論ー悩ましき現実を超えて』 ブログ版 著:川端裕人
  http://minnanopta.seesaa.net/article/83898731.html



有名なブロガーの方でも、
病気をかかえているのに、
無理やり、役をさせられた方もいますね。


≫ PTAは、社会参加の第一歩、かもしれないけれど - 草履で歩きながら考える
  http://blog.goo.ne.jp/yamyam00/e/b5360b3c7ddd189ed4cbcce5ac30211b
この記事では、
「病気を隠してPTA活動を続け、亡くなってしまった方がいる」
とのこと。


★★  PTAは、会員ががんで闘病中でもそれを「検出」できない。そして、役は公平に与えられる
 病気を隠し、PTA活動をしていた方が亡くなった。しかも身近で二人も。(川端裕人さんのブログ)



「仕事は理由になりません!」で、
押し付けて、
もしその人が職を失ったり、
心身を病んだり、亡くなってしまったら、

責任をとれるのですか?

そのお子さんに対して、
なんと言い訳できますか?







産経新聞のアンケートでは、PTAは不要と考える人が半数近くいます。


≫ PTAのホントのところ PTA必要論 VS PTA不要論
  http://pta55.blog57.fc2.com/blog-entry-15.html



また、日本でも、PTAのない学校も少なくないそうです。
PTAのない学校のほうが、うまくまわっているようにみえます。
と、すると、やはりPTAは必要ないように思えます。


≫ PTAのホントのところ PTAのない学校 『けやき小学校』の事例
  http://pta55.blog57.fc2.com/blog-entry-14.html


このPTAのない小学校では、「クラス懇談会」と「地域パトロール」だけ、保護者の方が自主的にPTA以外の形で、やってらっしゃるようですね。
それだけなら、すごくラクですよね。


また、
2012.01.22の朝日新聞の記事に載っていたことですが、
埼玉県の森学園中学・高校は、PTAがないそうです。
イベントは保護者が主催し、必要な人手はそのつど募るそうです。
それで、うまくいっているようですよ。


PTAは入退会自由のボランティア団体です。
それを、隠してるのです。
それが、子供の教育のためになるような姿勢なのでしょうか。

「免除」という理由を出させること自体が、
おかしなことなのです。

「免除」なんて単語をつかうと、
まるで、PTAが義務か強制の労働団体みたいではないですか。
ボランティア団体なのですよ。


PTAに必要性を感じる人がやればいいし、
必要性を感じない人はやらなくていいのです。

また、やりたくない人もやらなくていいのです。

ほとんどの人の本音は、
「やりたくないけど、やらなきゃいけないから、イヤイヤやっている。」
なのでしょう。

イヤなことやってると、心が狭くなり、
他の人まで、「逃がさない!」「ずるい!」という感情が
わいてしまうものです。

一般のボランティア団体で、
会員が重役になるのを断ったからといって、
「あの人ずるい!」なんて言うでしょうか?

もし言ったとしたら、みんなビックリしますよね。
とても恥ずかしいことです。

任意のボランティア団体なのですから、
会員になり、お金を払ってくれているだけで、
感謝するべきことではないかと思います。
(実際は、感謝どころか、非難・糾弾合戦になってしまってることも)



子育て世代なんて、仕事のあるなしに関わらず、とても忙しいものです。(暇な人もいますけど)
そんな子育て世代同士で、責め合ったりいがみあったりする
…お互いにお互いを縛りあうという負の連鎖は、
とめたほうが、皆のためになります。


お子さんの代に、どんなPTAを残したいかを考えれば、
よくわかると思います。

いまのようなPTA、
お子さんの代にまで、残したいですか?




【 参考記事 】



≫ 弱い者いじめの今時の役員活動に疑問に感 発言小町 :(読売新聞)
  http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0117/288456.htm?from=popin




≫ 「やらない だれかは ズルイ」という感情 - 草履で歩きながら考える
  http://blog.goo.ne.jp/yamyam00/e/dc9ed5da80ff095c79a90d2691b8536b

≫ では、病院のお手伝いはなぜしない?|まるおの雑記帳
  http://ameblo.jp/maruo-jp/entry-10180660124.html


≫ 学校・PTAに子供がお世話になっているのだから、加入するのはアタリマエでは?
  http://pta55.blog57.fc2.com/blog-entry-10.html


≫ PTAがないと学校がまわらないのでは?
  http://pta55.blog57.fc2.com/blog-entry-66.html



≫ PTA的寓話 『パティシエ・ナイン』
  http://pta55.blog57.fc2.com/blog-entry-26.html


≫ PTA非会員はタダで恩恵うけるなんてズルイ?タダ乗り?
  http://pta55.blog57.fc2.com/blog-entry-78.html


≫ PTAが会員を「ダマす」ということ
  http://pta55.blog57.fc2.com/blog-entry-35.html


≫ PTA役員決め。。鬱病だといえるか : 発言小町 (読売新聞)
  http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/1122/365703.htm?from=popin

≫ PTA役員のなすりつけ合いについて- Yahoo!知恵袋
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1384382518



≫ PTA会員だけど「役員はしたくない」方‥いらっしゃいますよね 発言小町 (読売新聞)
  http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2012/0220/484929.htm?from=popin




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